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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
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15.戦女神ヒルダの騎士事情

 ワルプルギス骨董店を逃げるように出た後、二人はしばらく黙々と歩いていた。

 少しだけ冷静になって、ヒルダはカタリナのことを考える。本当にあの女性は信用できるのだろうか。もちろん、彼女のもたらした情報は一考すべきものだし、アローとミステルは彼女のことをよく知っているようだから、それなりに信用はした上で彼女に話を持ちかけたのだろう。それはわかる。

 だけど、あの不気味な店を離れて頭が冷えた瞬間、アローが言っていた人の心に住む黒い獣の話を思い出したのだ。カタリナが最後に聞かせてくれた忠告は、善意と悪意、どちらだっただろう。彼女の中に黒い獣はどれくらいいるのだろう。

(考え過ぎよ……アローが八割の三割だと感じているなら、そもそもミステルさんをあの店に向かわせたりしないものね)

 そう自分に言い聞かせて振り返ると、ミステルが何やら物言いたげな様子でヒルダを見つめていた。

「何かあった?」

「いえ、貴方の『理由』を考えていました」

「理由? ……ああ、そういうこと」

 アローは都にきてナンパする『理由』は、ミステルのためだと語った。事件に関わる『理由』についても、死を振りまく犯人は止めるべきだと語っている。死は全てにおいて平等であるからこそ、何者も侵してはならない。彼は自身が亡くなったミステルの魂をこの世界にとどめていることですら、はっきりと間違っていると答えた。

 彼の行動は一貫して、自分のためではなくて誰かのためだ。だから、世間知らずな行動で恥をかいても笑って受け流す。自分の誇りを守ることを、彼は考慮していないからだ。

 彼がそういう人物だからこそ、ヒルダも手を貸してあげたくなってしまった。怪しかったからといって剣を突き付けてしまった、自分の浅慮さのお詫びもある。

 しかし、きっとミステルが言いたいのはそういう『理由』ではないのだ。

「私が騎士を目指したのは、子供の頃、誘拐されたことがあるからよ。貴族の娘なのに、よく屋敷を抜け出して、街中で遊んでいたから……さらうのも簡単だったんでしょうね」

 これはミステルにとっても意外な答えだったようで、彼女は初めて純粋な興味の眼差しをヒルダへと向けた。

「一緒に遊んでいた、その辺の庶民の子まで巻き込んじゃって、大変だったわ。その後どうやって助かったのか、私も途中で気絶しちゃったみたいでよくわからないんだけど……助かって、でも一緒にいたはずの子はいなくなってて……その時に思ったのよね、悪い人から自分と友達を護るんなら、強くならないとダメだって」

「つつましく家で貴族令嬢らしく過ごそうとは考えなかったのですね」

「護られて過ごして、少しでも有力な貴族に嫁いでお世継ぎを産んで……それを選ぶご令嬢を否定するわけじゃないわ。家を存続させることは、意義のあることよ。領民だって、領主がころころ変わってはたまらないでしょう。でも私の家は、姉がその役割を背負ってくれたし……何よりも私は自分の手で何とかしたいって思ったから」

 女性であるヒルダが騎士を目指すのは、容易ではなかった。

 前例がないわけではない。下級騎士や衛生兵には女子も存在する。それでもやはり、重い剣を扱うには男の方が適している。どうしても男中心の社会になり、女騎士は功績をあげづらい。女騎士の行く末は、良くても王宮騎士団から離れ、高貴な女性の近衛として抜擢される程度だ。大半は、適齢期を過ぎる前に結婚して退団である。

 そうとわかっていても、ヒルダは剣を手に取った。両親を説得し、辛い訓練に耐え、剣の才能を認められてついに騎士となることができた。

 武芸大会で良い結果を残しても、やはりヒルダが女であることを揶揄する声はある。色仕掛けを使ったなどと、ありえない噂を流されたこともあった。それでもヒルダは自分の信じた道は間違っていないと思う。

