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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第四部:北部国境線の魔窟編
106/120

102.作戦会議は馴染みの酒場で

 アローたちは、ひとまずパウラとギルベルトを伴って荒ぶる暴れ牛亭に行くことにした。


 ひとつはお腹が減っていたから、もうひとつは情報収集のためだ。


 荒ぶる暴れ牛亭は騎士や商人、傭兵、職人など、様々なひとで溢れかえっている。それゆえに様々な情報も行き交うのだ。


 荒ぶる暴れ牛亭には、以前部屋を借りていた縁もある。本当に人払いが必要な話題になれば、二階にある個室を貸してもらうこともできるだろう。


「で、肝心のハインツは何をやってるんだ?依頼なら自分で持って来ればいいのに」


 程よく焼けた骨つき肉の香草焼きにかぶりつきつつボヤくと、パウラはあからさまにあたふたとして、ギルベルトは軽く鼻で笑った。


「青薔薇館か……」


「まぁ、あいつはあいつで、上に挟まれて大変みたいだぜ?それに、あいつは立場上あんまり王都を離れるわけにゃいかんだろうしな。だから俺がパシリなんかやらなきゃならねえ」


 ギルベルトもまた、肉とふかし芋に交互にかぶりつきながら感想を漏らす。


「前から不思議だったんですけど、ギルさんはカーテ司祭とどういう知り合いで?」


「あっ、それ、俺も気になります!」


 ヒルダの問いに、テオも尻馬にのって手を上げる。


「どうって、故郷が同じなんだよ。あいつとは幼なじみだな。あいつは田舎貴族の五男、俺はその貴族の家の従者だった。あいつは継ぐことのない家はさっさと出て教会で立身出世、俺は傭兵稼業。なんだかんだで腐れ縁だな」


「あっ、今、あの人に初めて親近感覚えましたよ」


 第三夫人の三男という立ち場ゆえに、せっかくの名家の血筋なのに継ぐべき資産がかけらもない微妙な貴族の子息であるテオは、ハインツの境遇に謎の共感を覚えている。


「こういう話を聞くと、ハインツも人間なんだな、と感じるな」


「おい、こん中で一番人間離れしてる人間が言うなよ」


「そうでもないぞ。森から出てこのかた、僕は定期的に死にかけている。人間の範囲内に収まっている」


 ギルベルトの指摘にどこかドヤ顔で答えたアローを見て、ヒルダが蜂蜜酒をちびちびと飲みながらため息をついた。


「アロー、お師匠様を基準にしないでね。それと、死にかけないで、お願いだから」


「そうですよ、お兄様。今までとは違い、お兄様の魔力が尽きても私は活動できるようにはなっていますけど、くれぐれも魔力の無駄遣いはなさらぬよう」


「わかってるよ、ヒルダ、ミステル。そのことも含めて、近接戦闘の訓練をしてるんだ。残念ながら今の時点ではまだ、器用貧乏にしかなっていないけどな」


 女性陣の心配に苦笑いで返し、アローは食べ終えた肉の骨を空の皿に放り捨てる。


 このいまいち緊迫感に欠ける会話の中で、一人場違いに萎縮しているのが教会の使者であるパウラである。


 食べ物には手をつけず、蜂蜜酒を満たしたゴブレットを手に彫像のごとく固まっている。


 かろうじて聞き出せた情報によると、彼女は二十歳で、教会に入って五年ほど、一応尼僧としてはそれなりの地位ではあるらしい。


「で、パウラといったか?君が書状を持ってきたということは、今回の件には同行するということだろうか」


「ははははい、恐れながら、私がきょ、教会側の、た、立会人でして」


「別に死霊術師と言っても四六時中怨念こもった霊を連れ歩いてるわけではないから、そこまで怯えなくてもいいぞ」


「はははははい」


 カタカタとしながら、彼女は蜂蜜酒をあおる。それでようやく一息ついたのか、パウラは青ざめた顔で語り始めた。


「その……申し上げづらいのですが、私、あの……怪奇現象とか、恐ろしげなものなど、本当に、本当に……ダメで……」


「あっ、すっごく親近感」


 今度はヒルダが共感している。今でこそだいぶ慣れてきた感じがあるが、ヒルダも最初はミステルの遺灰を恐る恐る触っていた程度には怯えていたのだ。それが今では、最初こそあたふたとはするものの、恐怖を振りきれる速度は格段に上がった。


 思えば色々とあったものだ。ヒルダに地下牢へ引き立てられた日が懐かしい。


 精一杯の励ましに、アローはパウラの肩をたたく。


「パウラ、大丈夫だ、慣れる。ヒルダが実証してる」


「戦女神様と比べるのは酷じゃねえの?」


「だが、怖いことは何も起こらないかと言えばそれは嘘になってしまうだろう」


「……だなぁ」


 ギルベルトは即座に援護を放棄し、パウラは再びカタカタと震えだす。


「わ、私、怖いものがでてきても、女神のお膝元なら護られると思って……だから教会に……」


「動機が割と不順ですね」


 ミステルは呆れている。


 パウラにはミステルが死霊であることをまだ伝えていない。ここで伝えたら卒倒されそうなので、伝えるにしてももう少し様子をみてからの方が良さそうだ。


 幸いというべきなのか、彼女自身が緊張して蜂蜜酒以外喉を通っていない状態なので、ミステルが飲食してないことを疑問に思ってはいないようだ。


(しかし、これはヒルダ以上の怖がりだな……若干不安が残る、が)


