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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
17/120

16.生ける屍は必要ありません

遊びたがる娼館の女子たちを振り切って、一行はどうにか荒ぶる暴れ牛亭まで戻って来た。もうすっかり日が傾いている。

「死霊を呼ぶのって、まさか今夜やったりとか……しないよね?」

 引きつった顔で尋ねるヒルダに、アローはかぶりを振る。

「いや、後日にする。夜中まで君を付きあわせるわけにはいかない。それに、別に死霊を呼び出すのは夜じゃなくてもいい」

「え、夜じゃなくても呼べるの?」

「ヒルダ様、今日、朝からずっと私と一緒にいましたのに、何をいまさら?」

「あ、そうか。ミステルさん、霊だっけ」

「全然そうは見えねえよなぁ」

 ギルベルトがしげしげと観察するのを、ミステルは心底嫌そうに顔をしかめた。

 ハインツの関係者であることがわかったので、ミステルの正体も彼にはばらしてある。トビアスには言っていない。彼はギルベルトのおごりで娼館で遊びだしたまま、戻って来ていないからだ。戻って来たとしても、彼にまで明かす必要はない。必要があるならギルベルトがそうするだろう。ミステルが死霊だと知られたところで、こちらには大した痛手はないのだ。はっきり言ってしまえば、どうでもよかった。

「確かに、死霊は強い陽の光の下では力が弱まるから、昼間の召喚は向いていない。だけど、話を聞くくらいなら問題なくできるはずだ」

「へぇ~、すげえなぁ」

 ギルベルトの薄っぺらい驚嘆に、ミステルは渾身の怒りを込めた表情を向ける。

「誰にでもできることではありません。お兄様が死霊術に関しては天才的な才能をお持ちだからこそできるのですよ」

「うーん、でも、俺は死霊術のことなんて全然知らねえしな」

「凡庸な術師でしたら、遺体の埋葬されている墓場に行ったくらいでは、まず狙った通りの死霊を呼ぶことすら不可能です。せいぜい粗悪な動物霊を呼び寄せるくらいでしょう」

「え、そんなにすごいの?」

 墓場にいったら幽霊がいるので話を聞く、くらいの考えでいたのだろう。ヒルダは説明を求めるようにアローを見る。

「僕には普通のことだから、他の術師のことはわからない。同業に会ったことがないからな。だが、正式な手順だと、まず狙った魂を呼び出すための器を用意する。死んだばかりの人間の遺体が望ましい。それに一時的に魂を降ろして使役する。このやり方で狙った人間の魂を召喚するのは大変だ。制御を間違えると役に立たない生ける屍が完成する」

「そ、そうなの……」

「後は本人の死体を掘り起こして直接それに魂を降ろす。これだと狙い通りの人物の魂を呼べる可能性が高いが、制御が難しい。最悪、術者の言うことをてんできかないタチの悪い生ける屍が完成する」

「え、ええー……」

「あとは術者自身に魂を憑依させる。影占いと呼ばれる手法だが、術者と死者が知り合いでもない限り、これも狙い通りの魂を降ろせる可能性は低い。技量にかなり左右されるし、最悪術者が乗っ取られて術も使える最悪な生ける屍になる」

「もうわかった! わかったから! 生ける屍だらけじゃない!」

 死霊の類が苦手なヒルダが、ついに根を上げた。もう聞きたくないと言わんばかりに両耳をふさぐ。

「安心しなさい。お兄様は、そんな物騒な手を使わなくても死霊を呼び出せる技量をお持ちです」

 ミステルが心なしか胸を張ってそう言うのを横目に、成り行きを見守っていたハインツがずっと小脇に挟んでいた羊皮紙の束をひとつはヒルダに、もうひとつをアローに差し出した。

「さて、墓の場所については明日教会に来てくれれば、僕が案内しよう。ヒルダ嬢には騎士団へ教会の承認書を届けてもらう。それで問題ないね」

「はい、私は問題ありません」

 ヒルダがうなずき、アローは受け取った羊皮紙の束を見る。薄暗いので、荒ぶる暴れ牛亭の店先のランプにかざした。墓の場所についての書類かと思えば、物件の契約書だった。

「……ハインツ、これを僕にどうしろと?」

「教会と騎士団に協力してもらうのに、素性のしれない旅の死霊術師では困るんだよ。その証文に書かれているのは教会が管理していた建物でね。とりあえず、君には店を構えてもらう」

「店? なんの店だ?」

「何でもいい。それこそ占い屋でも、魔法道具屋でも。形だけで構わない。教会と騎士団の上の方を納得させるための体面だよ。世の中は面倒なことでいっぱいだ。まぁ、今日はもう遅いし、明日見に行くといい」

