104.隣の村ファーストミッション
翌日、日が高くなり始めた頃に、馬車はツェーレフルスに到着した。
ヴァルトエンデよりは街道に近いが、それでも主要な街道には遠く、時に山間で狩りをし、麦を育てて生計をたてている素朴で小さな村だ。
「本当でしたら、まずは領主様にお目通りして、それから村で調査を……といった手順になるのですが、この北部地域を治めてらっしゃるフェルデン伯は、一刻も早い原因の究明を求めておられまして、教会の保証があれば問題ない、と……」
ようやくミステルがいても石化しなくなったパウラが、事情を説明する。
(確実にハインツの根回しだなぁ)
実に抜かりない。ある意味王族の敵であるスヴァルトの庇護者であったオステンワルドの辺境伯は、自分たちに後ろ暗いところがあるだけに、多少教会の使者がアレでも許容した。
しかし今回は違う。しかも村が一つなくなったということは麦などの収穫量も減るわけで、領主としては頭の痛い問題のはずだ。ただでさえ、北方はさほど実りの良い土地ではない。この突然降ってきた災厄に気が立っていることだろう。
つまり、何故か教会の後ろ盾を得てしまっている胡散臭い死霊術師の若者が、解決しますといって話し合いになるかどうか疑わしい。
だから、恐らくハインツは教会を動かして、領主の了承を得たのだろう。領主の方も正直関わりたくないので、教会が保証してくれるなら、と飛びついた。そんなところではないだろうか。
悲しいことに、死霊術師がいくらこの案件に適切な人選であったとしても、相手はそう思わないということを、アローはすでに理解していた。
ちなみにその理解は何故かナンパの時はコロリと忘れられたわけだが、すでにあとの祭りである。
「で、では村長にお話を」
ぎこちない動きでパウラが先頭に立つ。村長の家に向かう間、村人たちがざわつきながらこちらを見ている。
その眼差しにあるのは好奇心よりも怯えに近い。
尼僧にまだ少女と少年の騎士が二人、明らかに毛色の違う傭兵、そして杖を何故か二本持ち歩いている魔術師と、ローブを着た手ぶらの少女。はっきり言って意味がわからない取り合わせだ。
しかも、そんな一団がここに来る理由は、ヴァルトエンデの怪奇事件絡み以外にありえない。村民のこの反応も仕方がない。
「アロー、なんで杖を二本とも持ってきたの?」
ヒルダの疑問に、アローは苦笑いを浮かべる。彼女につっこまれているということは、村民にもさぞ不審に思われていることだろう。
「魔術を使うならベルの杖の方が細かい調整が利く。が、ベルの杖では剣などの武器は使えない」
「なるほど。そっちの杖は剣の形に変えておけばよかったんじゃない?」
「ああ、その手があったか」
今更気付いても遅い。杖を二本持ち歩き目立ちまくってしまった後だ。
「いずれにしても、杖を二本持たずに済む方法は考えておいた方がいいな。戦うことになったら困る」
(私も何か考えておく)
空気を読んだのか、ベルが音にせず頭の中に直接話しかけてくる。
(頼む。ベルも、この杖も僕には必要だ)
(わかった)
ベルはそれきり黙ってただの杖となり、ちょうど良く村長の家にたどり着く。
村長の家と言っても、周囲に比べて多少立派な造りをしているというだけだ。素朴な農村なのだから、当然とも言える。
「お初にお目にかかります。教会の使者として参りました。私はパウラ・グラマンと申します。こちらの方々は教会と王国騎士団から派遣されました、ヴァルトエンデの事件についての調査を担当する方々です」
パウラが手を組んで教会式の礼をする。ヒルダとテオは騎士団の戒律に従った敬礼を。アローとミステルはひとまずギルベルトが騎士団方式だったので、それに倣う。
怖がりすぎるのはたまにきずであるが、パウラはこういった面では問題なくこなしてくれている。
どういう基準で選んだのかわからない集団が現れて困惑していた村長も、パウラから解説を聞いているうちに次第に納得したようだった。
ヒルダとテオが若手ながらそれぞれに卓越した技術を持っているために今回の任務に抜擢されたこと。ギルベルトが教会の依頼をいくつもこなしてきている信頼のできる傭兵であること。アローとミステルは著名な魔術師に師事を受けており、歳は若いが豊富な魔術知識をもっている専門家であること。
それぞれを矛盾なく、嘘でもない範囲で説明して村長を納得させた。教会から抜擢された理由は、何も治癒術の腕前ばかりではないのだろう。
教会は騎士団同様、男性が主体となっている。それはフライアが女神であり、女神に仕えるのは伴侶になりえる男性が望ましい、とされているが後付けの理由だろう。実際、パウラのように女性の聖職者もいる。基本的に女性は家庭に入って子を産み育てながら手工芸をしたり、物売りをしたりするのが普通だ。教会に入るのは、教会が運営する孤児院育ちか、なんらかの理由で結婚できない女性が多い。つまり、教会で女性ながらに地位を得ているパウラは言ってしまえば、生え抜きの出世株ということだ。それなりの能力があるのも当然と言える。
