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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
50/120

48.見る目と視る目、ついでに煉獄

「ううう……こっちに来てる間はただついて歩くだけでいいし、訓練もさぼれて気楽だと思ってたのに……」

 テオの嘆きが廊下に寒々しく響きわたる。しかしアローとミステルはそれを軽やかに無視して、彼を引きずっていった。栄光の手が効力を発揮している間、アローたちの姿は魔術師でもない限り見えないはずだ。多少なら声や音もごまかせるようになる。よほどの大きな音をたてなければ、まず気づかれることはない。

「君は性格が根本的に騎士に向いていないな」

「厄介払いに騎士団につっこまれたんだって、アローさんたちが言ったんじゃないですか」

「図星か」

「まぁ、八割くらいは……少なくとも騎士で身を立てるつもりはないです。できればかわいくて家柄のいい女の子のところに婿養子に入りたいです」

「その歳でよくそこまで打算的になりましたね」

「貴族だってきれいごとじゃ生きていけない時代ですよ」

 死んだ目で歳に似合わないことをほざく少年騎士に、アローはうろんな目を向ける。

「僕は貴族のことも騎士のこともよくわからないが、いいところに婿養子にいきたいのなら、相応の努力は必要なんじゃないのか?」

「そういう正論と向き合うほどは大人じゃないんですよー! 俺まだ十二歳ですよー! ちょっとくらい夢見させてくださいよー!」

「あまり大声を出さないでくれます? 貴方のせいで部屋を抜け出したことがバレたら、一生女性にモテない呪いをかけますよ?」

「そしたらミステルさんが責任とって俺を婿にしてください」

「お断りします」

「僕も君が義理の弟になるのはちょっと……」

「即答で否定しないでくださいよぉ」

 がっくりとうなだれて、テオは深い深いため息をつく。

「結局なんで俺、連れてこられたんです?」

「さっき、窓を見て何か気になると言っていただろう」

「ああ、気のせいって言ったじゃないですか」

「気のせいかどうか決めるのは君じゃない。アレはいったい何のことだったんだ?」

 テオは少しだけばつの悪そうな顔をして、一番近くの窓の、縁のあたりを指さした。

「この城の窓、三つおきに縁に白い石が使われてるんですよ。なんかうっすら文字が書いてあるように見えたので気になったんですけど、よく見えなかったし、たぶんただの飾りだろうなって思ったんです」

「白い石?」

 アローは少し戻って窓の縁を確認する。確かに三つおきに上に白い石がはまっていた。目を凝らすと魔法文字が彫ってあることがわかる。

「よくこんなものに気づきましたね」

「俺、目だけはいいんですよ。何かなぁって思って見てただけです。でもこの城、スヴァルトの宝が眠ってるとか何とか言ってたし、魔除けか何かじゃないですか?」

「ああ。テオの言うとおり魔除けの一種だな」

 こういった城では、さほど珍しいものではないだろう。強い魔力を発しているわけでもない。実際、テオに言われるまでアローもミステルも気づかなかった。

 テオはほっとしたのか、ニコニコと笑って後ずさりを開始する。

「ですよねー? 別に深い意味とかないですよねー! 部屋に戻っていいですかー?」

「ダメだ」

「何でですか!?」

 アローは彼の首根っこを掴んで引きずり戻す。栄光の手はミステルに渡した。呪術道具なので、ミステルも多少は干渉できる。彼女は触る肉体がないので、魔力でそれを空に浮かせた。空飛ぶ火がついた手首のミイラ。人に見られたら死霊魔術師への誤解が急加速する光景だが、そもそも人に見られないための呪術なので問題はない。

 嘆くテオを引きずりながら、アローはなるべく人のいなさそうな方へと歩いていく。地下まで探りにいくのはまずいだろう。辺境伯と会うまでに部屋に戻らなければならないからだ。

「ミステル。その魔除けとれるか?」

「はい、お兄さま」

「えっ、やめましょうよ! スヴァルトの何かこわいやつでてきたらどうするんですか」

「安心しろ、スヴァルトの何かこわいやつがでてくるなら、こんな魔除けひとつ増えたり減ったりしたところで何の影響もない」

「ていうか、死霊に話を聞くんじゃなかったんですか? 本当、俺必要なくないですか?」

「安心しろ。これからそれをやるところだ」

 ミステルに外してもたった魔除けの石を改めてみる。石は白瑪瑙のようだ。薄く掘られているのは古代文字の一種で、ごく簡単な厄除けだ。これ時代は庶民でも知っているほどに普遍的なものだが、使われている白瑪瑙そのものにも厄除けの効能がある。城中の窓に使われているのだとしたら、全てまとめればそれなりの成果をあげるのかもしれない。とはいえ、付け焼刃感はいなめなかった。

(呪術的な円陣でも組んで配置すればもう少し効果がありそうだけど、この城の構造的に、窓があるのは洞窟のない側だけだしな)

 少し広い場所に出たところで、立ち止まる。整えられた石積みの壁がごつごつとした岩壁にかわる場所。この階には洞窟への入り口はないようだが、近くにきただけで十分だ。

「お兄様、『生贄』探しをなさるので?」

「ありていに言えば、そうだな」

「このジャリガキは必要あったのですか?」

「まぁ、厄除け守りのことの詳細を聞きたかっただけだから、はっきりと言えばないが」

「ほらやっぱり……戻っても良かったんじゃないですか」

 隅っこで膝を抱えて愚痴を漏らすテオを見ようともせず、アローは杖を構えた。

「君を部屋に送る時間がもったいないだろう。栄光の手は無限に使えるわけじゃないんだぞ。それに、君の眼が信頼できるという意外な長所を発見した。全くのお荷物ではないと知って心底安心したぞ」