 クロイツァの弟子であるアローと縁をもちたいこと、教会が大事にしたくない事件に協力すること。それらだけでは、この待遇の説明がつかない。

 アローは心なしか据わった目でハインツを睨んだが、彼は飄々とした様子だ。

「そんなに警戒しないでくれたまえ。私だって常に腹の中の思惑に振り回されているわけじゃないよ。君に貸しを作ることが後々教会のためになると思っただけさ」

「…………話半分に聞いておこう」

「それでいい。今は怪死事件の真相究明が第一だからね。それじゃあ、僕は教会に戻るとするよ。仕事がたまっているんでね」

 ひらひらと手を振って去っていくハインツの背中に、ギルベルトがげんなりとした様子で呟いた。

「仕事がたまってるも何も、あいつ今日のほとんどを娼館で過ごしていたじゃねえか……」



 書状を届けに騎士団に戻るというヒルダ、飲みにいくというギルベルトと別れ、アローはミステルと一緒に宿をとった。荒ぶる暴れ牛亭の二階である。

 カルラは約束通り、宿代をまけてくれた。それどころか、若い少女が連れにいるからと、狭いながらも個室を用意しえくれた。どこにいっても宿を断られた初日とは、大違いだ。服を着替えただけでここまで待遇が変わるとは思わなかった。

「身なりさえ整えていれば世間はブサイクにも優しいんだな……」

「そうですね、きっとお兄様の純真なお心に気づくことができたのでしょう」

 ミステルがすかさずそう告げる。兄の盛大な勘違いを肯定するのは、彼女にとって重要な任務である。たとえ自分の実体を得る道が遠のくとしても、変な女に引っかかる危険性にくらべれば些細なこと。

 義妹の思惑などつゆほども知らず、アローはローブを脱いでシャツだけになると、布団の中にもぐりこんだ。ベッドは教会の宿泊所と大差ないが、個室はありがたい。ミステルの姿を常に周りに見せるようにしておく必要もなくなる。

「お疲れですか、お兄様」

「ああ、さすがに疲れた。王都についてから、激動だったな。色々ありすぎだ」

「お兄様は、最後に王都にこられたのは、私がくる前ですもんね」

「ああ。七年前だ。ああ……そういえば、ちょうどその後くらいだったな、お前が家に来たのは」

「ええ、お兄様に見つけていただきました」

 ミステルは、八歳の頃に森の街道を旅している最中、魔物に襲われて両親を失った。一人森で逃げ惑っている最中のミステルを、狩りの最中だったアローが見つけ、連れ帰ったのだ。

 師匠はミステルを王都の孤児院に預けるつもりでいたが、アローにすがっていつまでも離れないミステルを見て、アローがミステルも弟子にするように頼んだのだ。

 師匠はミステルを弟子にはしなかった。ただ、アローの義理の妹として育てることは許可した。ミステルはアローから間接的にクロイツァの魔術を学び、育った。ミステルはアローにとって、ただの義妹ではなく自分の弟子でもある。

「時々考える。僕がミステルを引き取りたいと言わず、素直に王都に送っていれば……君は死なずにすんだかもしれない。素敵な養父母をみつけて、普通の少女として幸せな人生を送っていたかもしれない」

「何をおっしゃるんですか、お兄様。私はあの時お兄様にこの手をとっていただけて、心から幸せを感じておりましたよ?」

「でも、あの時僕は、本当はミステルが可哀想だからなんて思っていなかった。寂しかっただけだ。王都に行くことも禁止されたばかりだったし、友達が欲しかった。それだけだったんだ。僕の利己的な願望で、君の人生を歪めてしまった。間違いだったかもしれない、って」

「…………お兄様」

 ミステルが泣きそうな顔で、アローを見つめる。

「貴方は私の魂をこの世界にとどめていることも、私の手をとったことも、間違いだと感じているのでしょう。それは私のことを心から思ってくれているからこそだと、きちんとわかってはつもりです。……でも、お兄様はいつ救われるのですか?」

「救われる……いや、僕は特に救ってもらうようなことは」

「……私は! お兄様がこの手をとってくださった時に、命を、魂を貴方に捧げると決めました! 私はずっと、悲しかったんです。何も悪いことなどしていないのに、お兄様があんな森の中でひっそりと暮らさなければならなかったことが。私は貴方に救われたこの命を、貴方を救うことに使いたいのです。それは、間違いですか?」

「ミステル……」

 アローにとって、森での隠匿生活は自分への罰のようなものだった。

 だから師匠がいなくなって誰も止める者はいないのに、ミステルが亡くなるまでずっと森から出なかった。森から出ると『間違い』が起こる気がしたからだ。

 結局、森の中にいても自分は、間違いを犯してミステルを呼び戻し、王都にまで出てきて間違いの上塗りをしようとしている。そう、思っていた。

「そうだな。僕が自分の行動を間違いだと思うのなら、お前の願いまで間違いにしてしまう」

 ずっと自分を慕ってくれているミステルのことを、間違いだなどと貶めてはいけない。

 七年間、二人で歩んできたのだ。これからも、共に歩むのだ。この大切な妹と。

「ごめん、ミステル。僕が悪かった」

「いえ……私こそ、熱くなってしまって」

 ミステルはゆっくりとかぶりを振る。

「本当にごめんなさい、お兄様」

 そう告げた彼女の瞳が、何故か捨てないでとすがりついてきた幼い頃の彼女の眼差しを思い出させた。

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