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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
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1.ナンパの基本は出会いから

本編です。なるべく毎日更新がんばります。

 ゼーヴァルト王国は、四方を山と森に囲まれた、湖の国である。その立地から他国からの侵略に遭いづらく、ここ数十年ほどは安穏と平和な歴史を歩んできた。

 鉱山産業と狩猟が盛んで、豊かな森の恵みで経済も潤っている。中でも国内最大のアルタール湖のたもとにある王都グリューネは、緑の中の宝石と呼ばれる美しさを誇る街だ。

 白い石を敷き詰められた道は、広場にたどり着くと青や緑の宝玉で華やかな文様が描かれている。大通りは花で彩られ、子供が駆け回る。市場は活気にあふれ、売り子の声が絶えない。

 その中で、アローは困っていた。

 都に出てくるまでは何とかなったのだ。しかし、そこから先が無計画すぎた。

 お金はある。死霊術師の仕事などそうそうあるものではないが、森にこもりきりでお金を使う機会もあまりなかったので、当面の生活には困らない程度には持っている。

 むしろ問題はそこではない。

「まさかこんなに宿が決まらないなんてなぁ」

 ぼやいても仕方がないのだが、大通り沿いの宿屋に全てお断りされてしまい、今日の寝床もなかなか決まらない。このままでは野宿だ。いくらグリューネが平和の都といっても、全財産を抱えて野宿をしても大丈夫なほど平和ボケはしていなかった。

 小さくため息をついて、アローは目深にかぶったフードを指先で前に引っ張る。視界の半分以上が隠されてしまっているが、仕方がない。ここは気を取り直して、もう一つの目的に専念する。

 栗色の髪をした焼き菓子売りの少女に、歩み寄る。

「すみません、よろしければ少しお話しませんか」

「えっ、あの……仕事中なので」

 少女はびくりと身をすくませた後、菓子の入った籠を抱えて小走りに逃げていった。

「あっ、待ってください!」

 手を伸ばすも、一目散にかけていく彼女は振り返ろうともしない。それどころか、道行く人々がアローから目をそらし、そばを通る時は心なしか早歩きになっている気すらする。

「どうしてだろうね……。そんなに怖がられるほど、僕の顔は不細工なのか?」

 打ちひしがれていると、すぐそばから妹の声が聞こえてくる。

「アローお兄様、人の価値は顔で決まるわけではありません。大切なのは心です。お兄様の美しい心が伝われば、女性もきっと応えてくださるでしょう」

「だが、肝心の人柄を伝える機会がないぞ?」

「お兄様、見た目で人を判断するような不届き者のことなどお忘れください。大丈夫です。そのような者の魂はこちらから願い下げでございますから」

 ミステルの声は澄ました様子でそう答えた。

「そうかい? ミステルがそう言うなら、きっとそうなんだろうね」

 アローの格好はというと、師匠から譲り受けた古びた宵闇色のローブをまとい、フードを目深にかぶっている。顔は口元くらいしか見えないので、はたから見ると年齢不詳だ。右手には黒く塗られた上に奇怪な怪物の意匠が彫られた杖、左手には黒い布にくるまれた手荷物。アローはさっきからこの手荷物と会話をしているのだ。

 つまり、どうしようもないほどに不審人物だった。

 だが、ミステルの賛辞をバカ正直に信じているアローは気にせず、そのまま街を練り歩き、宿屋に泊まろうとしては不審すぎて追い出されていた。それならばとモテ男を目指すべく、女の子に声をかけまくり、やはり怪しすぎて逃げられる。

 この状況になっても、アローは自分の何がそんなに人を忌避させているのか全く気付いていない。何せ十年近くもの間ほとんど他人の顔を見ずに、森の奥に引きこもっていたのだ。世間知らずどころの話ではない。

「きっと今はまだお兄様の堂々としたお姿に畏怖しているだけなのです。じきにあちらから頭を垂れてくることでしょう。そのローブ、お似合いですよ。死霊魔術師はこうあるべきですね」

「そうなのかな? まぁ、師匠の置いていったローブも、たまには役に立つね。少し暑苦しいのがたまにきずだな。森の中と違って、都は日差しが強い」

 今まで住んでいた森の家は、元々アローとミステルの二人が師事していた魔術師の隠れ家だった。師匠はある日突然旅に出てしまっていないのだが、残された魔術道具や衣装は好きに使っていいことになっている。

「お兄様、それでしたらあちらで蜂蜜酒を買いましょう。通りの右の角にある露店です」

「蜂蜜酒? それは美味しいのか?」

「蜂蜜と水を混ぜて発酵させたものです。私が都に来た時は、よく飲んでおりました」

「そうか。ミステルが言うならきっと美味しいんだろう」

 都についてからずっと歩き通しで、さすがに喉も渇いていた。好都合なことに蜂蜜酒売りの露店で売り子をしているのは、若く健康的な女性だ。声をかける絶好の機会である。彼はのんびり露店に近づくと、銅貨を一枚差し出した。