「アローさん、ちょっと俺に辛辣ですよね。何ですか、ミステルさんを取られまいと警戒しているわけですか。妹離れをする時期じゃないですか」

「そういうことを言うから雑に扱っているわけだが? 妹離れもなにも、ミステルは僕の使い魔だし、君がミステルを自分のものにできるというのは酷い思い上がりなので諦めた方がいいぞ。ほら、ミステルがネズミの死骸を踏みつぶした時みたいな顔をしているぞ」

「ゲンジツヲミセナイデクダサイ」

 ミステルが毒を吐くどころか無言で、本当にすさまじい顔で睨みつけていたのがよほどこたえたらしい。テオは団子のように小さく丸まって床でいじけはじめた。が、とりあえず今は彼の目の良さを借りる場面ではないので、無視して床に杖を置く。

 別邸の女中が言っていたような『生贄』に相当する存在がいたのなら、アローが死霊を呼びだせば探し出せるかもしれない。もしいないのなら、それはそれで、別の線からリリエのいうスヴァルトの宝がもたらす災厄に繋がるかもしれない。

『死を記憶せよ』

 瞼を閉じ呪文を唱え、再びまぶたをあげる。

 その動作だけでアローの瞳は紅く輝き、その視界は緋色の炎に包まれる。

(……なんだ、これは)

 城には、というよりは、永い間人が暮らし続けた場所には死霊が多い。ずっと森で暮らしてきたアローにもそれはわかる。ましてやこの城は、過去の戦乱と、無慈悲な盗賊の行いの上に立っているから、死霊はいくらでもいるはずだった。

 だが、今アローが見ているものは死霊ではない。煉獄の炎だ。弱い死霊などは、この炎の前では存在を保てずに焼き尽くされてしまうだろう。

(この城は煉獄の蓋とでも繋がっているのか?)

 自分自身が煉獄に直結しているような存在なことを棚にあげて、アローは紅い炎を睨みつける。ゆらゆらと、揺れる火。焼かれて悶えて、アローが繋いだことでわずかに漏れた現世の空気を感じ取り、懐かしい世界を求めて這いずる無数の手。

(まともな会話ができそうな死霊はいないか。なるほど、これは呪われた地だな)

 あまり長時間見つめていると、引きずられる。紅い視界を閉ざそうとして、ゆっくりと瞼を閉じたその時。

《待って》

 少女の声がした。

《貴方、私の声が聞こえる?》

 ミステルではない。ましてや、リリエでも。視界を切り替えず、もう一度目を凝らす。そこにいたのは黒い髪の少女。浅黒い肌に金色の眼。尖った耳。

(君は、人間じゃないな。スヴァルトか)

《人間たちにはそう呼ばれているようね》

(死霊ではなさそうだが)

《死んでいるようなものよ。貴方、リリエに呼ばれて来たのでしょう》

(リリエの知り合いか。ならば話は早い。僕らはこの城の地下にあるというスヴァルトの宝について知りたい)

《知る必要などないわ。帰りなさい。あれは人間が数人集まったところで、どうにかなるものではないの》

(それは君が決めることじゃない。僕らはまだほとんど何も知らされていない。少なくとも、君がスヴァルトで、僕とあえて接触をとってきたのだから、リリエの話もまったく事実無根ではないということはわかった)

 スヴァルトは人間を嫌い、アールヴを憎んで、ドワルフとも利害が一致しただけで信頼し合っていたわけではない。自らの一族のみを唯一の是とする孤高の一族だ。少なくとも伝説の上では。

 だが、目の前に現れたスヴァルトの少女は、少なくともリリエを気にかけているように思える。

《あまり深入りはせずに帰りなさい》

(気づかいには感謝するが、どうするかは僕が決める。ひとまず、君の名前を聞いてもいいか。僕はアーロイス・シュバルツ。黒き森の死霊術師だ)

《名乗る必要はないように思うけど、いいでしょう。黒き森の魔法使い、私の名はリューゲ。この地で数百年を過ごす妖精族の生き残りよ》

(数百年、それは地下にいた、ということか?)

《答える義務はないわ。むしろ私が聞きたいくらいよ。貴方は何者なの? 目を開くだけで煉獄の亡者を引きつれる死霊術師なんて聞いたことがないわ》

(それについては僕も答える義務はない。今回はこの辺にしておこう)

 今度こそ、アローは目を閉じ、視界を閉ざした。

 次にまぶたを上げた時には世界はただの壁に囲まれた廊下の端で、瞳も青に戻っている。

「お兄様、何が見えたのですか?」

「ん? 見えていなかったのか?」

「はい、煉獄の炎が酷くて……死霊ではなくて煉獄と繋がるなんて、どういうことなんですか、この城は……」

 リューゲはどうやらアローだけを選んで接触してきたようだ。意図はわからないが……。

「…………うーん。とりあえず、一度部屋に戻るか。テオ、いつまでもいじけてるな」

 まだ凹んでいるテオを引っ張り上げて、アローたちは部屋へと戻っていく。その後ろで、岩壁から残滓のように一瞬ゆらめく炎の影が見えたのだが、彼らがそれに気づくことはなかった。

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