「お泊りはこちらをご利用ください」
村長の妻が案内してくれたのは、小ぢんまりとしているが清潔に整えられた民家だった。
領主からの使者が来た時などに利用する、客人用の家らしい。六人用として使うには手狭だが、村の規模を考えれば十分な歓待だろう。
「お食事はこちらへお持ちいたします」
「ありがとうございます」
パウラが微笑んで礼をし、扉が閉じられた途端にへなへなとその場に崩れ落ちる。
「はぁ……緊張しました」
「いや、立派だったぞ。おかげで説明に手間取らずに済んだ」
アローが励ますと、ヒルダは若干据わった目でため息をつく。
「アローが説明したら誤解招きまくって不審者一行として追い立てられたかもね。本当、パウラさんが、こういう話が得意な人でよかった」
「そこまで言うか。まぁ、いいさ。食事も村長同席ではないなら、ミステルのこともごまかしやすい」
ミステルが使い魔であることを正しく理解させるのは、村民相手では無理だろう。魔術の素養がない相手にとって、人に害なす魔物と使い魔の区別がつくはずもない。村長に気味悪がられてしまうと、村民全体からの心象も悪くなる。
「ミステルさんと言えば、いませんけどどこに行ったんですか?」
テオがキョロキョロと部屋を見渡す。送り届けられる時までは一緒だったミステルは、今ここにはいない。
「ああ、姿を消して、村長の奥さんについていってもらった。ついでに色々調べてきてもらう」
「えぇぇ……」
パウラはガタガタと青ざめたが、その後ろで「消えられるって便利だなぁ」とギルベルトがぼやいた。すっかり慣れきっている。
「明日からさっそくヴァルトエンデに行くんだ。この村がどれだけ現状を把握できているかは、事前に知っておきたい。あと、僕らがどの程度怪しまれているかも知りたい」
「えっ、わ、私、粗相をしましたでしょうか」
パウラが慌て始めたが、アローは首を横に振る。
「いや、パウラは完璧だった。だから当初よりはマシだとは思う。だけど、この取り合わせは謎に思われても仕方がないだろう」
「アローがこの顔ぶれが怪しまれる可能性について把握できているあたりに、圧倒的成長を感じるわ」
「ヒルダ、そればかりだな」
うろんな目を向けると、彼女からもうろんな目を投げ返された。
「少し前だったら、何が怪しいんだと言わんばかりに呪いの話や死霊の話をベラベラ話してたわよね?」
「……それは否定しない」
「しねえのかよ」
「しないんですか」
ギルベルトとテオにまでつっこまれて、アローは少しばかり傷ついた。こういう時無意味にかばってくれる義妹も、残念ながら不在なのだ。
■
その、アローを無意味に庇うことに定評のある義妹であるミステルは、姿を透明にして村長の妻の後ろについて歩いているところだ。
村長のところに戻るのかと思えば、裏口へと向かう。下働きらしい娘たちに何やら指示をしている。
(夕餉のことでしょうかね)
壁をすり抜けると、そこは丁度炊事場のようだった。
「あの、大丈夫なんでしょうか、あの人達」
「何か怖そうな傭兵までいたし」
「何故か杖を二本持ち歩いてる魔術師の人とか怪しいですよね」
村長の妻の指示に従って接待の準備を始めた娘たちが仕事の合間に口々に言うのを、ミステルは不機嫌に聞いていた。
(別に怪しくないですし。お兄様はいつでも最高ですし)
ぷりぷりと怒りつつも、黙って様子をうかがう。ここで反論したら怪奇現象扱いされかねない。
「でも、教会の方はしっかりとした方だったわ。お若いといっても騎士様もいらっしゃるし……それに、隣の村のことは誰かがなんとかしてくれないと困るもの。この村まで災いが降りかかるかもと思うとねぇ」
村長の妻はため息をつき、来客用のものであろう食器を出す。
「食事は六人分です。羊を一頭潰すようお願いしてきて」
「はぁい」
娘の一人がぱたぱたと外へと駆け出していき、ミステルはそちらを追おうとしたのだが。
「でもあの怪しい杖を持った人、怪しかったけどすっごく美形だったよねぇ」
「わかる。怖いけど、こっそり覗き見しちゃったもん」
ガッチャン。
突然前触れもなく音を立てた食器に、娘たちが「キャッ!」と甲高い悲鳴をあげる。
(……いけませんね、私としたことがつい取り乱してしまいました)
うっかり威圧して魔力を放ってしまったミステルは、そそくさと村長宅を抜け出した。
(ですが、怪しいとか言いながらもしっかりとお兄様を色目で見るような女を近づけるわけにはいきません!)
ミステルは若干ズレた使命感を胸に、慌てて外に出た下働きの娘のあとを追うのだった。