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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
13/120

12.大人の階段は昇れない

 女子二人がワルプルギスの店を訪ねていた頃、アローはギルベルトに引きずられるようにして娼館、青薔薇館に連れてこられていた。

 店の外観は、普通の館である。似たような館が立ち並んでおり、どれも扉を閉ざし、一様に赤いランプを出している。端に行くほど館はこじんまりとして、手入れも行き届いていない感じになっていくが、通りに出ている人間は端に行くほど増える。その辺りでは胸もとが大きく開いたドレスをまとった女性が、甘い声音で男性に声をかけていた。

「結局、何の店なんだ、ショーカンとやらは……ナンパの店か」

「結構近いものがあるな。ま、入ればわかるぜ?」

 ギルベルトがローブのフードをひっつかんでいるので、アローは顔を隠すこともままならない。頭の中は疑問符でいっぱいだった。

 細身のアローに油断して痛い目をみたせいで、すっかり意気消沈していたトビアスも一緒に来ている。娼館に着た途端に彼は目に見えて元気を取り戻して、色っぽい女性を前に鼻の下をのばしまくっていた。人間の鼻の下はあそこまで伸びるものなのか。

 ギルベルトは館にずかずかと入ると、護衛らしき屈強な男に金貨を一枚投げてよこす。護衛は片手でそれを掴むと、先に進めと言わんばかりに顎で指示した。

(金貨は銀貨十五枚分、だったか)

 森での暮らしが長すぎて、物価の相場をよく理解していなかったアローだが、実際のところ金銭感覚が完全破たんしているわけでもない。ミステルに都へのお使いを頼む時、狩りで得た毛皮をよく売っていた。大きさや質、量で相場が変わるとはいえ、金貨を溜めこめるほどのものではなかったと記憶している。

 アローたちの資産のほとんどは、カタリナの店への呪術道具納品と、まれにある魔術関連の依頼で稼いだものだ。アローたちは森でほぼ自給自足できていたので、あまり使い込むこともなかったからなおさらたまったのだろう。この国には魔術師の需要も、魔術師そのものの数も少ない。そのかわり、その少ない一回の値段が高騰するのだ。護符ひとつでもかなり高額で売れる。

 ギルベルトは魔術師ではない。傭兵だ。それも戦がしばらくなくて、ささやかな護衛や魔物退治の仕事でしのぎを削っている。護衛の相場はわからないが、傭兵稼業だけで食べていくのは大変だと語ったのは彼だった。彼の舎弟のトビアスは、かつて食うに困って山賊をやっていたのだから。金貨一枚がこの娼館にとっての通常の値段なら、ギルベルトは羽振りが良すぎて怪しい。金貨一枚を出さなければならないほどの何かがあるなら、恐らくここはとんでもない秘密をもっている。やはり怪しい。

「ハインツにはちゃんと会わせてやるからよ。心配すんな」

「……わかった。で、僕はどこ待てばいい?」

「ああ、それは女の子に聞いてくれ。ハインツを待っている間、娼館がどういう店か、たっぷり教えてもらうといいぜ?」

「……は?」

 ギルベルトはアローを手前の一部屋に押し込んで。

「おい、ノーラ、この坊ちゃんをちょっと可愛がっといてくれるか?」

 そう言い放つと、扉を閉めてしまった。

「待て、どういうことだ!?」

 振り返るもそこにはすでにギルベルトの姿はなく、慌てて扉に手をかけたところで、白くたおやかな腕が伸びてきた。

「だーめ。ギルのことは忘れて、坊やはここで私とゆっくり楽しみましょう。ね?」

 振り向くと、胸をはだけた薄手のドレス姿の女性が微笑んでいる。ブルネットの巻き毛をかきあげて、艶っぽい眼差しでアローを見つめるが、しかし。

「君がノーラか」

「ええ、そうよ。楽しいこと、教えてあげる」

「いや、それよりもまず先に、君はきちんと服を着た方がいい。風邪をひくぞ」

「……はい?」

 ノーラが首を傾げる。

「ねぇ、坊や、ここが何の店だかわかってる?」

「ショーカンだとは聞いたが、何の店かは知らない。ギルベルトは入ればわかると言っていたが、未だにわからないな。商品らしきものは見当たらないし……そういえば女の子に聞いてくれと言っていたな。君に聞けばわかるのか?」

