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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
19/120

18.困った時は死霊に聞こう

 教会に向かうと、今回はちゃんとハインツはいた。自分で来いと言ったのだから、いるのは当然とも言えるが、しかし。

「ハインツ様……もう少しだけ、ダメでしょうか」

「すまない。私としても迷える敬虔な君の告解を聞き、その心が晴れるまで祈りを捧げたいところなのだが……今日は先約があるものでね」

「そんな……司祭様はいつもそうです。きっと私のような罪深き者はお見捨てになるのでしょう?」

「それは誤解だ。私は毎日君の心の安寧を願って、偉大なるフライアに祈りを捧げているというのに……」

「嘘よ、もう信じません……」

「どうでもいいが、その寸劇はいつ終わるんだ?」

「きゃっ!?」

 教会の宿舎前で、ハインツと信者らしき若い女性が、何やら修羅場の雰囲気をただよわせながら、終わりの見えない会話をしている。

 アローとミステルは、それを少し前からずっと観察していた。していたのだが、一向に終わりの見えない痴情のもつれにしかみえない何かに、しびれを切らしたのだ。

「し、失礼します!」

 女性はパタパタと逃げ出していき、その背中を見送ったハインツが切なげなため息をひとつ漏らした。

「まったく、君たち、少しは空気を読んでくれないか? おかげで迷える子羊が逃げ去ってしまったじゃないか」

「迷っているのは貴方の思考です、ナマグサ司祭」

「これは手厳しいね。でもナマグサは心外だなぁ。フライアは男女の営みを否定しない女神様だから、何も問題はないよ」

「問題が大有りです。信徒の行いを否定しないだけで、司祭の行いを肯定するとはとうてい思えませんが」

 ミステルのこれ以上ないほどに冷たい眼差しを、ハインツは肩をすくめて受け流した。

「アロー君も何か言ってくれないか?」

「僕は君の素行には全く興味がわかないので、先約をさっさと果たしてもらいたい」

「私は悲しいよ、娼館の意味も知らなかった純朴な少年だった君が、わずか一日のあいだにそんなすれたことを言うようになるなんて」

「娼館に行くことになったのは大体君のせいだ。ついでにいうが、フライアは死すらもつかさどる大いなる母神。なので、僕とミステルも一応フライアの信徒だが、君は敬虔なる僕らをいつ救ってくれるんだ?」

「……わかった。私の負けだ」

 いよいよ雲行きが怪しくなってきたのを悟ったのか、ハインツは会話を打ちきった。アローが味方にならないとわかったからだろう。

 ハインツに案内され、宿舎のある庭を抜け、大聖堂の裏に至る。この教会の敷地は大きい。この国で一番の大聖堂なのだから、それも当然か。

 聖堂の入り口両脇にはフライアの化身とされる牝山羊の石像。きっと内部には立派な女神像があることだろう。しかし、今はまだ大聖堂には用事がない。

「フライア大聖堂が管理する墓地はいくつかあるけれど、該当の死者が埋葬されている場所は祈祷所裏のところだね」

「王都はそんなにいくつも墓地があるのか」

 郊外の村や小さな町であれば、町はずれの平野や小高い丘などに墓地がある。教会とは完全に分離されているのだ。

「都の外部にある庶民のための共同墓地、それなりに身分が高い人や、金持ちが、教会から権利を買って利用する教会敷地内の墓地、今回はここだね。あとは……墓の場所が足りなくなった時に、骨を掘り起こして納骨するためにある地下納骨堂だね」

「こういった都市部では珍しくありませんよ。墓地は限られていますから、縁者がこなくなった古い墓を掘り起こして、遺骨だけを地下で管理するのです」

「人が多いと大変だな」

 祈祷所は大聖堂から少し離れた場所にあった。墓場は街の通りから見えないように、蔦の絡んだ柵と生け垣に囲われている。綺麗に整えられていて、白っぽい墓石がずらりと綺麗にならんでいる。入口には墓守が常駐している小屋があって、そこに見知った姿があった。

「……ヒルダ。どうしてここに?」

 見るからに気が進まなさそうな表情をしたヒルダが、墓守の男と一緒にそこにいる。今日はきちんと騎士の制服を身にまとっている。つまり、仕事でここにいる。

「私としても大変不本意なんだけど、上司から押し付けられたわ……。どうやら私の上司はカーテ司祭がお嫌いみたいよ」

 昨晩、ヒルダは教会からの捜査のための書状を騎士団へと届けている。要するに、彼女が届けた書状を見て、それがハインツの筆によるものだと知った上司が、ヒルダに丸投げしてしまったのだろう。

