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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
22/120

21.恋と呪いは表裏一体

「墓地からそのまま流れで来てしまったけれど、許可をとらなくて良かったのでしょうか」

 ミステルの言葉に、ヒルダは少し考えた後「大丈夫だと思う」と答えた。

「急な話だったけど、墓地の訪問の件では許可をもらえたし。多分、娘の死には疑問を持っていたんじゃないかしら」

 元気だった娘が急によくわからない病気で早逝したのだから、ただの病死とは思いたくない気持ちがあったのだろう。突然の死に納得がいかないのは当然の心理ではあるし、殺された可能性があるのならばなおさら、犯人を突き止めたいと思うのも必然。

 ――たとえ、それで娘が生き返るわけではなくとも、だ。

 死は誰にでも平等だが、死が生きる者に与える影響は平等ではないのだから。

「とりあえず、ヒルダと一緒なら問題なさそうだ。もし何かを聞かれたら、教会から招かれた呪術の専門家ということで説明を頼む。間違ったことは言っていない」

 専門家を名乗るにはアローは若すぎて説得力に欠けるが、実際のところ、アローとミステル以外に呪術に詳しい人間はそうそういないだろう。呪術の需要の少なさが、この国の平和を物語っている。

 まずは屋敷周辺で、土が不自然に掘り返された跡がないかを確認する。護符との関係性はひとまずおいといて、呪いの基本は相手の生活している場所の近くに、呪いを込めた道具を配置することである。クローディアが死んでから日にちが経っているから、すでに回収された後かもしれない。だが、土が掘り返された形跡を完全に風化させるほどの時間は経っていない。現物を見つけられたら回収できるし、跡を見つけられるだけでも、魔力の残滓をたどりやすい。

「玄関近くが好ましいとされている。呪われている本人が、呪術道具が埋まった地面の上を通ると、呪いが強化されるんだ」

「でも、コリント家は資産家だから、門番がちゃんといるわ。不審者がいたら気が付くんじゃないかしら」

 ヒルダが玄関を差すと、確かに門番が不審そうにこちらを見ていた。騎士のヒルダが一緒でなければ、尋問されていたかもしれない。見知らぬ魔法使いが家の周りをうろうろしていれば、それは気になって当たり前だろう。大不評の服を着替えても、奇怪な杖は隠せないのだ。

「うーん、いや、待てよ。クローディアは恋を叶えるために護符を買ったと言っていたな。その護符が『門の前に埋めることで効果を発揮する』ものだと教えられていたとしたらどうだ?」

「なるほど、それなら本人が納得して埋めているのだから、門番に疑われることもないし、犯人がわざわざ行くこともないわね」

 護符の話を聞いた時に、てっきり彼女自身が所持しているものだと思い込んでいた。だが、彼女はその護符をどうしたかまでは言わなかったのだ。アローも護符の使用方法を聞くことまでには意識が回らなかった。死霊との対話は油断すると自分や自分の周りにいる人間を冥府に引きずり込まれかねない危険性があるから、対話をしながら悠長なことを考えている余裕などはない。

「ヒルダ、門番に聞いてみてくれるか? 騎士の君が行った方がいいだろう」

「そうね。いきなり死霊術師ですが、なんて言ったら相手が剣を抜きかねないわ」

「死霊術師への偏見は本当にどうにかならないのか」

 はぁ、と頭を抱えたアローに、ミステルが拳を握って力強く答える。

「大丈夫です、お兄様に剣を向ける不逞の輩は、私が魔法で吹き飛ばして見せましょう。ヒルダ様の時に学びました。先手必勝だと。迷ってはいけませんね」

「あの、ミステルさん。アローを捕まえてしまったことは本当に悪かったと思っているから、問答無用で相手を吹き飛ばすのはやめてあげてね……。その場合、私が騎士として貴方の主人のアローに責任を問わなければならないから……」

 引きつった顔で止めに入ったヒルダに、ミステルは剣呑な目つきで呟いた。

「……面倒くさい世の中ですね」

「そ、そうね……。とりあえず門番には私が確認するから」

 ヒルダがそそくさと門に向かい……。

「ミステル、ヒルダのことが嫌いなのか?」

「お兄様に害なす可能性がある人間は全て嫌いですし、それが女性であればなおのことです……が」

「……が?」

「困ったことに、ヒルダ様は最初のアレ以外は、きわめて誠実な女性のようですので対処に迷います」

「そうだな。善人だと思う」

「……でも、お兄様に剣を向けたことは許しません。親密になるなんてもってのほかですっ」

 ぷうっと頬を膨らませてプリプリと怒るミステルが何だか子供のように見えて、アローは彼女もまだ十五歳の少女でしかないのだということを思いだした。そして、永遠に十五歳のまま動くことはない。たとえアローが頑張って魂を集め、遺体を手に入れ、彼女の身体を作ることに成功しても、だ。彼女は器を得るだけで、人間としての彼女が生き返るわけではない。アローが死ねば彼女も一緒に消える。一蓮托生の存在になっただけだ。

