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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
23/120

22.兄と義妹のすれ違い

 ヒルダには墓地での記録と護符の特徴などをスケッチしたものを持たせて、いったん騎士団に戻ってもらった。

 彼女が狙われる可能性については気になるが、血紅石を持たせたので軽度の呪いならば退けられるだろう。呪術師が呪詛返しを退けるためによく使うものだ。いくつかの魔物の血を混ぜ、塩や砕いた鉱石と一緒に煮詰めて結晶化させており、悪い魔法を吸収する効果がある。しかし、あまり強い魔法だと吸収しきれず、黒く濁ってしまう。すっかり黒くなった後に持ってこられたら、結局多少なりとも呪いの影響を受けてしまうことになるが、その段階になれば呪いの出所を探ることもできるはずだ。

「僕らは教会に戻る。ハインツに会わなくちゃいけない」

 発見した護符のことは報告しないわけにはいかないだろう。重要な手掛かりだ。

「こちらで勝手に調べてはいけないのでしょうか」

 ハインツを警戒している節のあるミステルは、どことなく不満そうだ。

「一応、教会に協力しているという体面は守った方がいい。喧嘩はしたくない相手だ」

 ミステルにはまだ、ハインツとミステルの実体を作る件で取引があることを教えていない。アローがハインツにいいように使われているように思えているのかもしれない。実際、都合良く使われている自覚はあるが、対価はしっかりともらうつもりでいる。

「とはいえ、ハインツが教会にいる可能性は低そうだな」

「また遊び歩いているのではありませんか?」

 二人が嘆息していると――

「おー、アローにミステルちゃんじゃねえか」

 知った声に、二人はほぼ同時に振り向いた。アローはきょとんとした顔で、ミステルはげんなりとした顔で。

「ギルベルト。何をしてるんだ。暇なのか?」

 そこにいたのは、いかつい傭兵の二人組。ギルベルトと彼の舎弟、トビアスだった。

「暇じゃねえよ! ハインツの野郎に雑用を押しつけられてんだよ! おかげで護衛の仕事もいれられねえ!」

「……ということは、これからハインツに会うんだな?」

 どこにいるのかわからないハインツを探すよりも、ある程度彼の居場所を把握しているらしいギルベルトを頼った方が効率的だ。目を輝かせたアローに、ギルベルトは数歩後退する。

