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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
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閑話:世界の敵の大魔術師

 ゼーヴァルト首都、グリューネの王宮にて。


 女王は玉座に座して、目の前に立つ者を見つめている。


 常時の謁見では、顔を隠す仮面か影武者を用意するところだ。しかし今はそれよしていない。無意味だからだ。


「久しぶりだな、アデライド」


「私を名前で呼ぶやつは、なるほど、久しぶりだ」


 ゼーヴァルト女王アデライド・ユーリア・ゼーヴァルトは、うろんな目を向けていたが、相手は露ほども気にせぬ様子で笑みを浮かべている。


「私からみたらお前もただの小娘だぞ。あははははは!」


 そう言って、相手は、稀代の大魔術師ロザーリエ・クロイツァは高らかな笑い声をあげた。


「用事があるならば簡潔に頼む。全く、警備など何もかもすっとばして、直接謁見の間に現れおって。近衛兵が大慌てではないか」


「お前の方こそ、私が来ると思ったからこそわざわざここに鎮座していたのではないか?」


「それは認めるが、全然違う外見にしおって。誰かと思ったではないか、ローデリヒ・クロイツァ」


「おお、これはすまん。今はロザーリエの方なのだ。お前と会った時は……そうだな、『こちら』だったか」


 美女の姿をとっていたクロイツァの姿が、足元から絵具で塗り替えたかのように姿を変える。


 そこにあるのは先程までの美女ではなく、三十路に差し掛かろうかという歳に見える精悍な美青年の魔術師であった。同じなのは深い闇色の黒髪だけだ。


「ふむ、どちらかといえばそちらの方が好みだ」


「そうだろうとも、アデライド。知っているぞ、お前は案外面食いだ」


「だが、中身が貴様だと思うと美形のありがたみが薄れる。だから、早く用件を述べよ」


 ますます据わった目つきになる女王陛下に、クロイツァは美形が台無しになるにやついた笑みを浮かべる。


「用件などわかりきっているだろうに、とぼけるな、アデライド。お前、私の不肖の弟子をあのナマグサ司祭に探らせているだろう」


「なんだ、そのことか」


 女王は気が抜けたような顔になって、クロイツァから目をそらす。


「それはそうだろう。ただでさえ危険な力をもっていて、しかも変わり者として有名な大魔術師の唯一の弟子。ずっと森の奥に引きこもっていたのが、ある日突然王都をホイホイとうろつきはじめたのだ。警戒もするさ」


「ほうほう?」


 クロイツァは笑顔でうなずいた後、スッと姿を消した。


 遠巻きに様子をうかがっていた近衛兵が動揺して、駆け寄ろうとする。しかし、彼らの歩みは見えない壁によって阻まれた。


「陛下!」


「下がれ。私は無事だ」


 女王は至極落ち着いた様子で、兵たちをとりなす。しかしその首筋には銀色に光る刃があてられていた。クロイツァがニコニコと笑いながら、彼女の首筋にナイフを当てているのだ。


「嘘は良くないぞ、アデライド。思わず実力行使に出てしまったじゃないか」


「殺すつもりなどないくせに良く言ったものだ」


「そうだなぁ。殺すつもりならば、私は何の気配も痕跡も残さずにお前の息の根を確実に止めて見せるだろうなぁ。だから、これは脅しだ」


 大魔術師は笑う。にこにこと、楽しそうに。


 しかし女王は理解していた。クロイツァは本当は少しも愉な気分ではないのだということに。ことあるごとに笑っているこの大魔術師は、世界に退屈している。絶望していると言い換えてもいいだろう。


 この世界からあまりにもはみ出しすぎて、全てを得て、全てを失った。それがクロイツァという存在なのだ。


「あれが自ら望んでお前の意思に沿うと決めたのならともかく、私が苦労して育てた愛弟子をくだらん争いに使おうとするなよ」


「……それが、この国の民を救うことになってもか?」


「あれが自分の意思でこの国の民を救うというのなら、止めはせんよ。だが、この国がどうなろうと、私にも私の弟子にも本来関係がないことだ。国民の命を盾にして操ろうなどと考えるな。ハインツとか言ったあの女神に愛された司祭も、その点については気乗りしていないようだしなぁ」


「争いなんて、やらんで済むならそれにこしたことはない。ハインツでなくとも、そうだ。私とてさほど好戦的ではない。ただ、私にはこの国を、この血筋を守る責務がある。女王とはそういうものだ」


 女王の回答に、クロイツァは笑みを収めた。


 刃を収め、ただ無表情に、この世界からはみ出しすぎた大魔術師は玉座に背を向ける。


「……クロイツァよ、弟子を育てるのは楽しかったか?」


 クロイツァは振り返る。その表情には、やはり先ほどまでの笑みはない。


「楽しかったとも。私が大魔術師と呼ばれるようになってからは、恐らく一番の収穫だった。私はこれでもそれなりに愛が深い方でなぁ」


「意外だったな」


「安心しろ。意外だと思っているのは私自身もだ。だからなぁ、私は私が及び知らぬところで、勝手に私の愛弟子を道具のように利用することを許すつもりはない。あれは私を楽しませる唯一の存在だ」


 この大魔術師は退屈していた。世界の全てに、己の全てに。


 だから呪いを育てることにした。呪いとして産み落とされた子を、呪いからかけ離れた存在へと変えていく。下世話な呪いは台無しにできるし、『世界の脅威』がどこまで人間に近づけるのかに熱中した。


 百年を越えて生きる大魔術師クロイツァの『楽しみ』だ。


 女王、アデライドはじっと、その『大魔術師クロイツァ』を見つめる。いつから生きているのか、いつまで生きるのか。誰も知らないし恐らく本人も知らない。ただ、アールヴの血を引くゼーヴァルト王家よりも、はるかに異端となっていることだけは確かだ。


「憶えておけ、アデライド。お前が不躾にあれを利用して、私の楽しみをぶち壊すような真似をしたら、その時は私がこの国を滅ぼそう。この国どころか、この大陸を滅ぼしてもいい。どこまでもどこまでも、地の果てまでも追いかけて滅ぼす、世界の敵となって見せよう」


「それこそ……お前の人間くさい愛弟子とやらは望まないのではないか?」


「心配はいらないさ」


 クロイツァはニヤリと底知れない笑みを浮かべる。


「その時は、私はようやく私を滅ぼせるかもしれない者と出会える。まぁ、滅ぼされたいわけでも、滅ぼしたいわけでもないのでね。よく考えてくれたまえ、女王陛下」


 それきり、大魔術師の姿は溶けるように消える。


 女王は小さく息をついた。


 大魔術師クロイツァの弟子、アーロイス・シュヴァルツは、何としても王家の味方につけなければいけない。できれば忠誠を誓わせることができたら、なおよい。少なくとも彼が自分から望んで力を差し出すのならば、クロイツァも手出しはしないのだから。


「あんな世界の敵がいてたまるものか。私は私の国を守るのだ」



 アデライド・ユーリア・ゼーヴァルド。


 長きにわたって平穏の歴史を歩んでいたゼーヴァルドにおいて、彼女の治世の後期は波乱に満ちたものだったと記されている。


 その波乱の始まりは、静かに、ひそやかに緑の王国に忍び寄ろうとしていた。

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