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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第四部:北部国境線の魔窟編
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106.砂糖で固めた甘さと優しさ

 ギスギスとした空気のまま、アローたちはヴァルトエンデまでやってきた。


 オドが頑なな態度を貫いているので、まだ話が通じそうなエルマーから聞き出した結果、村は住民が消えた当初のまま、手付かずらしい。


 生き残りが二人だけであるし、原因が全く不明なのだからその対応は正解だろう。


「でででは、ど、どど、どうしましょう」


 パウラが完全に腰砕け状態だ。これに関しては彼女との初対面から想定の範囲内である。アローは道中の暇な間に作っておいた護符を、彼女に渡す。


「これを持って、なるべくそこの二人か離れずに。三人くらいなら多少の魔物は避けられる」


 パウラは最初から戦闘要員に数えていない。彼女が怖がりすぎるというのもあるが、治癒術を使える人間に前線に出てこられると、仮に激しい戦闘になった場合手詰まりになるからだ。見た感じは何もいないように見えるが、万が一と言うこともある。


 アローも多少は治癒術を使えないわけではないが、間違いなくその暇で敵を倒す側に回った方がいい。せっかく攻守の均衡が取れた面子が揃っているのだ。だいたい、アローが前面に出なければ死霊だけが相手の場合は対処が難しい。


「ミステル、パウラとその二人に害があるようなら優先的に護ってあげてくれ」


「パウラは教会の関係者ですからともかくとして、この二人にそこまでしてやる価値がおありですか?」


 案の定、ミステルはヴァルトエンデの村民二人に対しては極めて塩対応だ。ヒルダですら不機嫌になったのだ。ミステルが不機嫌になっていないわけがなかった。


 テオですら「別にいいんじゃないですかぁ」と言ってのけた。恐らく、彼もガキ扱いが癪に障ったのだろう。ミステルには散々ジャリガキ扱いされても尻尾を振るというのに。


「何か起こる前から瓦解してどうする。何も起こらなければそれでいい。まぁ、何かなければここまで来た意味もなくなるが」


「何もないことは、ないですよ」


 ミステルがきっぱりと、そう言い切った。


 呪術に詳しい彼女が言うのだから、間違いなくあるのだろう。やはり護符を作ったのは正解だった。


「ヒルダ、大丈夫か」


「大丈夫よ。今なら腹いせに何でも斬れそう」


 彼女は無表情にそう答える。全然大丈夫ではない。怒り心頭で、怯えていないかわりに普段の冷静さを欠いている。


 オドは苦虫を噛み潰したような顔のままだし、エルマーは困惑半分、薄気味悪さが半分といったところだろうか。


 空気がピリピリしている。そんな中であくびをしているギルベルトの神経の図太さを、アローは本気で尊敬した。


「とにかく、僕は村の中を調べてくる。ミステルはパウラたちを護ってくれ。僕が呼んだらその時は頼む」


「……わかりました。不本意ですが、この不遜の男をお兄様について歩かせるよりはマシですので」


「さっきから小娘のくせに何を生意気なことを!」


「黙ってください」


 ドスドスドス、と。


 異常に重苦しい音を立てて、パウラたち三人の周りに矢が落ちてくる。よく見るとそれは矢ではなく、ヤドリギの枝だった。


「一つだけ言っておきますが、私はお兄様ほど優しくはありません。頭蓋骨からヤドリギを生やしたくなければ大人しくしていてくださいね」


 ミステルに凄まれて、オドが額に青筋を立てながらだまりこむ。


 血の気の多い農家の親父と、兄への愛が強すぎる使い魔とのにらみ合い。パウラとエルマーが顔を合わせ、青い顔でうつむいた。これは居づらい。


「ヤドリギを生やすのはやめろ、頼むから」


 そう言い置いて、アローは村を探索し始めた。


 ミステルはさぞ不満だろうが、実際アローが死霊召喚を行う際に後ろでわめかれたら迷惑なんてものではない。いざとなったら空を飛んですぐにこられる彼女を残すのが適任なのだ。


 案内を必要とするほど広い村でもない。調べるのも時間はかからなかった。中心に大通りがあって、まばらに家がある。広場のそばには古ぼけた小さな教会が寂しく佇んでいる。フライアの紋章を掲げた、ありふれたものだ。


 どんな小さな村にも、教会はある。豊穣を祈るための場所が、農村には必要なのだ。ここで麦や葡萄の実りを祈り、収穫があれば感謝の祭を行う。とはいっても、つい最近まで森に引きこもっていたアローは村の祭がどんなものかは知らない。ただ、知識として知っているだけだ。


 教会に入ってみたが『気配』がしない。神を祀る場所独特の空気とでもいうべきものが、まるでない。それはこの教会があまりに小さいから、という理由ではないように思えた。


(加護が消えてる)


 この教会よりも、ハインツを一人おいておく方がよほど女神のご利益がありそうだ。


「田舎すぎて何もねえなぁ」


 ギルベルトが、オドが聞くとまた怒り出しそうなことをぼやく。その脇をすり抜けて、ヒルダはさっさと先に進んでいく。


「次は民家に行きましょう」


 テオもいつもの騒がしさはどこへやら、無言でそれに従う。


(それにしても、ヒルダやテオがここまで不機嫌なのも珍しいな)


