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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
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26.剣で斬るもの斬れないもの

 なしくずしに墓地の整備を手伝うことになり、終わった頃には日がかなり傾いていた。

 ヒルダは途中から彫像のように表情が固まっていたが、それでも使命感の強い彼女はどうにか任務を完遂しきったようだ。羊皮紙に報告書を書留め、ある程度綺麗になった墓地を眺めると、彼女は深い深いため息をつく。

「何だか私、最近ずっとこんなことばかりしているわ……」

「せっかくの戦女神の称号が泣きますね」

 身体がないので手伝いようもなかったミステルが、待ちくたびれながらそう口を挟む。

「……その称号はいいから。剣を使わないことそのものは悪いことじゃないわ。平和と言うことだから。毎日鍛錬はしているんだし」

 ヒルダは少し困った顔で肩をすくめる。

「ヒルダ、昨日渡した血紅石を見せてくれ」

「あ、これ? 特に変化はないみたいだけど……」

 ヒルダは腰のベルトにくくりつけていた巾着袋をはずすと、アローに差し出した。気味悪がっていたのに、きちんと肌身はなさず持ち歩いているあたり、彼女の律儀な性格がかいま見える。

 袋の中から出てきた石は、渡した時と変わらずに赤いままだ。ヒルダのいうとおり、特別なことは起こっていないように思える。彼女は元気だし、血紅石から呪いの気配は感じない。

(……考えすぎだったか?)

 カタリナがわざわざヒルダに直接気をつけろと言ったのだから、何かはあるのだと思っていた。ヒルダ自身ではなく、彼女の周りに何かがあるのならば、彼女はきっと心当たりを報告してくれるだろう。

(たとえ間に呪詛返しよけを用意したとしても、途中までは呪いをたどれるはずだ。警戒されているのか? それとも、こちらを試すつもりか?)

「アロー、難しい顔しているけど、何かあった? やっぱり私、呪われてるの?」

 黙って考え込んでいるアローに、ヒルダは不安を覚えてしまったらしい。アローは慌てて首を横に振る。

「え?ああ、いや、今の時点では大丈夫だ」

「よかった。昨晩は気になってなかなか寝付けなかったから」

「ちゃんと寝てくれ。呪いの基本は心や体が弱った隙につけ込むことだ。だから思いこみの激しい人間や、精神的に弱っている人間は呪いにかかりやすくなる」

「えっ、そうなの?」

「そうだ。だから君にはいつも通り、毎日健康的に眠り、健康的に目覚め、健康的に鍛錬し、健康的に職務に励んでくれ」

「健康的に職務に励みたいのはやまやまだけど、騎士団の詰所に行ってすぐにカーテ司祭にろくな説明もなく連れてこられて、あげく墓荒らしの調査検分をずっとやらされてて、精神的被害が甚大だわ」

「…………悪かった」

 思わず謝ってしまったが、まさか墓をこの様相にしたのが自分だというわけにはいかない。幸いにして、ヒルダはそこまで深く考えなかったようで「別にアローは悪くないのに」と苦笑いをしただけだった。これはこれで罪悪感が酷い。

「カタリナが呪いの話をしていた時、何か他に気になることは言っていなかったか?」

「いえ、特には。呪われるかもしれないから気をつけろって、それだけよ。そういえばアローにも伝えておいて、とは言っていたけど……流れで話してしまったわね」

「……そうか。僕にも伝わるようにしたのか。それなら、やっぱり、警戒はしておいた方がいいな」

 ミステルが言うように下世話な冗談のつもりであったなら、彼女はその場で冗談だとネタばらしをしたはずだ。わざわざアローにまで情報を伝達する必要はない。

「ワルプルギス女史の言う『勘』の是非はともかく、犯人は私たちが事件を探って回っているのに気が付いているかもしれませんものね」

 ミステルもこれには同意を示した。こちらは騎士や司祭と堂々連れ立っているのだから、相手には行動が筒抜けになっているのは間違いない。それでなければ、アローとハインツが夜中に墓地で会う手はずになっていたことを気づくわけもなかった。アローのすぐそばにいたミステルでさえ、何も気づかずに大人しく封印されていたのだから。

「カタリナさんって、すごい家柄の貴族なのに、あんな路地裏で占い師しているなんて、不思議な方よね」

 アローから再び血紅石を受け取りつつ、ヒルダが感慨深げにつぶやく。

「正確には魔術道具専門の骨董店だ」

「そういえばそうだった……。でも、カタリナさんってバートラン家の人間だっていうし、本当だったらあんな風に店をやる必要もない方でしょ?」

「カタリナが良い家柄の貴族出身なのは知っていたが、その家はそんなにすごいのか?」

「王家の親戚よ。爵位は公爵」

 アローも爵位の序列くらいはちゃんとわかっている。公爵となると、本来であれば得体の知れない魔術師であるアローやミステルなど、お目通りすら叶わないほどの大貴族だ。

「ミステル、知ってたか?」

「ええ、私は度々グリューネに来ておりましたし、知っておりました。呪術道具の納品や買い取りにはあまり関係ない話でしたので、お兄様には話したことがありませんでしたね」