「動機が不順なのは認めます……。でも、私は、その、治癒術だけはとても、得意でして……その、お役には……立てる、かもしれない、です」


「なるほど」


 オステンワルドの時ですら、死にかけたアローのために治癒術師を呼ぶのはなかなか大変だった。大きな教会の存在しないヴァルトエンデ近辺で何かが起きた場合、確かに治癒術師なしではかなり厳しい。


 ありえないほど怖がりという点を差し引いても、大教会お墨付きの治癒術師同行は、ハインツなりの厚意だろう。


 何かがあってからでは遅い。なまじオステンワルドで本気で死にかけてしまっただけに、アローとしてもその点は大丈夫だなどと楽観視できなかった。あの時だって、まさか竜退治になるなんて夢にも思っていなかった。


 要するに、パウラに頑張ってもらう以外に選択肢もないということなのだが。恐らく、辺境への旅に同行させてもいい実力と地位の持ち主が彼女だけだったのだろう。


「んで、ここで商人から得た情報だけど、俺が知ってるのと大して変わらなかったな。気になるといえば、国境線でちょっとした事件があったってぇ話くらいか」


 ギルベルトには、この店に入ってすぐ、護衛の仲間や舎弟のトビアスを使って、できるだけ北部の情報を集めてもらっている。ギルベルトが直接ヴァルトエンデから流れ着いた村人から聞いた話が発端なのだから、集団失踪事件に関する情報はまだほとんど知られていない。


 しかし、トビアスが他の酒場で得たところによると、北部国境の山脈近くの砦付近で、突如魔物の群れが襲いかかってくる事件があったとのこと。


 山脈にも森にも魔物は住んでいるが、徒党を組んで襲ってくることはそうそうない。何者かが何らかの意図をもって襲わせたと考える方が自然だ。


 山脈越えをするための街道はほとんど整っておらず、国交のない北のノルドネーベには、旅慣れた商人もわざわざゼーヴァルトから行こうとはしない。行くとしても護衛を雇い、護符を買って森の端の街道を抜け、北東の国ヴィントボーデンから回り込んでいく。


 つまり、ヴィントボーデン側にしか山賊、盗賊の類は出ない。砦を襲う利点がない。そもそも魔物は山賊や盗賊が簡単に操れるものではない。賊になるのは仕事にあぶれた流れ者の傭兵などが多い。


「ヴァルトエンデの集団失踪といい、呪術的な何かを感じますよね……」


 ミステルは物思いにふけっている。彼女は呪術に詳しい。失踪の原因に呪術的なものを感じているのかもしれない。


(まぁ、確かに呪術代償ならば跡形もなく消える、ということはあり得るな)


 王都の呪殺事件で、カタリナは代償の支払いをミステルに肩代わりしてもらうことができなくなった結果、すぎた代償によって消滅した。文字どおり身体を呪いに喰らわれて死んだ。


 もし、大きな呪術儀式で村人全員が何者かによって生贄として捧げられたのだとしたら。村人は何もしらないで、ある日突然呪いによって消されたことになる。


「うーん……ヴァルトエンデか。僕が行ったら何かわかるかな」


「それって、アレ? 死霊占い?」


 ヒルダがあまり気乗りはしない様子で尋ねる。死霊占いという不穏な単語に反応したのか、パウラがびくりとしたが、こればかりは慣れてもらうしかない。


「そうだな。それに、あそこはある意味僕の故郷だから、僕を知ってる死霊がいるかもしれない」


「えっ? 故郷」


 コキリと、ヒルダが首を傾げる。


「僕はヴァルトエンデの墓場育ちだ。前に言っただろう」


「いやいや、確かに聞いたけど、まさに問題の場所だなんて聞いてなかったからね!?」


「だから色んな意味で今回の案件は『僕向け』だ」


「あー、もう、そうだけど。そうじゃなくて……ああ、もう! どうせ私も一緒に行く流れになるんだろうし、今回は私から上司にかけあって同行させてもらうわ」


「ヒルダが同行してくれるのは戦力的にはありがたいが、別に無理はしなくてもいいからな」


 アローだって、何も彼女を怖がらせたいわけではない。オステンワルドの時以上にキナ臭い雰囲気満載のこの一件につきあわせるのもどうかとは思っている。


 しかし、ヒルダはアローの両頬をぎゅっとつまんでひっぱった。


「なひをふふ、ひふら」


「無理するなはこっちのセリフ。定期的に死にかけておいて何を言ってるの? 使える戦力は使いなさい。私はアローが頼れる戦力。わかった?」


「ふぁ、ふぁい」


 頬を引っ張られたまま、カクカクと頷く。


「わぁ、アローさん、ヒルダさん、ガンバッテクダサイネ!」


 一人目をそらしながら拍手をするテオ。席から立ち上がったギルベルトが、そんな彼の頭を大きな手でつかんで、無理やりこちらを向かせる。ニヤァ、と笑う傭兵の腹黒い笑顔。


「よう、坊主。騎士団で上の地位に行くには、実績が必要だよなぁ」


「なななな、ナンノコトデスカー」


「そうね、せっかく正騎士になったのに、グリューネって基本的に平和だから武芸大会以外で武勲立てる機会ってあまりないのよね。その点で言えば、弓だけしか使えないテオは圧倒的に不利」


「そそそ、それはそうですけど!?」


「またお兄様に力添えしてくださるのでしたら、ジャリガキのことももう少しだけ見直してさしあげてもいいですよ」


「がっ、がんばります!」


 目をそらし続けていたテオも、ミステルの一言でついに落ちた。恋は盲目。はたまた地獄か。


(だけど確かに、僕が協力を得られる最強部隊だな、これは)


――かくして、アロー、ヒルダ、ミステルに、ギルベルト、パウラ、テオを加えた、何やらよくわからない編成の一隊は、北部国境へと旅立つことになったのだった。


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