20.正しい人の呪いかた
「そもそも、護符を他の犠牲者も買ったかどうかがわからないのよね」
墓地を出て、ヒルダはすっかりいつもの様子に戻っている。
「言っておくが、あんなの、一日に何度もやらないぞ。疲れるんだ。他の犠牲者の墓の場所も聞いたし、やるんならもっと楽にできる夜にやる」
そこまで言って、アローは「ふあぁ」とあくびをかみ殺した。魔力を一気に使ったので疲労感が酷い。
用事があるというハインツと別れて(その用事がどういう種類のものかについては知りたいとは思わない)、ヒルダが騎士団に戻るついでにクローディアの家の様子をうかがってくることになったのだ。
「さっき軽く説明したが、今回の事件の場合は、呪殺といっても直接的な呪いではないのだと思う」
「地面に埋めるんでしたっけ……その、呪いの道具を」
「そうだ。まぁ、埋めるだけが方法じゃなくて、家の壁につけるとか、色々あるが、怪しいものがついていたらさすがに騎士団がすでに発見しているだろう? 呪殺事件かどうかはっきりしない段階でも、教会や騎士団は動いていたわけだしな」
怪しい風体だったアローが歩いていただけで犯人を疑われたのだから、それなりに神経質に不審者、不審物の捜索を行っていたということだ。恐らく、夜間も巡回があるのだろう。
だが、表だって怪しい人物は出てこない。
「そもそも、目的が不透明だ。何で若い女性ばかり呪うんだ」
「うーん、たとえば若く綺麗な女性がねたましいとか……あとはフラれたとか?」
「モテないと人を呪うのか……モテない理由が明白だな」
「アローって、ぼやっとしているようで、たまにえぐりこむようなこと言うわよね……」
ヒルダは苦笑しながら、クローディアから聞きだせたことを書きとめた羊皮紙をぺらぺらとめくる。
「他の被害者も、下級貴族とか、仕立て屋の娘、洗濯屋、見事にばらばらね。共通項はみんな女性で、大体十五歳から十八歳ってところ。カタリナさんから聞いたのを合わせても一貫してるわ。……だからこそ、騎士団が駆り出されてるんだけど」
とはいえ、基本的に武勇を示す存在である騎士団が、今回の事件を追うのは無理があるだろう。ハインツの適当さを見るに教会側は、協力はしてくれるが多大な尽力をする気はない、といったところだ。何せ「素性の知れない」アローに面倒を押しつけるくらいなのだから。教会として看過できないものの、重大な人物が殺されるわけではないから、騎士団が勝手に解決してくれればもうけものと思っているのかもしれない。
「クローディアから呪殺の犯人を直接たどるのは無理だった。犯人もそこまでアホじゃないか。カタリナは、呪術道具の購入者は特にいないと言っていたんだよな」
「ええ。滅多に買う人間がいないから、客がいたら間違いなく覚えているって言っていたわ」
カタリナの店の呪術道具は、ほとんどは彼女が占いで使用するか、単なるコレクションとしてかき集めたものだ。店として成立していない状態である。
この国は、聖霊魔法の使い手はそれなりにいるものの、呪術、黒魔術の使い手はほとんどいない。カタリナをはじめとした。一部の貴族の道楽として取り上げられる程度である。
つまり、資金や伝手のないものが呪術の道具を手に入れることは困難ということでもある。森を越えた異国から仕入れるか、それこそカタリナのような好事家から譲ってもらう以外では、入手方法が限定されすぎる。
呪殺は相手を知ることが第一だ。相手の名前、私物、髪や爪などの身体の一部。そういったものが手に入るかどうかで、個人を攻撃する時の精度が段違いになる。
だけど、今回の事件の被害者は若い女性というだけで職業や家柄に一貫性はなく、不特定多数を攻撃しているような感じがある。
「もしかしたら、潜在的な呪殺対象者はたくさんいるかもしれない」
「えっ? それじゃあ、たくさん人が死ぬ可能性があるってこと?」
