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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第二部:伯爵城怪異舞踏会編
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43.見習い騎士の迷走、少女の友情

 辺境伯別邸の晩餐会は、緊張感にあふれるものとなった。疲労しきった頭にナイフとフォークを使う順番、食事の作法の基本を付け焼き刃でたたき込まれ、練習する暇もなく即本番。かろうじて食器を使う順番は覚えたものの、動きはぎこちなく、むしろそれを見てハラハラしていたテオが気を取られて食器を鳴らす始末。まさかの貴族出身テオの凡ミスにより、辺境伯別邸の使用人に大変微妙な顔をされて第一幕が終了である。

 食事をした気がしなかった。腹は満たされても心は満たされず、アローは旅の荷物に入っていた干し肉のあまりを、行儀悪くベッドの上でかじっている。がちがちに乾いた塩漬けの肉も、あの晩餐会で食べた料理よりはおいしく感じる。

「何でこのベッドはこんなにふわふわなんだ。落ち着かないぞ……」

「仮にも辺境伯の別邸ですからね。調度もそれなりのものを用意しているのでしょう。体が痛くならなくてよいのではないですか? ずっと馬車生活だったのですし」

「僕は生まれてこのかた堅いベッドにしか寝たことがないんだ。馬車の方がまだ落ち着く」

 ぼやくアローの側で、ミステルはふわふわと宙に浮いている。彼女の部屋はヒルダと同室なのだが、今はこちらに来ている。遺灰を持っているのがアローなので、こちら側にいた方が都合はいいのだ。一応、寝る時にだけは部屋に戻ってもらうことになるが。

 ミステルの正体を知っているギルベルトは平然と受け入れたが、ついさっき把握したばかりのテオはかなり複雑そうな顔をしていた。

「何でそんな真顔になってるんだ?」

 一応理由を聞いてやらねばならない気がして尋ねてみると、テオはリスのような赤茶色の毛をくしゃくしゃとかきまわしながら大げさに嘆きだした。

「だって、ミステルさんが幽霊とかあんまりじゃないですかぁ」

「あんまり、とは?」

 意味がわからない。首をかしげるアローに、テオは畳みかける。

「だって、若い男女ですよ? アローさんはお兄さんですし、ギルベルトさんはおっさんだし、そうなるとロマンスのお相手は決まってくるでしょう? でももう死んでるなんてあんまりじゃないですか!?」

「口の減らないクソガキですね」

 ミステルの辛辣な言葉に、テオは完全に涙目となる。

「私にも選ぶ権利はありますし、そもそもお兄様と私は血がつながっているわけではありませんし? つまり貴方はたとえ生前に出会っていたとしても、お兄様には足下にも及ばない、とるに足らない存在ということです。理解しましたか? 理解したならば寝言をほざくのはこれっきりになさってくださいね!」

「おお、お嬢ちゃん、今日もトバしてんな!」

 再起不能になっている哀れなテオをよそに、ギルベルトはのんきに拍手喝采。

 テオが布団をかぶってふて寝をしたのはとりあえず放っておくことにして、アローは干し肉のかけらをぬるい水で飲みくだした。

「今日はもう寝るか。ミステル、頼まれてくれるか?」

「はい、お兄様。どういたしますか? 辺境伯の城の様子を見に行きます?」

「いや、城に魔術的な仕掛けがあったら、ミステルでも少し危ないから、それは明日以降にしよう。どちらかと言えば、この別邸の人間の様子をうかがっておいてほしい。あとは、僕らを襲撃したの同じと思われる魔術師の気配を感じたらすぐに起こせ」

「確かに。承りましたわ、お兄様」

 それだけ告げると、ミステルはふっと姿を消した。部屋の外にでたのだろう。表面上はヒルダと同じ部屋にいるフリをする。黒魔術による幻の一種だ。魔術の素養があまりなさそうなこの地の人々なら、容易に騙せる。騙せなくても、それはそれで有力な情報だ。辺境伯は黒魔術を軽視していない証拠になる。

「……でもまぁ、寝るか」

「そうだな、寝ようぜ。坊主もふて寝してるしな」

 アローの呟きにギルベルトも同意し、二人はそれぞれ布団に潜り込んだ。

 ふわふわの敷き布団はやはり落ち着かなかったが、疲労はすぐに眠気を運んできたのだった。



 アローたち男性陣の部屋を後にして、ミステルはひとまず一度、自分の部屋に戻ることにした。ヒルダは剣の腕前は確かだが、いかんせん魔術の素養はない。魔物には対処できても魔術には対処できないのだ。