「今の私だったら、誘拐されることもなく剣で黙らせられるわね」

「……話し合いも大切だと思われますが」

「アローに剣を突き付けたのは、本当に悪かったと思っているってば」

 うろんな目を向けるミステルに、慌てて弁解をする。

 そして、思考が再びカタリナのことに戻ってきてため息が出た。

「呪いも剣で斬れたら楽なのに」

「魔術をそんな力技でどうこうされては困ります」

「うん、だよね……」

 生ける屍の類だったら剣で斬れないこともないが、そもそもそんなものに出会いたくない。

「あ、そういえば……」

「……?」

「私が幽霊とか苦手になったの、誘拐事件の後だったな、って。助け出される前後のことは覚えてないんだけど、何だかすごーく怖い目にあった気がするのよね。そのせいか、しばらく幽霊やら死体やらが追いかけてくる夢を一週間くらい延々見続けて……それからもう、全然ダメなのよね。いくら剣が強くなっても、こればかりは斬れないんじゃ意味ないわ……」

「……なるほど」

 ミステルは何やら考え込んでしまった。そんな彼女の姿を、ヒルダはあらためて観察する。初めに見た時は半透明だったが、今はアローが魔力を使って可視化しているので、見た目は人間と変わらない。本体の遺灰はアローが持っているため、アローの魔力が届く範囲ならば行動できるようだ。遺灰がアローの手を離れない限りは、王都グリューネの端から端くらいまで離れなければ問題ないとのこと。

「……幽霊がみんなミステルさんみたいに綺麗だったら怖くないのに」

「貴方が私をナンパしてどうするんですか」

 ミステルは心底呆れた声を出しながら、少しだけ頬を赤らめる。

 血の通ってない幽霊にも、頬は染められるらしい。そのことが何だかおかしくて、ヒルダはやはりこの少女のことはもう怖がらずにいられそうだと微笑んだ。



 アローはある意味困っていた。

 何やら娼館の女子たちに妙に懐かれてしまい、今は銀色の前髪をやたらとリボンで飾られまくっている。恋に効くおまじないを聞かれて、紐ひとつあれば誰にでもできる簡易式の護符の作り方を教えていたら、次々とリボンがもちこまれ、今に至る。

「おい、アローよぉ。ハインツは確かに待っている間女の子と遊んでろって言ったけどよぉ、遊びの方向性ちがくね?」

「僕は遊んでいるつもりはない。何故かこういうことになっていただけだ」

 ハインツは教会に戻って資料を取ってくると言い残し、一度娼館を出ている。本当に資料を取りに行っているかは怪しい。アローとギルベルトをここに残す理由もない。

 とはいえ、彼と協力関係を結ぶと決めた以上、下手に詮索して彼を敵に回すことは好ましくない。完全に女子のおもちゃにされている現状はともかくとして。

「ねぇねぇ、やばくない? 普通にリボンにあっちゃうんだけど! このまま化粧もしたら、普通にうちの店で働けるくらい美人になりそうじゃない?」

「しちゃう? ねぇ、化粧もしちゃう?」

 目を輝かせて化粧道具を持ち出してきたノーラとバルバラに、ギルベルトは引きつった顔で「やめてやれよ」と止めに入った。

「大体お前ら、アローに甘すぎないか? 俺の時だってそれくらい甘やかしてくれてもいいんだぜ?」

「いやよ。むさくるしい男と美少年を比べないで」

「アロー君は私たちのおもちゃ……ごほん、かわいい弟みたいなものなのよ。あんたと一緒にしないで」

「今おもちゃって言ったよな!? かわいい弟も何も、ほんの数刻前に会ったばかりだよな!?」

「ええ、しらなーい。何も聞こえなかったー。キャハハハ」

 甲高い笑い声に包まれながら前髪をリボンだらけにされたアローは、悟りきった目でギルベルトを見やる。

「ギルベルト、この状況を打開できるのは君だけだ。頑張ってくれ」

「無理だっっ!!」

 もう何が目的だったのかすら行方不明になりはじめた頃、突如扉が開け放たれた。

「うーん、なかなか楽しいことになってるね?」

 そこには羊皮紙の束を抱えたハインツと――何故か後ろに、ミステルとヒルダもいた。

「あああっ、お兄様が商売女の毒牙にかかって……!」

「毒牙って言うか、完全に遊ばれているだけだけど」

 悲鳴をあげるミステルをよそに、ヒルダは淡々と現状を把握する。

「ちょうど通りで会ったから、一緒に裏口から入れてもらったのだけど、お楽しみだったのなら私はもう少し遅く来た方がよかったかな?」

「楽しんでいるのではなく楽しまれているんだ。見てわかるだろう。早く何とかしてくれ。ギルベルトは役に立たない」

 リボンまみれの髪をくしゃくしゃとかき混ぜながら、アローは深い深いため息をついた。


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