「ふっ、あははは、ねぇ、坊や、面白い冗談ねぇ」

「坊やではない。僕にはアーロイス・シュバルツという名前がある。呼び名はアローで構わない。……で、ここは何の店なんだ?」

「……マジ?」

「マジだが」

 ノーラはポカンとした顔になって、しばらくアローをしげしげと観察する。

「坊や、どこの国からきたの?」

「坊やではない。アローだと言っている。この国から来た。つい最近までずっと森にこもっていたから、多少世間ずれしている自覚はあるが、ショーカンを知らないのはそこまでおかしいことなのか?」

「うーん、おかしいかって言われると、必要のない人には必要のない店だから微妙な線だけどさぁ……いやでも、ちょっと、ねぇ、…………マジ?」

「だから、マジだ」

 ノーラは深く大きなため息をついた後「ギルの奴……」と小さく悪態をつく。

「あのねぇ、わかりやすくいうと、男と女がえっちな遊びをする店よ、ここ」

「えっちなこと?」

「そこから? そこから説明しないとダメなの!?」

「とりあえずさっきも言ったが、服を着ろ。風邪を甘く見るな。こじらせたら普通に死ぬぞ」

「あんた、良い子ね!?」

 結局、娼館が何の店なのかははっきりと説明されないままに――。

「……へー、死霊術ねー。あれでしょ、ゾンビ作って人を襲ったりするやつ」

「違う。ゾンビを作ること自体はできるが、使役して敵を攻撃したりするのは死霊術を下敷きとした黒魔術だな。死霊術は、死者の魂を一時的に呼び戻して使役したり、声を聞いたりすることだ。死霊術における死体使いは、あくまで死者の魂を呼び戻すために死体を媒介に使うだけで、少しだけ分野が異なる」

「魔術にも色々あるのねー」

「ねぇねぇ、死霊術って占いもできるの? あたし恋の占いやりたーい」

「できないことはないが、死霊が知らないことは答えられないぞ」

「なーんだ、残念!」

「普通の占いはできないの? 私、最近気になるお客さんがいてー」

「えー、ずるーい、アグネス、私もききたーい」

「よしなさいよ、バルバラ。客に惚れたっていいことないわよ」

「あのお客さんは別よ! 私を身請けしてくれるっていったもの」

「そう言う男に限って、あたしらみたいな商売女のことはさっさと忘れて、どこぞのご令嬢と何食わぬ顔で結婚するの!」

 薄着の女性陣に囲まれて、なぜかアローは魔術について話している。

 ノーラに職業を聞かれ、何となく死霊術師と答えるのはまずい気がしつつも、他の職業を都合よく思いつくわけもなく、結局正直に話し。色々とといつめられ、王都にナンパを試しにきたことを白状させられるに至り。

 それから巡り巡ってこうなった。

 ノーラが「女心を教えてあげる」と称して客をとっていない娼婦たちを呼び集めて、恋愛話を聞かされた末に、魔術師なのだから何かできないのかと聞かれて死霊術の基本から語りはじめ、今。ある意味、モテている状況とも言えたが、アローは肝心なところで朴念仁だった。

 この娼館に努めている女たちは「高級娼婦」で、彼女たちが言うには「日がな一日身体を売る女たちとは違う」らしい。身体を売る、というのがどういうことかは理解していないアローも、ろくでもないことらしいことは予測がついた。ミステルが過剰に反応したのも、そのせいだろう。

「もっと高級娼婦になると、屋敷をひとつもってるけどねぇ」

「そうなのか?」

「ええ、貴族を相手にするような女たちよ。優雅な暮らしをしてるわ。本当にひとにぎりだけど。そういう女は一晩で金貨十枚以上稼ぐわよ」

(金貨十枚が貴族を相手にする一握りの『高級』な娼婦か。とすると、やっぱりギルベルトの払った金貨一枚は何かの上乗せか?)

 彼女たちの口ぶりでは、娼婦が暇であることは珍しいように思える。それなのにこの店には、のん気にアローに恋の話をしにくる女がこれだけいる。

(ショーカンの仕事はともかく、別の何かがありそうだな。この娼館にも、ギルベルトにも)

 ――そして、ここに出入りしているハインツにも。

 そこまで考えたところで、ぶしつけにバンと扉が開かれた。

「ちょっと、ギル! ノックくらいしなさいよぉ、仕事中だったらどうすんのよ」

「へ、いや、面白いことになってるかなーって思って……いたんだけどよ」

 ギルベルトは服の一枚も脱がずに女の子に囲まれているアローを見て呆然とし、その後ろから顔を出したハインツがニヤニヤと人の悪そうな笑みを浮かべていた。

「いや、うん、じゅうぶんに面白い絵だね」

 とりあえず小ばかにされているらしいことだけは、さすがのアローも把握できた。

「面白がらずにどうにかしてくれ。僕には恋愛相談なんてできそうにない」


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