「待て、お前まで俺に面倒事を押しつける気か」

「大丈夫だ。届け物と伝言をしてくれるだけでいい。報酬に……そうだな、そこのトビアスにモテるお守りでも作ろう。僕は護符を作るのは割と得意な方だぞ!」

「兄貴、ここは男を見せる時ですぜ!」

「トビアス、お前あっさり買収されてるんじゃねえぞ!」

 ギルベルトのツッコミもむなしく、トビアスは「よろしくお願いします」と揉み手をしながらアローにニコニコと頭を下げる。

「だぁっ! わかったよ! しかたねえなぁ。何を渡せばいいんだ?」

「コリント邸から掘り出された呪われた護符を」

「お前なんてもん運ばせる気だよ!?」

「大丈夫だ。呪いの効力なんて切れている。残っていても、せいぜい坂道を転げ落ちるくらいのものだ」

「お前が転げ落ちとけよ、そこは」

「僕とミステルはこんなショボい呪いくらいいくらでも跳ね返せる」

「あーもー、世間知らずのボケボケ童貞野郎かと思ったら、意外とイイ性格してんな!?」

 それでも、アローの頼みごとを断るのは余計に面倒だと思ったのかもしれない。ギルベルトはため息交じりに手を差し出す。

「飲み代くらいはくれよ」

 荷袋から銀貨を一枚出して、指で弾く。放物線を描いて飛んだそれを、ギルベルトは空中で捕まえた。

「毎度あり。伝言は?」

「これに書いてある」

 別れる前、ヒルダに羊皮紙を一枚借りてしたためたものを、護符と一緒に渡す。

「頼んだぞ、ギルベルト」

「へいへい、坂道転げ落ちないように気をつけとくぜ。ついでに、次あった時にはトビアスにちゃんと護符を渡してやってくれな」

 そう言って彼らと別れ、その背中が通りの角で曲がるのを見送り。

「お兄様、モテる護符なんて作れるのですか?」

「さぁ? 作り方を知っていたら自分が持っているぞ?」

 事件のせいですっかり目的が見失われつつあるが、アローはこの王都にナンパをしにきたのだ。持っているだけでモテる護符の作り方なんて知っていれば、真っ先に作っている。

「後々の自分のためにもなるし、作り方を調べてみよう。それに、トビアスのおかげで貴重な情報が手に入った」

「え、どんな情報ですか?」

「恋のお守りは年頃の女だけでなく、いい歳の男も動かす。なるほど、人が騙せるわけだな」

「モテを目指すことと恋は別物だとは思いますが、手段としては共通ですものね……」

 恋をするのも、異性と遊ぶのも、結局のところお目当ての相手にモテなければ始まらない。だから人は相手の心を楽に掴みたいと浅はかに願う。

「人は業の深い生き物だなぁ。ナンパひとつするのにも業を重ねていくんだな……」

「お兄様、そこに感慨を抱くのはいかがなものかと思いますよ?」

 心の底から感じ入っているアローを、ミステルは遠い目で諭すのだった。



 昼間から死霊を呼び出して疲れてしまったので、一度宿に戻ることにした。荒ぶる暴れ牛亭は朝から晩まで階下が客でにぎわっている。静かなのは夜中だけだが、アローは大して気にしていない。

 森の中の小屋だって、十分うるさかった。常に木々の枝がざわめく音と、獣の咆哮が響いていたからだ。人々の陽気な話声の方が、アローには好ましく思えた。

 そのまま、どれくらい寝ていたのだろう。目が覚めて部屋を見ると、窓からは夕日に赤く染まった光が差し込んでいる。

「綺麗な夕焼けですね、お兄様」

 ベッド脇に静かにたたずんでいたミステルが、窓の向こうを見つめ目を細める。

「森では見なかった景色だな」

「ええ、あそこは陽の光があまり届きませんでしたから」

 薄明るくなったら朝がきたことを知って、ランプが必要になったら陽が沈んだのを知る。

 そんな日々を何年も過ごしてきた。

(ほんの少し前までは、あの森に一生引きこもっているつもりだったんだけどな)

 王都に来て数日、どれだけの人間と話しただろう。師匠とミステルの他には顔を合わせない、それどころか今は師匠すらいない毎日だったのに、次から次へと知り合いが増えて、一生分の出会いを果たしたような気分になっている。

「お兄様、お食事はどうされますか?」

「下で食べてくるかな」

「ではお供いたします。……私は食べられませんけど」

「そうだな、一緒にご飯を食べたいし、やっぱりお前の身体はちゃんと作ってやらないといけないな」

 階下で食事と葡萄酒を頼み、カルラに気前よく二人前の蒸かしいもをオマケしてもらい、無理をして二人前全てをたいらげて、またしばらく部屋ではちきれそうになった胃が収まるのを待ち。水にぬらした布で軽く身体を拭いて。

 そして、夜が来た。

「そろそろお眠りになられますか」

「うーん、そうだなぁ。夕方まで眠ってしまったので、あまり眠くないんだが。ミステルは眠っていいぞ」

「私は眠れませんよ、お兄様」

 ミステルは少し困ったように微笑む。彼女は霊体だから、睡眠と言う概念はない。休息を必要とする肉体がないからだ。

「この宿は安全そうではありますけど、盗人などが入りこまないとも限りませんし、私が番をしております。お兄様は安心して、ごゆるりとお過ごしください。魔法書を読まれるなり、とりあえず横になっておくなり……」

「いや、眠っていていい。……その、ずっとミステルの姿を外に見えるようにするのに、魔力を使っていたから、な」

「ああ、そういうことでしたか」

 ミステルはようやく納得がいったようだった。宿の部屋以外ではミステルの姿を他人にも見えるようにしているということは、それだけ余分に魔力を使っているということだ。今日のように魔力を大きく消費する術を使えば、尚更魔力は削られる。

「では、お兄様が眠っている間は、私も遺灰の中に戻っておりますね」

「ああ、そうしてくれ」

「お兄様の寝顔を見つめられないのは残念ですけど」

「お前、そんなことをしていたのか? まさか僕の寝顔はそんなに珍妙なのか? やはり顔の造りのせいだろうか?」

「いえ、そういう方向で楽しんでいるわけでは……」

 ミステルが不自然に目をそらすので、アローは余程自分の寝顔は奇怪なものなのだろう、と一人納得した。妹の心、兄知らずである。

「バカな話をしていたらやっぱり眠くなってきたぞ。もう今日は寝てしまおう、ミステル」

「護符の件で、この事件が早く片付くと良いのですが……。あのナマグサ司祭にはできるだけ恩を売って、そしてサクッと返していただきましょう」

「……そうだな。じゃあ、おやすみ、ミステル」

「はい、おやすみなさいませ、お兄様」

 ミステルの姿がすっと消える。アローはミステルの魂が遺灰を詰めた瓶に戻ったのを確認して、上から魔法文字を描いた札を張り付けた。

 これで彼女は、アローがこの札を剥がすまでこの瓶の中で眠り続ける。アローがどこで何をしていても気づかない。

「ごめん、ミステル……」

 アローは彼女の遺灰を荷袋に詰め、杖を持つと、部屋を出る。

 ――確かめなければならないことがある。それをミステルに聞かせるわけにはいかないのだ。


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