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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
20/120

19.幽霊少女と呪いの行方

 被害者(推定)の名はクローディア・コリント。裕福な商家の娘らしい。

「ひとつだけ言っておくけども、ある程度力の強い霊を呼ぶならともかく、この真昼間に魔術の素養なんて何もないであろう人間の魂を呼び出しても、調べられるのは死んだ本人が知っていることだけだからな」

 影占い、死体占いなどと呼ばれるが、占うのは未来の予測ではない。

 正確には占いではなく、単なる死者の魂との対話だ。ある程度の力を持った魔術師などの魂を呼び出すなら話は変わって来るが、そんな存在を適切に呼び出すのは至難の業だった。

「でも、おとぎ話に出てくる死霊使いって、未来のことを言い当てたりするけど……あれは作り話だから、ってこと?」

 ヒルダが首をかしげた。子供向けの絵本には、悪い死霊つかいを聖なる剣を持った戦士がこらしめる話がよくある。

「それも呪術師との勘違いと同じように、典型的な死霊術師への誤解だな。どちらかというと死霊術を基本とした黒魔術の領域だ。その場合、呼ばれるのは下位の聖霊、悪霊。もちろん、占いの精度はそんなに高くない。水晶やカードを使った占いの方が、よほど当たるし安全だ」

「死霊術って結構できることが限られているのね」

「ああ。だから専門家はあまりいない……らしい。師匠がそう言っていた。師匠も、別に死霊術が本分の人ではなかったからな」

 師匠、クロイツァは魔法なら何でも手を出す人で、死霊術どころか、黒魔術、聖霊魔法、呪術、占術など、あらゆる魔法を熟知していた。アローも、結局師匠が本来、どの魔術を修めていた人なのかわかっていない。

「とにかく、過度の期待はしないでくれ。……いくぞ」

 黒塗りの杖を墓石に向かってかざし、真っ直ぐに見据える。

 聖霊の召喚には祝詞が、悪霊の召喚には呪文が必要になる。しかし、死霊にはどちらも必要ない。呼ぶのは生きる次元が違う存在ではなく、肉体を失いこの次元からつまはじきにされた者たち。かつて人だったものだからだ。

 顔も知らず、名前は今知った。だが、亡骸はこの石の下にある。死んでからまだ一年も経っていない。それならば――喚べる。

(……髪は、金髪。琥珀の眼。小柄な女の子。名前はクローディア)

 頭の中で、少女の姿がぼんやりとした輪郭をとりはじめた。

(歳は十七歳。毛皮商人コリントの娘。趣味はお裁縫……こんなものか)

 少女の輪郭がはっきりして、見知らぬ彼女の顔がわかる。悲しげに伏せられた瞳。

『死を記憶せよ』

 その言葉を唱えた瞬間、アローの青の瞳が一瞬血のような赤い光を放った。

 その瞬間、脳裏にあった少女の姿がうっすらと墓石の上に現れる。

「きゃぁっ!?」

 ヒルダが悲鳴をあげて剣を取り落とし、あわあわと三歩ほど後退する。

「ふむ……本当に昼間から死霊を呼べるとはね。しかも他人にも見える、と」

 ハインツは元からある程度見ることのできる人間だからともかく、魔術の素養がないヒルダにまで見えている。それだけアローの死霊召喚の技術が高いことの証明だ。

「その様子だと、僕の腕前は信用してくれているみたいだけど、本人だと確認するか?」

「必要ない。私は女性信者の顔はよく覚えている方でね」

「……ナマグサで良かったな」

 アローの皮肉をものともせず、ハインツは澄ました顔でそう述べた。先ほど修羅場を見られたことに対する反省は、特にしていない様子だ。

「いつか君が刺されて死んでも、僕は君の死霊は呼ばないと心に誓おう」

「ははは、心配ないよ。私は司祭だから、偉大なるフライアの元に召されるだろう。恨み言を言いに戻ってくる必要なんてないのさ」

 爽やかに笑う彼を、ミステルと、やや我に返ったヒルダがげんなりとした顔で見つめている。

「女神フライアは寛大ですね。このような男にも加護を与えてしまわれるなんて」

「カーテ司祭、本当に、私は貴方が痴情のもつれで刺された事件の捜査なんてしたくありませんので、自衛をお願いいたします」

「ああ、大丈夫だよ。これで簡単に刺されるほど貧弱でもないのでね」

「論点はそこではありません」

「論点というか、そもそも今は降霊術の最中だということを思いだしてくれ」

 ハインツのせいで話が横にそれてしまった。

 アローが死霊召喚に関してはずば抜けた才能を有しているといっても、今は本来召喚に向かない昼間だ。他人にも見えるようにするのには多大な魔力を消費している。死霊の声を聴くとなるとさらに高度になるから、魔力の消費ももちろん大きくなる。できるだけ節約をしたい。