 ヒルダはほどなくして戻って来た。

「確認したけど、やっぱりクローディアさんは門の下に護符を埋めていたみたい。埋めるために、石畳を剥がす手伝いをしたと言っていたわ」

「なるほど。じゃあ、もう一度石畳を剥がすか。本人に埋めさせたということは、護符は回収されていない可能性が高い。そして、他の被害者の娘も、同様にして護符を埋めている可能性がある」

「もし、護符を売った人間が見つかれば呪いが不発に終わって生き延びた少女や、これから呪われる可能性が高い少女が見つかるかもしれない、ってことね」

「そういうことだ」

「じゃあ、さっそく石畳を剥がしてみてもらうわね」

 幽霊が出てくるようなことでなければ、ヒルダは割と乗り気である。早くこんな物騒な事件の捜査は終わらせて、剣の鍛錬に励む日々を取り戻したいのかもしれない。

 門番に許可を得て、問題の箇所の石畳を剥がす。クローディアが埋めた護符は、それほど深くない場所にうまっていた。石畳があったとはいえ、踏み固められた地面だ。それほど深くは掘れなかったのだろう。

 護符はどこにでもありそうな、ごく普通のものだった。泥を払うと、魔法文字の書かれた錫の台座に、薄紅色の石を埋め込んだだけのものだ。魔術の知識なしに、これを呪殺の道具だと思う人間はあまりいないだろう。

「お兄様、何か不審な点はありますか?」

 どこか不安げにミステルがそう尋ねてきたが、アローは苦笑して首を横に振った。

「普通の護符に見えるな。表向きは。書かれている魔法文字も、想いを伝える願いをこめたものだ。多少魔法文字を読める素養があっても、騙されるかもしれないな」

「じゃあ、この護符が原因じゃないかもってこと?」

「そうは言ってない。この台座の錫メッキを剥がしてみればいいと思う」

 台座の泥をある程度綺麗にすると、傷がついたところは金属の色が違っていた。錫の台座はメッキで、下地に別の金属が使われていることがわかる。

 ミステルが「ああ」と納得して、うなずいた。

「つまり、下の金属の方に呪殺に使う魔法文字を刻むというわけですね」

「単純だが、効果的だな。上に書かれている恋の魔法とやらは、ほとんど拘束力のない、ごく弱いものだ。さして邪魔にはならないだろう」

 アローは護符を手ぬぐいで包み込むと、巾着袋にいれて腰に下げる。

「これはハインツに届けよう。騎士団でも、これと同じものが売られていないか調べて欲しい。できれば売られた先も」

「そうね。これから被害が増える可能性があるんだし、早めに探さないと……そういえば」

 ふと、ヒルダが何か思い出したように声をあげ、そして思い出さなければ良かったと言わんばかりに表情を歪める。

「何かあったのか?」

「ええと……、カタリナさんのお店に行った時に私も呪われる可能性があるかも、と聞いたの思い出して。私は護符なんて買っていないけど、ちょっと気味が悪いよね。カタリナさんの占いって、当たるのでしょう? 私、その護符触っちゃったけど、大丈夫かな?」

「……カタリナが?」

 カタリナは下世話な冗談をよく言う方だが、そんな洒落にもならないような嘘を教えるような人間ではない。そのが忠告したのだというのなら、何かはあるのだろう。

「……とりあえず、護符についてはひとつだけで何人も殺せる力はないと思う。安心していい。どうしても不安なら、君にはこれを渡そう」

 ローブの懐に入れていた、紅い石を彼女に渡す。

 ヒルダはきょとんとした顔でそれを受け取った。

「綺麗な石ね。何の鉱石?」

「魔物の血を固めたものだ」

「ひぇっ!?」

 正体を知った途端、ヒルダはあわあわと落としそうになったので、アローはため息まじりにそれを拾い、今度こそ彼女の掌に握らせる。

「それが黒く変色したら、僕のところに来い。何とかする」

「そ、そう……ありがとう」

 おそるおそる、それでも彼女は素直にそれを騎士制服のポケットに入れる。

「ああ……目的のものが見つかったはいいが、確認しなければならないことが増えてしまったな」

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