「それを一杯いただけますか?」

「え……」

 先ほどまで明るく笑顔を振りまいていた売り子の娘が、途端に引きつった顔をする。アローは戸惑って、手のひらの上の銅貨を見つめた。

「あれ? 代金、これであってますよね? 銀貨の方でしたか?」

「い、いえ……あってます!」

 娘はおびえた様子で銅貨を受け取ると、おどおどとしながら蜂蜜酒入りの小瓶を渡す。アローは彼女の態度を不思議に思いつつも、精一杯友好的な声音で彼女に話しかける。

「あの、この後お時間ありましたら、お食事でもいかがですか?」

「い、忙しいので!」

 青ざめた顔で首を横に振る彼女に、アローは軽く息をついた。またダメだった。

「そうですか。残念ですね。お邪魔しました」

 礼儀正しく頭を下げて、引き下がる。深追いする男はモテない。愛しき妹のアドバイスは忠実に守っている。

 冷たい蜂蜜酒を飲みながら歩き出す。蜂蜜酒は美味しいが、連戦連敗でさすがのアローも気が滅入ってきていた。

「どうして彼女、あんなにおびえていたのかな?」

「やはり、アロー兄様のまとう気高き魔術師のオーラが、女性を畏怖させるのではないでしょうか?」

「僕がブサイクだからかと思っていたよ」

 そもそも、他人にはフードを目深に被っているせいで顔が見えていない。そして、往来で一人会話をする顔を隠した人間が、あやしくないわけがない。その事実に気づかないまま、ミステルもツッコミをいれないまま、アローの勘違いは無自覚に斜め上をひた走っている。

「お兄様の素晴らしさは私がよく知っております。誠意をこめれば、必ずや極上の魂を持つ女性と巡り会うことができるでしょう」

「……うん、そうだな。誠意の伝え方がまずかったのかもしれない」

 ミステルの激励を受けながら、アローは気を取り直した。

 アローとしても、別にただ闇雲にモテたい下心だけで女性に声をかけていたわけではない。これも全て、必要に迫られてのことだ。

「こんなことじゃ、生け贄を探すのも大変だな」

 手荷物を、愛おしげに撫でる。

 半月ほど前に亡くなった義妹のミステルの遺体を、焼いて灰にした。その遺灰を使って彼女の魂を現世に呼び戻したのだ。死霊召還を特技とするアローにとっては造作もないことだ。遺灰の一部をこうして瓶に詰めて、布に包んで持ち歩いている。こうしていれば、いつでもミステルと会話をすることができる。

 しかし、肉体を失った彼女は、今は遺灰という媒介を通して辛うじて現世に繋がっている不安定な霊体だ。彼女に血の通った新しい身体を用意するためには、美しく新鮮な女性の遺体と魂が必要になる。

 いくら最愛の妹のためといっても、そのために人を殺すつもりはない。遺体はともかく、魂に関してはある程度代用が効く。必要なのは魂そのものではなく、魂と肉体を繋ぐ力だ。一人の人間から取るのが手っ取り早いというだけで、実は生け贄が数人の分担制であっても問題ない。必要な分だけ、色んな人間から少しずつ魂の力を分けてもらうという手が使える。相手をわざわざ死なせることもない。もちろん、品質の問題があるので、誰の魂でもいいというわけではなかった。わざわざ人の多い王都まで出てきたのは、森に引きこもっていては魂を分けてもらう生け贄が見つからないからだ。

 そして今、アローは平和的に生贄を得るべく慣れないナンパを試みているのである。ミステルとなるべく歳が近い女性をたくさん籠絡して、魂を快く分けてもらうのが理想だった。今の所、理想と現実の溝は深い。というか、老若男女問わず全力で避けられてしまっている。

「ミステル、もう大通りから外れたし、姿を見せても構わないよ」

「今は私が見える人間などそうそういないのですし、ずっと姿を見せていてもいいのですよ」

「うん。でも、見える人がいたら大騒ぎになるかもしれないからね」

「そうですか。幽霊というのも難儀なものです」

 アローの隣に、すっと藍色の髪の美少女が現れる。生前の姿のまま、半透明になっているミステルだ。その姿は声と同じく、術者であるアローを除けば、よほど霊的感覚に秀でた者か、魔術を収めた者にしか感知できない。

「らちが明かない。ワルプルギスの所に行こう」

「………………あの女のところですかぁ?」

 いつも澄ました様子のミステルが、あからさまに嫌そうな声を出した。

「王都で知り合いといったら彼女くらいしかいないんだ。君とも馴染みだしね。いずれにしろ、彼女を頼らなければ、僕らには今日の寝床すらないんだよ」

「……わかりました。私がご案内します」

 ミステルがふわりと宙に浮いて、アローの先に立った。

 何だかんだいっても、彼女はアローには甘いのだ。可愛い妹の死んでも変わらない言動に、少しだけ心が和んだ。

まだまだ続きます―

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