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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第一部:王都グリューネ怪事件編
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11.戦女神と義妹の間

「待てよ、せっかくだから兄ちゃんも一緒にいこうぜー」

 せっかく話がまとまりかけたのに、ギルベルトがアローの肩をがっしりと掴む。

「いや、嫌がる二人を連れてショーカンに行くわけにはいかない」

「何言ってんだ? そもそも娼館なんて、女が客としていくところじゃねえよ」

「……? いったいどんな商売なんだ?」

 アローが首を傾げると、ギルベルトは何がそこまで心の琴線にふれてしまったのか、ゲラゲラと腹を抱えて笑い出す。

「こいつは傑作だな! 箱入り令嬢でもこんなにウブじゃねえよ!! なぁ、こいつちょっと借りるわ。安心しろ、金を巻き上げる所じゃないし、危ないところでもねえよ。ちょーっとイイ想いするだけだから、な?」

「だだだ、ダメです!! お兄様をそんな怠惰な肉欲の館に行かせるだなんて、悪魔の所業です!!」

 ミステルは使い魔である自分のことを全力で棚にあげて主張する横で、ヒルダはすでに色々と諦めたらしく「アローに任せるわ」とだけ漏らした。

「お兄様はこんな可愛い妹の私がいますのに、お金を出してまで他の女性に会いに行くというのですか?」

「うん? ショーカンは女性に会いに行く場所か。なら、ナンパできるんじゃないか?」

「お兄様、後生ですから娼館でナンパなどという二重の意味で恥ずかしいことはなさらないでください。いいですか、二重の意味で恥ずかしいのです。恥ずかしさが倍なのですよ?」

「どういうことなんだ……」

「ウサギを狩りにいくつもりでクマの巣穴にもぐりこむくらい、意味不明ということです」

「……何となくわかった」

 娼館にナンパの期待ができないことは理解したが、そうなるとやはりついていく理由は特にない。ちゃんと断ろうと思ったところで、ギルベルトがニヤニヤ笑いながら耳打ちしてきた。

「今行けば、確実にハインツの野郎に会えると思うぜ?」

「……何だと?」

 聞き返すと、ギルベルトはそれ以上何も語らず、グッと親指を突き立てた。

 からかっている風ではない。わざわざアローだけに聞こえるように耳打ちしてきたのだから、何かしら考えがあってのことだろう。

(……だが、ショーカンにミステルとヒルダは連れていけない)

 となると、二人にはどこかで待ってもらわねばならなくなるが――。

「ミステル、僕はハインツを探すためにギルベルトに同行する。少し、確かめたい事ができた。大丈夫だ、ナンパはしない」

 ナンパのくだりでギルベルトが笑いをかみ殺していることに気付いたが、ひとまず気にしないことにする。ウサギ狩りでクマの巣穴を覗いたりはしないが、クマを狩りにいくのなら必然だ。

 アローの意志が固まってしまったのを実感したのか、ミステルはがっくりとうなだれていたが、やがて意を決したように顔を上げる。

「では、お兄様。せめて私をお連れください。大丈夫です。姿は見せません。陰ながらお兄様をお守りできます」

 確かに、ミステルに関して言えば、姿さえ消してしまえば気づかれることなく潜入できる。ハインツのように、ミステルの姿を無条件で視認できてしまうほどの能力を持つ人間と、そうそう出くわすとは思えない。ハインツ本人が相手なら、出くわしたとしてもさして問題ではない。ミステルを連れていくのは合理的ではある。しかし――。

「いや、ミステルはヒルダと一緒にカタリナの所にいってくれ」

「え、私と一緒に?」

 完全に蚊帳の外になっていたヒルダが、驚いたように顔をあげる。ミステルもまさか断られるとは思っていなかったようで、口をパクパクさせていた。

「ど、どうしてですか? まさか、私ではお兄様のお役に立てないと!?」

「そうじゃなくて、分担した方が効率的というのと、あと、ヒルダはカタリナの店の場所をしらないからだ。カタリナに聞いて欲しいことがある。ひとつは最近、美人薄命病の件で若い娘、およびその身内から占いの相談がどれくらいあったか。もうひとつは、僕ら以外に呪術道具を買っている人間がいたかどうか、だ」

「なるほど……」

 騎士団でも正面から捜査してある程度、被害者や被害者になりそうな人物の目星はつけているだろう。先ほどカルラに頼んで情報を得るようなやり方でも、通常の聞き込みでも、表に出てくる情報はそれでかき集められる。

 問題は表ざたにならない情報だ。多少なりとも後ろ暗いところがあったりすると、人間は表だって助けを求める声をあげられない。この奇妙な病の原因が呪殺によるものだとすると、その動機として真っ先に理由として考えるのは怨恨だ。

