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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第四部:北部国境線の魔窟編
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113.自分のための利害の一致

「まぁ、待て、ミステル。僕だって別に何も考えずに無茶をするわけじゃない。というか、現時点では僕らは割と詰みかけだ。そして、オステンワルドの時ほど敵は悠長に準備させてくれない」


 フルーフの言動がどこまで彼女の本気で、どこまでが彼女の所属する(と思われる)組織の都合かまではわからない。


 ただ、彼女はアローを捕らえることは許可されている。殺す機会があったのにわざわざ行動不能にさせることを選択したからだ。むしろアローは向こうにとって「できれば捕まえておきたい」存在だった、とも推測できる。


 フルーフの言動を信じればこの村が狙われたのは偶然とのことだが、もしアローが怪事件絡みで教会の依頼を受けていることを知っていたら、多少はアローが駆り出されてくることも狙ってはいたのだろう。


 向こうにこちらの戦力が、どの程度把握されているのかはわからないが、いくつか推測はできる。


 まず、アローの死霊術の基本能力は把握されている。しかしリューゲに力を借りて反撃にでることを考慮していなかったのなら、オステンワルド以降の戦力については知らないと考えて良い気がする。


 大蝙蝠殲滅のため、そして跳んで移動する時にベルの力は使っているが、能力の性質までは知らないはずだ。恐らくミステルが魔術師霊としての格が上がって、アローが魔力切れを起こしても能力を使えるようになったことも同様に。


 そもそも、フルーフにとってはアローが魔力切れを起こさなかったことが計算外だったのかもしれない。ベルが枝を使って墓場と村を行き来したのは、完全に彼女の思いつきだ。


 本来ならアローとテオは村の中の大蝙蝠を殲滅しつつミステルたちの元に行かねばならなかった。だが、アローとテオは村の端まで一気に跳んでしまった。その上墓場に戻る時も跳んで行こうとした。ベルが若干力加減を失敗したのは単なる偶然だ。アローだってまさか投石機のように放り投げることができるなんて考えていなかった。


 さも助けた風なことを言っていたが、要するにフルーフは魔力切れを起こしていないアローに、死霊術を使える墓場に行かれたら困るから村の中で捕まえようとしたのだ。そしてアロー側に想定外の戦力が多すぎたので、ひとまずアローを村に足止めしておくことにした。そんなところだろう。


「その辺の毒消し草が効いたくらいだし、パウラの治癒術である程度回復したくらいだから、本当に殺す気はなかったんだろうな。魔法で加工された神経毒の一種だと思う。時間が立てば自然に治癒する可能性は高いし、魔力が削られているわけじゃないんだ」


 だから、アローが墓場に向かうのは戦力としても意味がある。毒で寝込んでいるうちは魔力を温存していると思ったら大間違いだ。


「こちらにはほとんど情報がない。そして聞き出そうにも村人はいない。あと、少なくとも自称妹が出てきた時点で僕は無関係じゃないということだ。だから、この村にいた頃の僕を知ってる死霊に聞くのが一番早い」


「だからってまともに動けないのにのこのこ外出しようとしないでくださいっ!」


 ミステルの怒りの声が、狭い家の中に響き渡る。


「むしろ村の中の方が僕に関して言えば危ない。村の中の死霊が根こそぎ持って行かれているのを忘れたか? 魔力的には問題ないが、ここでは死霊術は使えない。リューゲにまた頼るわけにもいかないだろう。それで身体がまともに動かせないなんてそれこそ詰んでるぞ。墓場にいればとりあえず戦えるし、多分僕が離れた場所にいればこちらは比較的安全だ」


「そうかもしれませんけどね、もう少し安全な方法を考えてください」


「ない。すぐに解毒できる方法がわからない以上、パウラの治癒術効果で思ってたよりも早く治ることを祈るしかないな。あ、油断して攻撃受けたのは僕だからパウラは土下座しなくていい」