「おやおや、それは困ったね」

「他人事のように言わないでください。カーテ司祭が嫌われている事情は何となく察していますので」

「おや、それは誤解というものさ。私は多くの女性から相談を受けているというだけで、決して乱れた関係では」

「あるよな」「ありますよね」

 アローとミステルに封殺され、さすがのハインツも少しばかり引きつった顔になる。

 ヒルダはうろんな目でじっとハインツを見つめた。

「ミステルさんはともかく、アローにまで言われるなんて相当ですね」

「…………さて、さっそくだが犠牲者の墓について確認してもらおうか」

「ごまかしたな」「ごまかしましたね」

 ハインツは畳みかける兄妹のツッコミを、聞かなかったことにしたらしい。墓の場所へと案内を始めたので、一行は渋々ついていくことになった。ここで立ち話をしていても、本来の目的はかけらも果たされないことは事実だ。

 ヒルダは心なしか青ざめた顔で、なるべく周りの風景を目に入れないようにして歩いていた。昼間でも怖いものは怖いらしい。

「他の騎士に代わってもらえなかったのか?」

「私は貴方の顔も名前も知っているし……それに、墓場は幽霊が出そうだから、なんて理由でかわってもらうわけにはいかないでしょ?」

「出そうだから、ではなくて、これから僕が出すんだけれどな」

「……そうだったわ。貴方が呼ぶんだったわ」

 必死に考えないようにしていたのだろう。今思い出したといった風にそうボソボソ呟くヒルダの顔は、ますます青ざめたように見えた。

「やっぱり今からでもかわってもらうべきじゃないのか?」

「いえ、さすがに私も騎士としての誇りがありますから、やりとげます」

「そうですよね。幽霊が怖くて真昼間の墓場から逃げ出すんじゃ、戦女神の名折れですものね」

「ミステルさん、そのあだ名はもういいから」

 はぁー、と深く大きなため息をつき、それでもヒルダの顔色は幾分かましになったように見える。

「アロー、その、呼び出す時って、ミステルさんくらい鮮明になるものなの?」

 遠慮がちに尋ねる彼女に、アローは「うーん」としばらく考えこんだ。

「条件にもよる。ミステルは、遺灰を媒介にしているし、僕と魔術的につながっら眷属になっているから、僕の方で見え方を調節できるけど、今回はそうじゃない。ただ呼ぶだけだからな」

「そ、そっか……」

 ミステルくらいはっきりと見えていれば、幽霊という感じがしないからあまり怖くはないのだろう。実際、触れることさえなければ、魔術の素養がない人間が気づくことなどそうそうない。ギルベルトはアローが言ってもしばらくミステルが霊体であることを信じなかった。

「元々、死霊は陽の力に弱い。だから降霊術は夜の方が成功しやすいし、降ろした霊の姿や言葉もはっきりする。……というか、降霊術自体が本来昼間に行うものではないから。できてもせいぜい、半透明にぼんやりした姿くらいかな」

「うーん、が、頑張るわ……」

 ヒルダにとっては耐えられるかギリギリの線のようだ。とはいえ、彼女がやりとげると自分で決めた以上、耐えてもらわなければ困る。

「ヒルダ様。貴方は簡単にできるのかと聞きますけど、昨晩も申し上げた通り、兄様が特別なのですからね?」

 ミステルがむすっとした顔で念を押すと、彼女は素直に感心したようだった。少し余裕が出たのか、周りの墓石をぐるりと見回す。

「死霊術って、そんなに難しいものなの? 聖霊魔法だったら、騎士にも使える人は少しいるけど」

 聖霊魔法は、フライアをはじめとした、創造神話に名を連ねる神の力や眷属を借りて行使する魔法だ。高位魔法の使い手はごく少数であるものの、例えば火の神の力を借りてランプに灯をつける程度の下級魔法なら庶民でも使える者は多い。騎士となれば、小さな魔物を倒す程度の中級聖霊魔法を使える者もいるだろう。

「死霊術は魔法と死も司っているフライアの神の力を借りる……んだと思う」

「思う、って、自分で使っていてわからないの?」

 ヒルダは不思議そうな顔になる。無理もないだろう。アローとしても、この感覚をどう説明していいのかわからない。

「僕は特殊な体質で、無自覚に死霊術を使えるんだ。何もしなくても最初から死霊が見えたし、話せたし、力も貸してもらえた。だからちゃんとしたやり方を師匠に教え直された」

「ああ……ミステルさんの言ってた『特別』ってそういうことなの」

 ヒルダは単に、変わった体質なのだと解釈したようだった。それも間違ってはいないので、アローは特に訂正しなかった。

 ただ、今まで黙って歩いていたハインツが、ふと短く笑ったのには気づいていた。彼はひとつの墓の前で立ち止まる。

「さて、おしゃべりはここまでにしようか。一人目の被害者と思われる女性の墓がここだ」

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