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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
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4.拝啓、混沌たる地下牢より

 事態はアローが思っていたよりも厄介なようだ。

 確かに、魔術師が容疑者の場合、魔術的な対抗手段がなければまともな捜査ができない。犯人が人の心を操る術をもっているとしたら、いくらでもねつ造ができる。今も、この牢屋の鍵には魔術封じの護符が巻きつけられている。

 魔術の師匠はさほど素行のよろしい御仁でもなかったので、何かがあった時のためにと冗談交じりにこういった護符の壊し方も教えてくれていた。だが、さすがに実践したことはない。そもそもそれを実行に移した時点で、ヒルダに問答無用で斬り捨てられても仕方がない。

 身の潔白を証明する手段も足りていなかった。何せこちらは王都にきたばかりで、街の地理ですら七年も前に一度来た記憶と、ミステルの案内頼みでいたのだ。カタリナの証言もたいして期待できないだろう。待ち伏せされていたということは、カタリナの店に行く前の行動を問沙汰されているのだから。

 ――しかし。

「僕が犯人で、逃げられる術を本当に持っているのだとしたら、そもそもおとなしく捕まるわけがないだろう」

「……それもそうですが、死霊術師とのことですし」

「だからどうして世間は死霊術師と呪術師を一緒くたにするんだ」

 ヒルダはますます困惑した顔になったが、もう一つため息を吐くと、まっすぐな目でアローを睨みつけた。

「世間の認識不足については私には何とも言いかねますが、今回の嫌疑については先ほども申し上げました通り、貴方自身が不審だったからでしょう」

「だから、どこが?」

「真顔で聞き返されても困ります。まさか、本気で自分は至って普通だと思ってらっしゃいましたか?」

「うん」

 素で何がおかしいのかわからないアローは、小首をかしげる。そんな彼の様子に、ヒルダは頭を抱えて深い深いため息をついた。

「まずは、その怪しげなローブを脱ぐことをおすすめします。あと、人と話す時はフードを取ることを」

「怪しげって、これは師匠から受け継いだ財産だぞ。魔術師の正装だ。それに、フードを取ると顔を見られてしまうじゃないか」

「何か魔術的な理由がおありですか?」

 疑わしそうな目を向ける彼女を、アローは不思議そうに見上げた。顔を隠すのにどうして魔術が関係あると思ったのだろうか。

「いや、ブサイクで恥ずかしいからだ」

 ヒルダは頭を抱えてその場に屈みこんだ。アローの発言は、何故か酷く彼女を脱力させてしまったらしい。第三者が見ればそれも当然のことなのだが、何せアローは世間に疎すぎた。

 やがて立ち直ったらしい彼女は、呆れた様子で立ち上がって腕を組む。

「……今すぐフードを外してください。これ以上、嫌疑を深めたくないのでしたら」

「…………わかった。死ぬほどブサイクでも笑うなよ」

 顔を見せないという選択肢は用意してくれそうもなく、アローは渋々とフードを外した。これ以上不用意に疑われると、ミステルとの再会が遠のいてしまいそうだ。

「…………」

 顔を晒した途端に、ヒルダはきょとんとした顔で黙り込む。

「無言になるほどおかしいのか?」

「いえ……あの、つかぬことをお聞きしますが、本気で言っていますか?」

「何が?」

「…………いえ、あの」

 まじまじと見つめて、今度は真顔で首をひねるヒルダを一瞥して、アローは居心地が悪くなってくる。

 青みがかった銀髪に、月夜のような深い紺碧の瞳。ずっと樹海暮らしをしていたせいで、日焼けを知らない白磁の肌。それらが作り物のように完璧に配置された顔。

 よほど特殊な性癖を持つ人間ではない限り、間違いなく美形と評価するであろうその顔の造りを、アローは醜いと信じている。浮世離れした世間知らずな兄にうるさい女の影が寄りつかないようにと、森にいた頃からミステルに日々啓蒙されてきた結果だった。