「ミステルさん、アローたちは大丈夫そう?」

 夜着に着替えたヒルダが、金色の髪をくしでとかしていたところだった。こうやってみるとごく普通の貴族の令嬢に見えるが、体つきは華奢ではなく、しっかりと健康的に引き締まっている感じがする。あと意外に胸が大きい。意外に。

「お兄様のことでしたらあまり心配していません。あちらにはギルベルトがおります。それに、お兄様は魔術の気配に敏感ですから、熟睡していても怪しい気配があったらすぐに目を覚ましますよ。あまり危なくなければ、兄様の周りにいる死霊が勝手に何とかしてくださいます」

「う、うーん。同室でなくて良かったっていうべきなのかなぁ……」

 ヒルダは引きつった顔になる。ミステルもアローの使い魔という立ち位置とはいえ死霊であるし、見えない死霊よりはミステルを怖がってもよさそうなものなのだが、この女騎士はミステルに関しては全く怖がらない。初対面で怖い思いをしなかったので、安心しているのだろうが。

(調子が狂うのですよね……)

 怖がられるどころか友達になりたいとまで言われてしまって以来、何となく邪険にもしづらくなってしまった。アローに色目を使うようなら絶対にお断りだったのだが、今のところ(アローが天然でタラしまがいの発言をした時を除いて)友情の範囲に収まっている。

「お兄様に頼まれたので、少しこの屋敷の内部を調査してまいります。何もなければすぐに戻りますが、一応私が出ている間はこの部屋に封印を施しますので、ヒルダ様は部屋から出ないようになさってください。馬車を襲ってきた黒魔術師の件もありますので」

「えっ、それ、ミステルさんは大丈夫なの?」

 ヒルダは本気で心配しているようで、ベッド脇に置いた剣に手をかける。必要ならば手伝おうと考えたのだろう。

「ご心配には及びません。何せこちらには黒魔術を見破り、竜を殺せる剣士がおります。今晩、攻撃をしかけてくる可能性は限りなく低いでしょう。相手も様子を見るでしょうから。そして、屋敷を調べるだけならば姿を消せる私だけの方が好都合です」

「そっか……、でも無理はしないで。アローでも私でもいいから、危なかったらちゃんと頼って」

(まったく、本当にこの人は……)

 あきれるほどに善良だ。死霊を生きている人間のように心配するなんて、アローにだってできないことなのに。

「……私はレイス。生身の身体ではありませんから、人間よりは危険な目にあいませんよ。ですから、本当に大丈夫です、ヒルダ様。信用してください」

「うん。そうだね。ごめん。信じるよ、ミステルさん」

 にっこりと笑って頷いた後、「あ」とヒルダは小さく声をあげる。

「どうかされましたか?」

「ううん、大したことじゃないけれども、ヒルダ様って堅苦しいし、ヒルダって呼び捨てにしてくれていいよ。歳だって大して変わらないんだし」

「それは……」

「私もミステルって呼ぶから。ね?」

「…………わかりました。では行ってきます、ヒルダ」

「いってらっしゃい! 気を付けてね!」

 ヒルダに見送られ、ミステルは部屋を出た。

 扉をすり抜けて、簡単な魔術で封印を施す。これで覗き見程度の黒魔術ははじけるし、ミステルやアロー以外の魔術の気配がしたら即座に気づいて戻ることができる。幻術も兼ねているので、もし何も知らない人間がこの部屋のドアを開けても、ミステルは布団の中にいるように見えるだろう。

 屋敷にはまだ起きている人の気配があった。ひとまずそちらに向かおうとして、しかしミステルは立ち止まって部屋の扉を振り返る。

「……ヒルダ」

 もう一度その名を呼んで。

「お兄様の名前だって、呼び捨てにしたことなんてないのに……」

 同年代の女の子と友達になりたかった、と。

 ヒルダはそう言ってミステルに微笑みかけたのだったか。

 両親を失い、育て親に捨てられ、森でアローに拾われて死ぬまで十五年。ミステルの人生に友人など一人もいなかった。

「友達だなんて、そんなの……私だって初めてです」

 熱も持たない霊体なのに、なぜか胸だけが生きている時のように暖かな熱を持った気がして、それはアローを想う時とは全く別の感覚で。

 ミステルは慣れないその感覚を振り切るようにして、姿を屋敷の闇の中へと溶かした。

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