 そうなると、当然相談する相手は変わってくる。そこで占い師のカタリナの存在が大きくなる、というわけだ。

「貴方って、ドのつく世間知らずなのに、なぜかそういうことには頭が回るのね……」

「僕の魔術の師匠が、世の人間の八割は心に黒い獣を飼っていると言っていた。そして八割のうちの三割くらいが心に黒い獣しかいないと。だから疑う材料が揃えば、とりあえず疑っておくべきだ」

「うーん、材料がそろう前に疑うべきかどうかの判断ができた方がいいと思うけど」

 苦笑するヒルダを見つめ、そういえば彼女のことはまるで疑う気にならなかったな、不思議に思った。出会いがしらに剣を突き付けられたというのに我ながら呑気なものだが、彼女は非礼は詫びてくれた。それどころかこうして今、非番の日だと言うのにアローたちの個人的な捜査に付き合ってくれている。疑う材料は特にない。

「安心してくれ。君は八割の三割ではないと確信している」

「……あ、ありがとう?」

 釈然としない様子のヒルダを見て、ミステルは子供のように頬を膨らませる。

「仕方ありません。お兄様がそこまでおっしゃるのでしたら、案内役をしましょう。ワルプルギス女史は人を食った態度を見せる方ですから、初対面で有用な情報を引き出すのは容易ではありません。その点、私がいれば何とかなりますから。私がいた方が、お兄様のお役にたつjことができますから! 決して貴方に後れをとったわけではありません。ご理解くださいますようお願いいたします、ヒルダ様」

「あ、うん。何だかすごく誤解されているようだけど、私とアローとの間には特に何もないと思うわ」

「当然です!! あっては困ります!!」

 アローが間に入らないことで、敵意を隠そうとしなくなったミステルと、彼女の据わった眼差しに引きつった笑みを返すヒルダ。

 その横で、アローは呑気に腕を組んでうなずいた。

「どうやら話はまとまったみたいだな」

「おい、どこがまとまってんだ、コレ」

 ギルベルトは呆れた顔で酒を飲み干し、トビアスだけがただ黙々と巨躯を縮こまらせたまま細々と飯にありついていた。



 食事を終え、カルラから情報を受け取り、荒ぶる暴れ牛亭を出た後。

 ミステルとヒルダは、アローと別れて二人、カタリナの店へと向かっていた。

「ええと、その、カタリナ・ワルプルギスさんは、どんな方なの? 占い師ということしかわかっていないけど……」

 ヒルダの質問に、ミステルは不機嫌そうな顔で振り向いた。アローと別行動になったことが不満なのは明らかだ。

「ワルプルギス女史は、正確には占い師ではなく骨董店店主です。骨董店といっても、扱っているのは家具や小物ではなく魔法道具ですね。この国には魔術師は少ないので、あまり売れている様子はありませんね。彼女は大貴族の出自で、お金にはあまり困っていないようですし、道楽でやっている店なのでしょう。占い師も趣味で始めた副業のようです。どうやら、その副業の方がだいぶ有名なようですが」

「ワルプルギス? 聞いたことがない家名だわ……私も貴族の出だから、それなりの貴族の出なら名前に憶えがあると思うのだけど」

「ワルプルギスは店の名前です。ワルプルギス骨董店。占い師をやる時はワルプルギスを姓として名乗っておりますが、彼女の本来の姓はバートランであったかと」

「ああ、それなら覚えているわ。王家の遠縁ね。大貴族よ。なるほど、バートラン家なら、道楽で店をやって少しぐらい私財を傾けても、大丈夫でしょうね」

 バートラン家は王都の近くに広大な領地も持っている。アローとミステルが住んでいた黒き森もバートラン領だ。ヒルダだけではなく、王都に住む者なら名前を知らぬ者はいないだろう。

「道楽、とおっしゃいますけど、貴方こそ、貴族の娘なのでしょう? 剣など持たず、ドレスを着て従者に馬車をひかせていてもおかしくはないでしょうに」

 ミステルのそれは皮肉だったが、ヒルダはこともなげに「そうね」と受け流した。

「でも私、昔からおてんばでドレスなんてガラじゃなかったわ」

「戦女神ですものね」

「その呼び名はいいから」

 わずかに頬を染めた後、彼女はふと微笑んだ。

「貴族の女の子なら、ダンスや歌やおしゃべりを武器にするべきだったのでしょうね。それが間違いだとは思わないわ。貴族の娘は社交術で運命を動かすの。でも、私にはそれよりも剣が大切だったのよ。強くなりたかったの、社交術よりもっと、こう、わかりやすく、ね」

 まっすぐに見つめて笑むヒルダの眼差しから、ミステルは逃げるように目をそらす。

「それは……私にはわからない生き方ですね」

 少しだけ残念そうにつぶやいて、彼女は見るからに怪しい扉を指差した。

「ここがワルプルギス骨董店です」


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