「いや。個人個人を順番に狙った呪殺事件だと思うと疑問だらけだが、一定の条件を満たした人間を無差別に攻撃する、というのだったら話は別だ。例えば、例の護符や、護符を目印にしてまき散らした弱い呪いで攻撃するとする。魔法への耐性は人それぞれだから、軽い呪いでは全く効果が出ない場合もある。悩みがあったりして心が弱ると魔法への耐性も鈍るから、軽い呪いでも効果覿面になる。クローディアは恋に悩んでいる風だったから、呪いが効きやすかったのかもしれないな」
問題は、その場合でもやはり犯人の目的が見えないことである。
「この方法だと、魔術師であって呪術を使う技術を持っているミステルが呪いにかかる理由については説明がつかない」
呪術は危険度が高い魔術だ。悪霊から間接的に魔力を借りる黒魔術を併用しても、失敗すれば呪詛の効果が倍になって自分に跳ね返ってくる。だから呪詛返しを防止するために身代わりを用意したり、呪いを写した自分の分身を作り、それを対象の家付近に埋めたりする。これが今回探そうとしているものだ。
だが、呪殺対象が同業となると、間に身代わりを立てるくらいでは済まない。自分の方がはるかに上手の術者でないかぎり、良くても相討ちだ。
「ミステルはどう思う?」
墓地を出てからずっと黙り込んでいるミステルに話を振ると、彼女はハッとしたようにこちらを向いた。
「申し訳ありません、お兄様。少し考え事をしておりました。何の話でしたでしょうか」
「クローディアが呪殺されたことには間違いなさそうだし、一連の事件も同様だと思う。だけど、個々を狙っているようには思えない、という話をしていた」
「そうですね……言い方は悪いですが、特定の相手を選んで狙っているというよりは、条件を満たせば誰でもいいという雑なやり方に思えます」
ミステルも、アローと同じような感想を抱いたようだった。
となると、やはり気になるのはミステルの死因だ。
「ミステルがそんな雑な呪いで死ぬわけがない。だから、ミステルの場合は他の被害者とは違って個別に狙われた可能性が高い。そう思わないか?」
ミステルは少しだけ困った様子で首をかしげた。
「申し訳ありませんがお兄様、呪術は私の専門分野です。お兄様以上に知識を得ていると自負しております。お兄様も呪術には詳しいですし、たとえ個別に私を狙ったのだとしても、二人ともを騙し切るのは難しいかと思います」
ミステルは死霊術の他に、黒魔術、呪術も学んでいる。師匠はミステルを弟子として扱わなかったので蔵書を借りての独学とはいえ、彼女の知識には目をみはるものがある。王都に来るたびに珍しい魔法書を自力で探して買い付けていたので、師匠も感心したほどだ。死霊術に特化しすぎているアローよりも、知識だけなら彼女の方が深いかもしれない。
「私自身は今でも呪いなどではなく、ただの病気だったのではないかと思っています」
「そうか」
そこまで言われてしまうと、疑って問い詰めるのも悪い気がしてくる。好きこのんで死ぬ者などいないのだから、死因について掘り返されるのはよい心地ではないだろう。
(ミステルがそう言うのだから、事件とは別口で考えるべきかもしれないが……)
それでもやはりアローには、ミステルが病死したとは思えなかった。
ミステルが呪殺されたなら、それは呪術の知識が豊富で、自衛の手段も持っている魔術師すら呪い殺せる凶悪な術師が存在するということだ。放置しておくのは危険すぎる。
(ミステルには悪いけど、少し確認する必要が出て来たな)
考え込んでいると、ヒルダが立ち止まった。
「ついたわよ。ここがコリント邸」
都の大通りから少し外れ、整然とした美しい屋敷が並ぶ一角にその屋敷はあった。
クローディア・コリントの生家、コリント商会が所有する邸宅だ。
「さて、何か手がかりがみつかるといいんだけどな」