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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
49/120

47.困った時は死霊に聞こう、再び

 リリエ・アレクサンダーは地下への階段を下りていた。

 ひんやりとした空気の中で、石段を降りる靴音だけがかつかつと響く。風など吹いていないはずなのに、ランタンの灯ががゆらりゆらりと大きく揺れる。

 底は見えないほどに深く、地下水が湧いているのか湿った水の匂いと黴の匂いが混ざりあっていた。

「ステル……いるのでしょう」

 リリエの声は少し、震えていた。

「……ああ、ここにいる」

 遅れて、若い男の声がした。だが、その姿はどこにも見えない。どこから声がするのかも察することはできない。

「教会の人間を呼んだと聞いたが、アレは何だ? 黒魔術を解するものがくるとは思わなかった。使い魔までつれている」

「私もそれは予想外だったの。他意はないわ。だけど……何で襲ったの? 予定通り、一日は猶予を作ったわ。貴方との約束だから。でも、襲うだなんて……疑われるだけじゃない」

「そもそも、俺は教会の助けなど必要としていない。あの異教徒どもは我らの敵だ」

「でも、もう教会くらいしか頼れないでしょう? 今まで何人、あれの犠牲になったと思っているの? リューゲだって、このままじゃ死んでしまうわ」

「ああ。だから教会に助けてもらう必要はないが、好都合だとは思った。多少なりとも魔力のある人間なら、代用品くらいにはなるだろう」

 青年の声には感情がなかった。淡々と、慈悲のない言葉を紡いでいくばかりだ。

「俺は先の時代の置きみやげを始末したいだけだ。お前には多少なりとも感謝をするが、この城も黒魔術を嫌う領民も、ましてや教会の手先のことなど心底どうでもいい」

「…………っ」

 唇をかみ、それでもリリエは前を向いた。ランタンの灯りだけがほの暗く地下を照らす。

「でも、今この地で暮らしているのは私たち人間です。だから、人間が責任を取るべきだと思います。私たちの街を守るために。…………私の友人を、救うために。だから、地下のアレを教会の使者様に見せるつもりです」

「勝手にしろ。だが、俺の邪魔はするな。教会の使者であろうが、邪魔になれば殺す」

「わかりました」

 それきり、青年の声が聞こえることはなくなり。

 リリエは闇の底をじっとみつめて、息をついた。

「…………ええ、わかっていますよ、お父様」



 アローたちは、ひとまず情報を整理することにした。

 リリエの主張によれば、辺境伯を通して教会に怪異調査の要請をしたのは彼女の判断によるものである。

 スヴァルト絡みのことだからか、もっと懸念事項があるのか、彼女は事実を伏せている。もしスヴァルトの遺産絡みだとわかっていたら、それこそ教会はハインツを直接派遣するくらいのことはしたかもしれない。あるいは、ハインツは何かしらこの一件に思う所があって、あえてアローに託したという線もある。ギルベルトもハインツの思惑を完全に知っているわけではなさそうなので、この件は一旦保留とする。

 リリエと馬車を襲った黒魔術師との関係は不明であるが、何らかの理由で襲った黒魔術師に関与している可能性は高い。現時点では彼女にはアローたちを襲わせる理由がない。わざわざ王都から教会の人間を呼んだのだ。教会の不興を買うのは得策とは言えないだろう。

 不自然な誤認逮捕と別邸に部屋と晩餐が用意されていたことを考えると、魔術師の関与は知っていた可能性がある。やってきたのが純粋な教会の人間だったとしても、理由をつけて別邸に泊まらせる手はずだったのかもしれない。

 リリエはアローたちに黒魔術の知識があるとは思っていなかったはずだ。だからきっと、教会の人間だったらあんな風に無理な拘束はできなかった。黒魔術の知識があるとわかった時点で作戦変更した可能性は高い。女中頭の不自然な行動や、リリエのはぐらかしは、作戦変更のための調査と時間稼ぎだったのかもしれない。真犯人の黒魔術師に思う所があって、庇い立てしたという見方もできる。

「襲ってきた黒魔術師が見つかれば話が早いんだが。ミステル、昨晩は本当に気配がなかったんだな?」

「はい、お兄さま。女中頭が探っていたこと以外は、特に何も。女中頭も聞き耳をたてていたくらいで他に行動は起こしてないですし、食堂で話していた女中たちも何かを知っている様子はなかったですね」