 もちろん、ヒルダはそんな事情を知る由もない。思いのたけを力強くアローに叩きつけた。

「もう少し積極的に顔を出した方がモテるんじゃないの!?」

 予想外の回答に、今度はアローが面食らう番だった。

「何故だ!? それと僕がモテたがってることを知ってるのもどうしてだ!?」

「あれだけ、行く先々でナンパしていたじゃない」

「見てたのか!?」

「もうずっとツッコミたくて仕方がなかったのよ、こっちは! とにかく、何をどう勘違いしたのかわからないけど、顔を隠す作戦は完全に逆効果よ!」

「顔が悪くても人柄が良ければモテると妹が言っていた」

「人柄以前の問題だし、貴方は言うほど顔が悪くないわ。むしろかなり良い部類よ」

「お世辞を言っても、やっていない罪の自白はしないからな?」

「信じなさいよ、そこは!」

 いつの間にか、ヒルダの口調から敬語が消えている。それだけの衝撃だったのだろう。彼女にしてみれば、アローが顔を隠して怪しさ満点の格好をしていたからこそ、不審に思ったのだ。仮に彼が流行りの服を着て道行く若い女性に声をかけまくっていたとしたら、軽薄な男だとしか思わなかっただろう。女性の方としても、数人はすんなりと引っかかっていたかもしれない。一人会話については怪しまれても致し方ないが。

 とはいえ、森育ちで世間知らずの極みであるアローには、ヒルダの率直な意見よりも、愛する妹であるミステルの言葉の方が重かった。

「おかしい……ミステルが僕に嘘なんてつくはずがないのに……そうか、君は僕に気を使ってくれているんだな。いいんだぞ、笑ってくれても」

「自虐的にならないで! 別に気を使ったわけでもないし……もう、何か私が悪いみたいじゃない……」

 暗澹たる表情でつぶやくと、ヒルダは慌てて首と手をぶんぶんと横に振る。

「そうだな。ミステルもパーツは悪くないと言っていた。一部だけ見せていればあるいは美形に見えなくもないかもしれない。配置が微妙なだけで。これからは顔半分くらいチラ見せする方向で……」

「別に変な配置とかじゃないから安心して!? っていうか貴方、色々大丈夫!?」

 遠い目になっているアローの肩を、鉄格子ごしに掴んでがくがくと揺するヒルダ。

「大丈夫、大丈夫だ。人柄に関して言えば、それほど悪くないと思う。……あの、そろそろ揺さぶるのをやめてくれ、目が回る」

「あっ、ごめんなさい」

 ヒルダがパッと手を離す。二人の間に、微妙な空気が横たわった。

「あれ、何の話だっけ」

「……こほん、フードを外した方が怪しまれないという話だったはずです」

 何だか気が抜けてしまった。アローはかびくさい牢屋の床に、足を投げ出して座り込む。

「ああ、ミステル以外の人間とこんなに話したのは久しぶりだ」

「私もこんな風に話したのは久しぶりな気がします。取り乱して、失礼しました」

「今更、敬語に戻さなくてもいい」

「それもそうね。はぁ……何だか貴方が犯人じゃないように思えてきた」

「最初からそうだと言っている」

「生け贄がどうのと言っていたのは貴方じゃない」

「それには深い事情が……」

「おや、ずいぶん仲良しになっているんだね」

 突然横から割って入った声に、鉄格子を挟んで二人が同時に横を向いた。

 そこには背の高い男性司祭が立っている。金糸で刺繍を施された白い長衣に、琥珀色の石を繋いだ首飾りは中心に豊穣の女神フライアの紋章入りの青金石がある。ゼーヴァルト国民の大半が信仰している、フライア聖教の司祭正装だ。

 状況的に考えて、彼がヒルダの言っていた、魔術事件に同席する担当司祭であることは間違いない。

 しかし。

「ん? どうしてそんな怪訝な顔をするのかな? 私の顔に何かついているかい?」

 ついていた。

 いかにもついさっきまで遊んでいましたと言わんばかりに、頬にべったりと女の口紅の跡が。

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