 ミステルはあっさりとそう答える。知らないのはアローだけだったようだ。

「そうか……」

「何か気になることがございましたか、お兄様」

「いや、そこまでは。何にしろ、この事件に度々関わっていることで、ヒルダは犯人に目をつけられやすい立場にいることは確かだ。気をつけないといけないな」

「きっかけは私の方が悪いとはいえ、貴方に剣を突きつけてから、毎日が怒濤だわ……」

 ヒルダが苦笑して、まとめ終わった報告書を僧侶に渡す。

「そのことについては本当に申し訳ないと思う。君はこの手のことが苦手なのに、巻き込んでしまったな」

「別にいいのよ。これも仕事だしね。結果的に言えば、犯人の手がかりがたくさんつかめて良かったわ。騎士団と教会がちぐはぐなまま捜査をしていたら、きっとあと三人くらい死んでいよいよ民衆が騒ぎだすまで、何の進展もなかったんじゃないかしら」

 彼女の言葉はきっと、建前ではなく本音なのだろうと思う。本来は城や王族、王都全域の警備、魔物や盗賊の討伐、そして有事の際の出兵が騎士団の役割だ。治安維持はあくまで警備の延長線であって、本来、騎士団はこんな風に特定の事件を捜査する組織ではない。教会の方ももちろん、教区内での魔術がらみの事件を捜査することは、信仰保護の手段であって、目的ではない。お互い面倒なことを押しつけあって、なかなか進展しない状況は簡単に想像がついた。

「剣で斬れるものが相手だったら、もう少し強気でいられたんだけどね」

「安心しろ。剣で斬れないものからは、僕が守ってやる」

「えっ!?」

 顔を赤くしながら大げさに驚くヒルダに、アローは小首を傾げた。

「斬ってどうにかなるものが相手なら、僕が出る幕もないだろう。だけど、呪いや魔法からなら僕が守れると思う。だから不安に思う必要などない」

「えっ……あ、……うん」

 ヒルダが恥ずかしそうにうつむいて、アローはますます首を傾けた。何を照れることがあるのだろうか。

「ミステル、僕は何か変なことを言っただろうか?」

「言っていません。何も言っていません。疑問に思ってはなりません。そのままのお兄様でいてください」

 無感情に早口でまくしたてるミステルの後ろで、まだ顔が赤いヒルダが両手をぶんぶんと横に振りだした。

「な、何も照れてなんていないわ。大丈夫、大丈夫よ! 貴方がそういう気がなくぽろっと不意打ちのようなことを言うのはわかってるから! その気がないのはわかってるから!」

「不意打ち? やっぱり僕は知らない内にヒルダが気に障るようなことを言っていたんじゃないのか? 世間知らずなのは自覚しているし、失礼なことを言ったのだったら謝る」

「失礼なことは言ってないわ、それは大丈夫!」

「お兄様、もうそのことはお忘れください!」

「どうしてだ? 二人とも何か様子がおかしくないか?」

「「おかしくないわ」です」

 ヒルダとミステルの声が綺麗にハモり、気おされたアローは「そうか……」と思わずうなずく。うなずいたものの全然意味がわからない。

「君たち、青春を謳歌するのは結構だが、仕事をしてくれないか。私も乙女の告解を聞くという重要な仕事を蹴ってまで後片付けに奔走しているのだから」

 ハインツがどうしようもないことを言いながら割って入ったので、(少なくともアローにとっては)わけのわからない会話は中断となった。女子二人の視線が、ナマグサぶりをためらいもなく発揮する彼への冷めたものへと変わり、アローから離れたからだ。

 そして、アローは思いついた。彼のナマグサ司祭ぶりを有効利用することに。

「そうだな、ハインツ。じゃあ君の重要な仕事のために、これから娼館に向かうとしよう」

「「えっ!?」」

 またも、ヒルダとミステルの声がハモる。

「ミステルはヒルダと一緒に外で待っていてもらえるか。ヒルダが呪いに狙われる可能性がある以上、一人にはしておけない。ミステルなら呪いの攻撃に対抗できる」

「そもそも、娼館にどのような用事があるというのですか? お兄様、娼館の女はナンパするものではありません!」

「違う。ナンパをしに行くんじゃない。そんな暇もないしな」

 アローはそこだけはしっかりと否定すると、杖を手に取る。

「ミステル、僕は犯人の目星がついている。わからないのは理由だけなんだ」

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