 ますます地面に額を擦り付けようとしていたパウラを止める。彼女の治癒術の有無は下手をするとこちらの生死にかかわるのだから、あんまり凹まれても困る。


「正直、根性で起き上がってみたが全然手足に力が入らないので、ギルベルトに運んで貰えると助かる。僕からは以上だ」


「以上だ、じゃないわ。まったく……でも、少なくともアローの言う通り、アローの術が一番有効な手なら魔法使えない状況が詰んでるのはわかる」


 ヒルダがため息まじりに頷く。


「本気ですか、ヒルダ」


 恨めしげな目を向けるミステルに、彼女はやれやれと首を横に振った。


「魔法剣、全く効かなかったわ。聖霊の加護程度じゃ無理みたい。常闇竜の方がまだ傷がついたわよ」


「ぐぐぐ……」


 恐らく一番の常識人であり、剣のことで嘘などつくはずもないヒルダがそう言うのだ。剣で対処が難しい以上、アローとミステルが出ざるをえない。ミステルもこれには反論の余地がなかったようで、悔しそうに黙り込んだ。


「何せヒルダはリントヴルムも倒せる剣技の持ち主だし、単体への遠隔狙撃ならテオは適任だ。魔法抜きの少人数でここを護るなら残すべきはこの二人だと思う」


「ぐぐぐ、本当に無茶なさいませんよね」


「それは相手次第だな。僕だってできれば寝ていたいぞ……」


 気を抜いたらそのまま寝台に倒れ込める自信がある。現在進行形で全力でやせ我慢中だ。


「こういう時アローに何を言っても意見曲げないと思うから、やめろとは言わないけど……今度は死にかけないでね。いや、もう死にかけてるか」


「ヒルダ、命に別状ないぞ。命には別状ないからな、今の所は!あと別に好きで死にかけてるわけじゃない」


「お兄様、そこは力強く主張するところではないです」


「アロー、割とフワッとした理由でフワっと命かけるからその辺あんまり信用できないのよね」


 女性陣に冷めた目で見つめられ(パウラは未だ土下座しているが)今度はアローがぐっと押し黙った。


「とにかく、ミステルも付いてくるんだから小言は道中で聞こう」


「…………怒られてるご自覚はおありでしたか」


「さすがにな。いずれにしても、墓場には用事がある。さっきは大蝙蝠が湧いたせいで、ヨルクの伝言を聞きそびれた」


「え? ヨルクって?」


 アローと女性陣のやり取りを大人しく見守っていたエルマーが、突然声を上げる。ここの村の墓にいたくらいだから、彼には誰なのか心当たりがあるのだろう。


「墓場であった死霊だが、知り合いか?」


「俺の祖父さんだ」


「……案外普通の人だったな?」


 そこそこ長生きしていたようだから、村長が何かかと思ったら普通のお爺さんだった。


 しかし、話しはそこで終わらず、エルマーは真剣な顔でアローの肩を掴む。


「なぁ、俺も一緒に行っていいか?」


「いやいや、危険だからやめとけ。僕が散々止められてるのを横で見ていただろう。こっちのが安全だと思うぞ」


 エルマーはただの農民だ。さすがに連れてはいけない。しかし、彼はひるまなかった。


「危険なのはわかってる。だけど村がこんな風になってんだし、俺にだって色々知る権利はあるだろう。それに俺は祖父さんの墓の場所を知っている」


「ううむ……」


 そうはいっても、やはり一般村民に同行させるのは避けたい。アローがそっと目をそらすと、エルマーはさらに畳みかけるように叫んだ。


「ついでにいうと、俺はあんたの母親の墓の場所も知ってるぞ」


「へぇ、そうか……って、何だって!?」


 さすがにこれはアローも聞き流すことはできなかった。


「だから、あんたの母親、どこに墓があるか知ってる。ガキだったけど、あんたの母親を埋める時に弔いをしてやったのは、当時はまだ生きていた俺の祖父さん、あんたの言っているヨルクだ」


「…………は?」


 衝撃のあまり、思わず素の声が出る。何せまさかここで母親の糸口をつかむとは思わなかったのだ。墓で死霊術を使っても母親の影すら見なかったのだから。すでに逝くべきところに逝ったのだろう、としか思えなかった。


