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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
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3.モテたい不審者と戦女神

 アローがワルプルギスの店を訪ねる少し前のこと。

 騎士、ヒルデガルド・ティーヘは、王都グリューネ巡回の任務にあたっていた。

 ヒルデガルド――ヒルダは、この王都ではちょっとした有名人である。女性でありながら入団資格を得る十二歳にしてすぐに試験に合格、騎士となった。剣技では同期の誰にも決して負けはしない。国王御前試合では歴戦の猛者である隊長や副隊長格の騎士たちと渡り合い、戦女神ヒルデという大げさな二つ名がついたほどだ。

 もっとも、基本的に平和なこのグリューネでは、戦女神の活躍する機会などたかが知れている。街道に住みついた盗賊や森から這い出してきた魔物の討伐くらいで、あとは王都の警備くらいのものだった。

 それでも真面目な性格ゆえに真摯に仕事をこなし、上官からの覚えは極めて良い。後輩からも慕われていて、騎士生活は順風満帆だ。何も不満に思うことはない。皆が平和に過ごせるのならば、それは騎士にとっての誇りである。

 だからこそ、こんな平和な街で事件が起こったことは、彼女の心を暗澹たる気分にさせていた。

 しかも事件の捜査を依頼してきたのが、あまり関わり合いになりたくない人物だったのがいけない。

「あの軽薄な男の依頼だと思うからいけないのね。これは仕事、仕事よ!」

 ただでさえ苦手な相手からの依頼なのに、事件の内容もいけなかった。依頼相手とは別の意味で、彼女にとって苦手なものだったのだ。早く解決したい。そのために、今日も彼女は自ら街の巡回を買って出た。

 一昨日も昨日も、事件のことなど何事もなかったかのように平穏だ。今日も何もないかもしれない。

 ――と思った彼女の予測は、鮮やかに裏切られた。

「……怪しすぎる」

 ひときわ異彩を放つ人物が、辺りをきょろきょろと見回しながら歩いている。

 通りすがる住民も、ちらりと彼に目をやっては、そそくさと逃げていく。その人が逃げていく様子を見て、さらに彼は首を傾げる。

「どうしてだろうね?」

 心底不思議そうに、彼は呟いた。

(どうしても何も、それだけ怪しい格好していたら、人も逃げるわよ)

 ヒルダの内心を知ってか知らずか、彼はのんびりとした足取りで歩いている。何やらぶつぶつと独り言をつぶやいているのだが、やがて彼が何に向かって話しかけているのか気が付いた。小脇に抱えた手荷物に話しかけているのだ。

(う、疑いようもなく完全に危ない人だわ)

 思わず腰の剣に手が伸びた。だけど、まだ剣は抜けない。怪しいだけの一般人かもしれない。怪しすぎるが。

 声の感じでは、意外に若いように思える。彼はしきりに辺りを見回しながら歩き、そして何を思ったのか道行く若い女性にかたっぱしから声をかけまくっていた。

「すみません、よろしければ少しお話しませんか」

(そ、そこでナンパするの!?)

 内心のツッコミが止まない。当然ながら、娘は全力で首を横に振っていた。

「どうして彼女、あんなにおびえていたのかな?」

 心底不思議そうに首をかしげながら、彼は再び手荷物と会話しはじめた。

(そんなの、貴方が怪しいからに決まっているわ……)

 半ば呆れ顔になりつつ、彼の後をつける。彼はヒルダの存在に気づいた様子もない。

「僕がブサイクだからかと思っていたよ」

(どうしてそうなるの!? そもそも顔、見せてないわよね!?)

 ヒルダが後ろで内心呆れたりツッコんだりで忙しい中、呑気な不審者は、相変わらず通行人に全力で避けられながら大通りを歩いている。

「とりあえず、当面の宿を探そうか。さっきのとこは断られちゃったしね」

(だから、貴方が怪しいからでしょう!?)