「地下を見なければ何とも言えないことには変わりないわね」

 肩をすくめるヒルダににこっと笑いかけ、アローは杖を手に取った。

「ま、まさか……」

「そのまさかだ。死霊に聞けばいいじゃないか。古い城なんて呼べばいくらでもでてくるぞ」

「……………………私、部屋に戻っていてもいいかな」

「苦手なものは仕方がないし、無理強いはしないけれど、一人でいる方が怖くないか」

「うっ…………」

 ヒルダはびくりとかたまり、そして、救いを求めるようにミステルへと目を向ける。

「ヒルダさ……ヒルダ。またしてもお忘れのようですけど私も死霊ですからね?」

「そ、そうだった……ミステルも死霊だけど、でもミステルは怖くないし……」

「ヒルダさん幽霊怖いんですか? 戦女神さまにもかわいいとこおろがあ……がっ!?」

 横から調子づいたテオが口を挟んだところで、ヒルダがスパンッと小気味良い音を立てて彼の後頭部をひっぱたいた。

「怖さが吹き飛んだわ。アロー、やってちょうだい」

 恐らく、ヒルダのことの言葉を真に受けて死霊を呼びだしたら、一気にまた怖がり出す気がしないでもないが、それよりもアローには重要なことがあった。

「ヒルダもミステルも、いつの間に呼び捨てにしあうほど仲良くなったんだ?」

「えっ、それは……その!」

 ミステルが何故か顔を真っ赤にして首をぶんぶんと横に振る。

 対するヒルダは目を輝かせて顔をあげる。

「そうだ、今ちゃんとヒルダって呼んでくれたよね?」

「き、気のせいじゃないですか!?」

 ミステルがぷいっとそっぽを向くのを、すっかり機嫌をなおしたヒルダがにこにこと見つめる。仲良きことは美しきかな。

「すごいなぁ、ミステル。死霊になった後でも友達ができるんだ。僕なんていまだにモテないのに。やっぱり顔がダメなのか? もう少しイケメンだったら魂を気前よくわけてくれる女の子のひとりやふたり……」

「あの、アローさん、それマジで言ってますか?」

 テオが叩かれた後頭部をさすりながら、うろんな目でアローを見る。

「マジだが」

 ミステルのたゆまぬ啓蒙活動のおかげで、アローはいまだに自分がブサイクだと思い込んでいる。実際には死霊魔術への誤解が七割、あとの三割がズレまくった言動のせいだが、幸か不幸かアローは何も気づいていなかった。

 色々あった後でも、アローはミステルに甘い。彼女のいうことは、重要視していないことならば大体ホイホイ信じてしまう。

「アローさんがモテないのって見た目とかじゃなくもっと根本的なとこじゃないですか?」

「何かテオに言われるのはちょっとイラッとくるな」

「えっ、酷くないですか。俺、自分でも珍しく建設的なこと言ったと思うんですけど」

 むくれるテオの手首をつかみ、アローは無言で出口に引きずっていく。

「あっ、すみません!? 生意気いいましたすみません!! あの、痛いおしおきはなしで!!」

「いや、僕に他人を折檻して喜ぶ趣味はない。よくよく考えたら別に全員に見せる必要はないんだ。僕だけ適当に歩いて死霊に聞いて来ればいいんだよな。というわけでつきあえ」

「俺だって怖いのそこまで得意じゃないですよぉ!」

「少し気になることがある。つきあえ」

「お兄様、私もご一緒します!」

 嫌がるテオをひきずり、慌ててついてきたミステルも一緒に、扉を開けようとして、不意に声を潜めた。

「そうだ。このまま出て行っても止められるな。姿は消そう」

 室内の声は、例によって外に漏れないように結界をはっている。だから向こうからはせいぜい楽し気な談笑の声としか認識できていないはずだ。しかし、部屋の外を出歩くとなると、部屋付きの使用人と衛兵の眼を盗んで自由に歩き回るのは無理だろう。

「では、栄光の手を使いますか」

「そうだな。寒い演技だが、扉を開けるのはミステルに頼もう」

「かしこまりました」

 アローは一度自分の荷物に戻ると、ごそごそと道具袋を漁りはじめる。

「アロー、栄光の手ってなに?」

「呪術道具のひとつだ。手の形をした燭台に灯をともしている間、他の人間には姿を認識できなくなる」

「へー、そんなのがあるん……ひゃあっ」

 ヒルダは驚いて尻もちをついて転び、ギルベルトが「なんだそりゃ」と眉根をあげる。アローが取り出したそれが、握りこぶしの形でからからに乾かされた手首のミイラだったからだ。

「栄光の手は手首のミイラで作る。安心しろ、本来は犯罪者の死体から作るものだが、これは代用品として森にいた猿の魔物の手で作ったものだ。人間じゃないぞ」

「安心できない!!」

 悲鳴をもらすヒルダをよそに、アローはミイラの指の間に松明の芯をねじ込むと、簡易魔法で火をともす。

「さあ、いくぞ、テオ、ミステル」

 栄光の手をもって、再びアローはテオを引きずっていく。ミステルがそれに続き、扉を開ける。

 衛兵が不可解そうに顔を出したのに、ミステルはにこりと微笑みかけた。

「使用人の方に、お茶を人数分お願いしてくださいます?」

「ああ、わかった」

 衛兵は頷き、ミステルは部屋に引っ込んで扉を閉じ、そして他人には見えないように姿を消して、扉をすり抜けてきた。

「さぁ、いきましょう、お兄様。それとジャリガキ」

「ああ」

「…………だから何で俺もなんですかぁ」

 嘆くテオを引きずりながら、アローとミステルは彫刻城の探索に乗り出したのだった。

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