「声は僕と、僕と魔力で繋がってるミステルにしか聞こえない。ミステルに通訳させるから、ヒルダはそれを書記してくれ。君もミステルならまともに見てられるだろう」

「わ、わかったわ」

 ヒルダが慌てて書記用に羊皮紙を紐でくくった板と、布を巻いた黒鉛の棒を取り出した。黒鉛棒はインク壺を使えない外での筆記具だが、こすれると簡単にぼやけるので、後で書面の書き直しが必須となる。きっとそれも上司に押しつけられるのだろう。短めに切り上げた方がよさそうだと、アローは密かに考えた。早く済む方が自分も楽だ。

「質問してほしいことがあったら言ってくれ」

「では、死んだ前後に何か特別なことがあったかどうかを」

「わかった」

 浮遊するクローディアに手をかざす。

 死者の意識は大体の場合、曖昧で要点を得ない。ミステルは、彼女自身が魔術師で、しかもアローと契約した使い魔となっているので意識がはっきりしているが、大体の人間は肉体がなくなった時点で意識は散漫になる。生きた人間だって、身体が疲労していたり怪我や病気をしていれば意識が朦朧とする。健康な肉体には魂を明朗に保つ機能も備わっているのだろう。

 クローディアがアローに向ける言葉は、単語にすらならないものばかりだ。その中から根気よく彼女の魂に残留する記憶をたどり、言葉にする。

「……護符を買った、と言っています」

 集中しているアローに代わって、ミステルが答える。

「恋のお守りだったらしいですよ」

「年頃の女の子らしい話だね」

「その恋が貴方に向けたものでなかったことを祈るばかりですね。あまりにこの娘が報われませんので」

「大丈夫、私はもう少し大人の方が好みだ」

「女の敵と認識します」

 へラッと笑うハインツに、ミステルは剣呑な眼差しを向けた。ヒルダは反応に困る顔で「護符の購入」とだけ書きとめた。

 その間も、アローはクローディアと『対話』している。ある程度こちらが誘導すれば、死者は次第に自我を取り戻し、勝手に話し出す。

《お守り……好きだった、あの人……だめ、もう……私、死んで……どうして? どうして、死んだの、私……》

(……どうしてかは、今調べている)

《そう……そうなの? 私、死なない、の?》

(すまない。君はもう死んでいるし、生き返らせることもできない)

《死にたくない……死にたくない……私、なんの病気、だったの?》

(病気じゃない。呪いだったんだ。確信できた)

 病気で死んだ人間には、特有の気配がある。病人は魂を消耗していることが多いから、意志が希薄になりやすい。また、よほどの急病で突然死亡した場合以外は、死を自覚的に受け止めている場合が多い。だけどクローディアは比較的短時間で、会話が成立する段階までこれた。衰弱して死亡したはずなのに、自分が病で死んだことを認識していない。

 呪詛なら、気配をたどれるかもしれない。クローディアの中に残留した魔力を探すが、見つからない。呪いの元をたどるのなら、彼女自身よりも彼女の家の周囲を調べる方がいいだろう。

《ねぇ……私、神様の、ところ、いけない……》

(いけるようにする。君も、君の他の子たちも。もう少しだけ時間をくれ)

《いや、いや……お願い、私を、つれて、つれ、ツレテいっテ……》

「お兄様、それ以上は危険です」

 ミステルの声でハッと我に返り、アローは杖で地面を大きくカツン、と打ち鳴らす。

 それでクローディアの姿は霧散した。

「……ああ、びっくりした。ありがとうミステル。ちょっと集中しすぎた」

「あのままでは引きこまれるところでしたよ」

「まぁ、引きこまれたところで僕は戻ってこられるけど、ヒルダのトラウマが甚大になるだろうからなぁ」

 今の時点でも、突如消えたクローディアの姿に、彼女は現実を受け入れがたい表情で固まっている。それでも逃げはしないのだから、職務に忠実だ。

「とりあえず、呪殺なのは間違いないと思う。だから、死んだ娘の家周辺に不自然な土の盛り上がりがないかをまず調べてくれ」

「え、土?」

 きょとんとするヒルダをよそに、ハインツは「なるほど」とうなずいた。

「クローディアには恋のお守りとして買った護符くらいしか、心当たりのあるものはなかった。だけど、護符程度で狙った通りの病死を引き起こすのは難しい。だから、護符は無関係か、もしくは標的にする少女を見分けるための印だったんじゃないかと思う。呪殺の方法は呪い人形が有名だけど、呪いたい相手の家近くに呪詛を込めたものを埋めるのもよくある手法だ」

「えっと、つまり……」

「呪い道具探しだ」

「それ、私がやるのよね……流れ的に」

 ヒルダは沈痛な面持ちで、がっくりとうなだれたのだった。

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