 これが任務中でなければ、声にだしてツッコみたい。

「すみません、よろしければお茶でも……」

 また、道行く少女に声をかけて、小さな悲鳴と共に全力で逃げられている。もう何をしたいのかわからない。

(言動がおかしすぎて、逆に心配になるわ……)

 不審な言動に似合わずのほほんとした様子の彼に、何となくお節介心をくすぐられてしまう。ヒルダはどこかはらはらとしながら、それでも自分の職務を忘れなかった。足音を忍ばせて更に追いかけていく。

 だんだん裏路地の方へと入って、彼は不意に立ち止まった。そのまま、延々と手荷物との一人会話を続けている。

 こちらから声をかけてみるべきか、もう少し様子を見るべきか迷っていると、不意に彼がこうつぶやいた。

「こんなことじゃ、生け贄を探すのも大変だな」

(――生け贄?)

 どくん、と心臓がざわつく。

 聞き間違いではなかったと思う。確かに彼はそう言った。ヒルダはいつでも剣を抜けるように、手をかける。

 入り組んだ路地を行く彼を追いかけ、怪しげな店に入っていくのを見届けた後、その店の門扉を前に立ち尽くした。


 グリューネに暗雲をもたらす連続女性呪殺事件の犯人は、今、この中にいるのかもしれない。



 アローは再び、困っていた。

 鉄格子の向こう側に、アローと同年代の少女が剣を片手に立っている。金色の長い髪をきちんと結い上げていて、翡翠色の意思の強そうな瞳が印象的だ。神秘的な美貌を持つミステルとは、種類の違う凛とした美少女だと思う。

「ヒルダさん、あの手荷物だけでもここに持ってきてくれないか?」

「認められません。貴方の荷物はこちらで大切にお預かりしています。容疑が晴れたら全てお返ししますので、もう少しご辛抱願います、アーロイス・シュバルツさん」

 何度目になるかわからないやりとりを交わす。ここは王都騎士団領内監房である。カタリナの店を出たすぐ後に、アローは少女騎士に剣で脅されてここに連れてこられた。

 何故か自分には大層な事件の容疑がかかっているようだ。アローが把握できたのはそれだけで、何も教えてもらえないし言い分も聞いてもらえない。ミステルの遺灰も杖も取り上げられて、丸腰のまま地下牢に放り込まれてしまった。

「そこを何とかできないのか、ヒルダさん」

「先ほどから気になっているのですが、どうして私の名前をご存じなのですか?」

 翡翠色の瞳が気味悪そうにすがめられる。どうにも、職業を聞かれてバカ正直に死霊魔術師と言ってしまったのが失敗だったらしい。必要以上に怪しまれている。

「名前はヒルデガルド・ティーヘ。僕の一つ下で、十六歳。上流貴族の出自で、戦女神ヒルダの異名を持つ剣の達人。僕の荷物を押収した少年騎士が、聞いてもいないのに熱く詳細に語ってくれたぞ」

「……後できつく叱っておきます」

「あと、僕のことはアロー呼んでくれ、戦女神ヒルダさん」

「善処いたしますので、戦女神はやめてください」

 まさか、経歴を全部さらされているとは思いもよらなかったようだ。少女騎士――ヒルダは恥ずかしそうに頬を赤くしている。こうすると、凛とした印象が和らぎ年相応に見えた。

「とりあえず、冷静になって話をきいてくれ。僕は疑われている罪状について全く身に覚えがない。今日、都についたばかりなのに誰をどう呪殺するんだ? 本当に犯人なら、バカ正直に職業を死霊術師なんて言うと思うのか? というか、死霊術師を何だと思っているんだ。呪殺師と混同しないでくれ」

「その意見は考慮させていただきます。しかし、不審な行動を貴方がしていたことは紛れもない事実です」

「どこが不審なんだ?」

「ご自覚がないので? ご冗談はほどほどにお願いいたします」

 真顔で聞き返されても、アローには身に覚えがないことだ。世間知らずである自覚はあるので、もしかすると知らない内に何かをやらかしていたのかもしれない。今更気づいたところで、後の祭りだ。牢獄に入ってからでは意味がない。