 彼女らは黙々と民家を訪ねては、本当に誰もいないことを確認している。どちらも無表情。


 アローを勘違いで捕まえてしまった時ですら、こんな顔はしなかった。お節介焼きで面倒見が良い一面ばかり見ていたので、意外と言うべきなのか。


 テオが不機嫌なのはもっとわからない。ミステル絡みならわからないでもないのだが。


「あの……二人とも、さ……」


 おずおずと話しかけると、二人が揃ってじっとりとした目つきで振り向く。


「そこまで不機嫌にならなくても」


「なるよ!」


「なりますよ!」


 声を揃えて叫ばれ、アローは若干面食らって背筋を伸ばす。


「あ、うん」


「アローね、もうちょっとちゃんと怒って!」


「え? 僕が? なんで?」


「なんで、じゃないですよ! 何も知らないおっさんにあんな言われようされてんですよ! さすがの僕もカチンときましたよ、アレ!」


「マジか……テオまでカチンとくるのか」


「別にミステルはそこまで嫌われてなかったと思うが」


「だぁかぁらぁ! アローさんはぁぁ、もっとキレていいんですってぇ!」


 バァン、とテオが民家の中で木製の古びた食卓をぶっ叩く。出しっ放しだった木彫りの器が、衝撃で一瞬跳ねた。


 これにはアローも一瞬ビクリとする。


「馬鹿にされたら怒っていいんですってば!」


「あ、ああ……うん? そんなオドに子供扱いされたのは腹立つことだったか?」


「それもありますけどそうじゃなくて! 悔しくないんですか? アローさん、何も悪いことしてないじゃないですか。別に墓場にいたってだけで村の人たちを傷つけてたわけじゃないでしょう。この一件がアローさんにどう関係あるか知りませんけど、ぶっちゃけ完全にただのとばっちらじゃないですか! それなのになんであそこまで毛嫌いされないとなんですか?」


 一気にベラベラとまくしたてられ、アローは呆然とする。テオはいつでもへらへらと笑ってのらりくらりと調子のいいことばかりを言っている少年といった印象しかなかったからだ。


「アロー、あのね」


 ヒルダがアローの肩を掴む。笑顔だが、有無を言わさぬ気迫がこもっている。


「優しいと甘いは、違うの」


「……僕は甘いか」


「砂糖で固めた焼き菓子よりも甘いわ」


「そ、それは相当だな?」


 後ろにいるテオに助けを求めようかと思ったが、テオはぐっと拳を握りしめて何やら深く頷いている。これ助けてくれそうにない。


「アローは、自分が呪われたことの責任なんてとる必要ないの、本当はね。オステンワルドの時も言ったでしょう。別に命を張らなくてもいい場面では逃げてもいいの。向き合わなくてもいいの。悪意にまで真摯に答えようとしなくていいの。それは優しさなんかじゃないから」


「そう、か……」


 オドにあんな風に言われて、アローだって全く傷つかなかったわけではない。理不尽だと思うし、納得だっていっていない。


 だけど、それでもアローがこの村にいなければこんなことにならなかったかもしれない。そういう思いが頭の端にあったのは事実だ。そのことに対して、落とし前をつけなければいけないと。何も関係ないのに、自分の呪いに巻き込んだかもしれない、と。そう思って。


「俺だって別にミステルさんのことナシでも、アローさんに感謝してること、あるんですからね。弓矢でも騎士でやってけるって思えるようになったのもアローさんのおかげだし。結果的に言えば、オステンワルドのことがあったから、俺、正騎士になれたんだし。多分、あれがなかったらずっと、うだうだ理由つけてくすぶってたって思うし」


「ほら、テオだってこう言ってるし」


「金出さねえやつのいうことなんて話半分に聞いてろよ」


「ギルさんはちょっとおおざっぱすぎるけど」


 少しだけひきつった顔になったヒルダは、いつもの調子に戻ったようにも思える。


(何かしなければ、という気持ちになっていたけれど)


 ヴァルトエンデに向かうことが決まって以来、アローはどこか落ち着かない気持ちでいた。ヒルダやテオにも、きっとそれは伝わっていたのだ。ミステルだってもちろんそうだろう。


 ギルベルトは良くも悪くも気にしない性格のようだからどうかわからないが――。


「うん。二人の言いたいことはわかった。僕にだってあのおっさんがムカつくくらいの気持ちはある」


「アローさんがムカつくっていうの何か新鮮ですね……」


「でも、今回のことは僕が受けた仕事だし……一応ここも僕の故郷だから、僕の母さんが命がけで僕を届けてくれた場所だから……やれるだけのことはやる。やってからあのおっさんを殴る」


「うん。それでいいよ」


 殴ることについては止めないらしい。ヒルダがようやくいつもの通りの顔で微笑んだ。


「とはいっても手がかりがねえぞ」


「大丈夫だ、ギルベルト。僕を誰だと思ってる。何だと思ってる」


 ギスギスとしていたおかげで遠回りをしたようにも思えるが、何もことこまかに調べたりしなくてもよかったのだ。アローには知るための術がある。


「うーん、ってことは」


 ヒルダが少しだけ引きつった顔になる。アローが何をするか想像がついたからだろう。一方、テオはきょとんとした顔になった。


「僕は死霊術師。困った時は死霊に聞けばいい。大丈夫だ、この世界で人間がいる場所で人間が死んでないところなんてそうそうないからな!」

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