 だけど、どこに埋まっているかがわかれば話は別だ。それがたとえ骨のひとかけらでも、本人のものが残っているなら『狙って召喚する』精度は格段に上がる。


「それ、アローに場所だけ教えてあげることはできないの?」


 ヒルダの問いに、エルマーは首を横に振る。


「口で正確な位置を伝えるのは難しいと思います。騎士様も見たと思いますけど、基本的にはただの農村なんで、墓標もろくに残ってないような墓ばかりで。ここの村人でも、誰かが死んで空いてる場所を掘り返したら、先客の骨が出てきたなんてことザラですし」


「そ、そう」


 ヒルダが心なしか青ざめつつ頷く。


 墓場の境界線が曖昧な農村では別段珍しい話ではない。王都グリューネですら、墓が足りなくなれば、身分の低い者や参拝者の途絶えた墓から暴かれ、骨を地下の合祀墓地へと移される。都会も田舎も墓不足だ。かといって墓のために無限に墓地を増やすわけにいかず、忘れられたものから朽ちていく。


 だから、口頭で正確な位置を伝えろと言うのが難しいのは、紛れもない事実だ。


「お兄様、この方をお連れしましょう」


 意外にも、そう告げたのはミステルだった。


「いいのか?」


 はっきりと言ってしまえば、エルマーは足手まといだ。それを、いくら死霊術の役に立つといっても、アローの個人的な感情で連れて行くというのはわがままでしかない。


 だけど、ミステルは先ほどまでの不機嫌さはどこへいったのか、まるで今だけは姉になったかのような優しげな微笑みを見せる。


「お兄様だって、たまには自分のためのことをしたっていいのですよ?まぁ、今ですか?と思わないわけではないですけど。仕方がないのでそこの農民も護って差し上げましょう」


 ヒルダは、深く長い溜息をつくと、扉を開ける。


「ギルさん、お願いがあるんだけど」


 外のギルベルトに相談をしはじめてしまった。


(ヒルダも止めないのか……)


 それはそれで複雑だ。


(自分のためのことをしろ、ってミステルは言うけれど、僕はいつでも好き勝手している気がするんだけどなぁ)


 アローにはいまだに「自分のこと」と「他人のこと」の境目がよくわからない。自分にできることで誰かが助かるならやってみようか、と思うし、誰かのためにしたことが自分のためになったら良いことだとは思う。森を出てから、アローはミステルのために生きて、王都に住むようになってからは目の前に見える誰かが助かればいいと思って生きていた。それが自分のためになると思っていた。


 母親のことを知りたいのは誰のためにもならない。自分が納得するだけのことだ。だから優先順位を下げていた。


 それが、仲間にとっては「自分のために生きていない」という風に映るのだ。


「僕は……母親の顔も知らない、声も知らない、名前すら……知らない」


「そうですね、お兄様。だから知る機会があるのなら、知ればいいんです。彼が知る権利があるのと同じように、お兄様にだって知る権利くらいありますよ。利害の一致って素晴らしいですね」


「そうか、これは利害の一致……なのか?」


「それでいいんじゃないか? 俺は危険を承知で納得してついていくと言っているんだ」


 エルマーが、アローが墓場の子供だと知って何故急にそこまでやる気を出しているのかはわからない。だけど、彼がヨルクの孫で、母親の手がかりも得られるというのなら、これも何かの縁なのかもしれない。フルーフが――アローが、どうして『造られた』のかの手がかりだって、手に入るかもしれない。


「わかった。連れていく」


「よっし、そう来ないと!」


 エルマーが肩をばしばしと叩いたので、はずみでアローは寝台に沈没する。


「………………やっぱりやめますか?」


「いや…………行く」


 ここまで来て、行かないとは言わない。


 死霊術師と使い魔と傭兵と農民、あと何か喋る杖。この面子で、いざ墓場探索である。


 謎すぎる顔ぶれだと言ってはいけない。

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