 アローにできることは、少しでも誤解を解く情報を提示することだ。

「大体、呪殺の疑いって言うけど、君たちは呪殺に関して正しい知識を持っているのか? 呪殺なんてそんな簡単なものじゃないぞ? まず、知り合いじゃないと難易度が跳ね上がる。材料だっているだろう。僕は何年も森に住んでいて、妹以外の人間に会ったのなんて数年ぶりなんだ。知っている人間なんて数えるほどしかいない」

「それを証明できる方はいらっしゃいますか?」

「だから、あの荷物を持ってきてくれ。それで証明できる」

「魔術的な物品を証拠として扱う場合は、魔術知識を持つ公的機関の協力が必要となります」

 先ほどから堂々巡りもいいところだった。

 遺灰がすぐ近くにないと、ミステルと会話することはできない。当然ながら、姿を見せることもできない。

 ミステル以外にアローが森から出ていないことを、証明できる人物はいなかった。本当に、七年ほど一切森から出ていない。その前に出てきた時も、師匠に連れられて王都に数日滞在しただけだ。人と関わらずに生きてきたツケをこんな形で支払うことになるとは思わなかった。

「ところで、そもそもあの手荷物の瓶はどういった用途にご使用なさっているのですか? しきりに話しかけていたように見えましたが」

 ミステルと話していたところを、ヒルダは見ていたらしい。とすると、彼女は結構前からずっとアローの後をつけていたのだろう。ミステルも気づかないほどに気配を殺していたということだ。素直にすごいと思う。戦女神は伊達じゃない。

「別に君が心配するほど怪しいものじゃない。あれはミステルの……僕の妹の遺灰だ」

「ひゃっ!?」

 ヒルダは思わず剣を取り落とし、青ざめた顔で手をぱしぱしと払いだした。まるで汚いものを触ったかのような反応に、少しムッとする。

「人の妹を相手に失礼だな」

「だって、遺灰って……!」

「汚いものを扱うようにしないでくれ。あれにはミステルの魂が宿っているが、僕がそばにいなければただの灰でしかない。ミステルに証言させるにも、そばに持ってきてくれないと意味がないんだ」

「そそ、そういう、もの、ですか?」

 青ざめた顔で引きつった笑みを浮かべるヒルダを見て、アローはがっくりと肩を落とした。彼女に頼んでも、持ってきてもらうのは無理そうだ。

 まさか王都に来た初日に、呪殺事件の容疑者扱いされるとは思わなかった。手がかりも今夜の宿も得ないままに足止めである。死霊術師への偏見は根が深い。

 大体、アローは今、ミステルを復活させることで忙しいのだ。呪殺なんてやっている場合ではない。生きている人間じゃなければ魂を少し分けてもらうことなんてできないし、呪殺された人間の身体には、術者の魔力が残るから材料に使えない。だから呪殺なんてもったいないことはしない。

「ん……?」

 そこで、はたと気がつく。カタリナが言っていた若い娘ばかり死ぬという『美人薄命病』とやらが、この連続呪殺事件のことではないだろうか? つまり、都で流行っているのは病ではないということだ。

 そうなると、事情は変わってくる。冤罪であることにかわりはないが、少なくとも他人事ではない。

(でも、ミステルだって魔術師だぞ?)

 アローの助手として、共に魔術をたしなんできたミステルが、簡単に呪殺されるはずはなかった。それくらいの自衛は、彼女だって心得ている。魔力によって殺されたのなら、ミステルは自分の死因を『病』だとは言わないだろう。

(どうも、不穏な匂いがするな)

 調べなければいけないことが、いくつかできた。

「どうかされましたか?」

「いや。容疑を晴らす機会はいつ与えられるのかと思って」

「それは……」

 ヒルダの毅然とした態度が、少しだけ緩んだ。

 彼女は困ったように肩をすくめる。

「申し訳ありません、魔術に関する事件には教区の担当司祭が同席することになっております。司祭が来るまでお待ちいただくしかありません。連絡はもういっているはずなのですが……」

 つまり、騎士をせかしたところで、その司祭様とやらが到着してくれないことには、潔白の証明もしようがないらしい。

(うーん、これは牢屋に一泊かな?)

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