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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
103/120

100.ヒキコモリ死霊術師はここにいたい

 クロイツァの魔術でぞんざいに飛ばされて家に帰ると、店の中が森の家から転移された荷物でぐちゃぐちゃに埋まっていた。光霊がぼんやり照らし出した惨状に、一気に意識が遠のく。


 整理する気にもならず、アローはひとまず寝ることにする。


 どうせ客などほとんどこない店だ。数日かけて片付ければいいだろう。何せ早朝から夜更けまで森を走り回る羽目になったのだ。寝てもバチは当たるまい。


 アローがフラフラと寝台の上に倒れこんで、ものの数秒と待たずに寝息を立て始めたのを見て、クロイツァはため息を漏らした。


「根性のない奴だ」


「クロイツァ様を基準にするのは、不公平がすぎるかと」


 淡々とツッコむミステルに、クロイツァはいつもの意味不明な爆笑はせずに肩をすくめるだけにとどめた。寝入ったばかりの直弟子に、一応は配慮したのだ。


 すやすやとよく寝ているアローに毛布をかけ直してやるクロイツァの姿を、ミステルは若干複雑な思いで見つめる。


「正直、クロイツァ様がお兄様のためにここまでしてくださるとは思いませんでした」


「ん? 毛布をかけてやるくらいはするさ。風邪を引くだろう」


「そういう意味じゃないって、わかっていますよね?」


「……私はこれで意外に弟子を可愛がっているんだがなぁ。お前は誤解しているぞ」


 口ぶりは軽いが笑ってはいない。


 ミステルは無防備な顔で眠っている兄の顔を見つめ、それからその師匠を見つめる。


「失望なさいましたか?」


「何にだ?」


「私がしたことについてです」


 ミステルは罪もない人を呪うために、手を貸した。直弟子ではないとはいえ、アローを通して得たクロイツァの呪術知識で幾人もの人間を犠牲にした。


 クロイツァはそれを、アローが自分の弟子であるミステルを管理しきれなかったせいだと論じたが、ミステルはそうは思わない。


 全てミステルが勝手に行って、勝手に自滅しただけのことだと思っている。


「馬鹿なことをしたとは思ってるが別に怒ってはいないさ」


「ですが、お兄様はあの一件には、本当に何も関わっていません」


「そういうことじゃあない。私が口を出そうが出すまいが、お前たちはいずれああなってた。何らかの形で自滅した。自滅しなければ気付けなかった。お前たちがそんな世間知らずに育ったのはなぜかと言われたら、私にだって責任はある。一応、お前たちの保護者だからな」


「……そう、ですか」


「お前はどうなんだ? 助けてくれなかった私を恨むか?」


「いえ」


「なら、それが答えだ。お前たちが選んだことに、基本的に私は口出ししない。お前たちが自分の力で見出した答え以外に意味はない。それで可愛い娘を失ってもだ」


「……はい」


 人は誰も孤独で、誰かと同じになることはなく、だから用意された道もただひとつ自分で選び取ったものである。他人が選んだ道を進んでも、迷って遠回りをするだけだ。ミステルはアローの道を自分が作ろうとして失敗した。それだけのことだった。


「誰も他人の道を用意してやることなどできない。だが、迷って立ち止まった時に一緒に考えることはできる。お前たちはそれができなかった」


「はい。わかっています」


「償おうなんて、思うな。お前はもう死んでいる。償う機会は失っている。それでも何かをと考えているなら、せめてお前の大好きな兄がわけのわからん奴の用意した道に投げ込まれそうになったら、全力で阻止しろ」


 クロイツァは全く起きる気配もなく眠りこけているアローの髪をくしゃくしゃ撫でて立ち上がる。


「こいつが何も望んでいなくても、こいつの力を欲しがる奴、恐れる奴、色々と寄ってくる。こいつをこんな風に産ませた奴とも、いずれやりあうことになるだろう」


「……そうでしょうね」


「どんな道でも、間違っていても、こいつが望んで選ぶならいいが、そうじゃないならぶちのめせ。こいつじゃ優しすぎてできないかもしれないからな、私が許す。思い切りやれ」


「かしこまりました。大師匠様」


 ミステルがローブの裾を持ち上げて、貴婦人のように礼をする。それを見て満足そうにうなずくと、踵を返す。


「長居したな」


「朝まで待たれないのですか?」


「そんな殊勝なことはせんよ。お前たちのやってることなんて、全て私にはお見通しだ。また、弄って遊びたくなったら来てやろう」


 その言葉を最後に、クロイツァの姿は部屋の薄闇に溶けるように消えた。


 クロイツァについてきていた光霊も消えて、部屋は闇に包まれる。聞こえてくるのはアローの寝息ばかりだ。


 明かりがなくても、アローの使い魔であり死霊でもあるミステルには、部屋の様子もアローの寝顔も手に取るようにわかる。


 クロイツァと一緒に、『何か』の視線が消えたことも。クロイツァの強大な魔力に隠されて気がつかなかったが、何者かが監視していたのだ。クロイツァが気づかないわけがないから、当然先ほどの会話は覗き見していた誰かにも聞かせていたのだろう。


「お兄様は……主様は、私が守ります」


 アローは、今度こそ本当に望んで手を取ってくれたのだから。ミステルが願ったからではなく、自分で望んで選んでくれたのだから。


「私は主様にあだなすものを撃ち落とす矢になりましょう。たとえ相手が神であっても」



 翌朝。


 アローが眠い目をこすりながら起き上がると、店の中に投げ込まれた荷物が部屋の中に整然と並べなおされていた。師匠による「開店できなかったら困るから今回は特別だぞ」との書き置き。


「寝ている間に出て行ったのか。嵐のように来て、嵐のように去っていったな」


「弄って遊びたくなったらまた来るそうです」


「……なるべく師匠が面白がる展開にならないようにしよう」


「そうですね」


 直弟子と孫弟子は遠い目になる。ほんのすこしの間のことだったのに、何年分もの修行をさせられた気分だった。


「あれでそれなりにきちんと師匠らしいことはやっていくから、何というか……なんか、だな」


「言語化できない気持ちにさせられるのはとてもよくわかります」


《私はあの人、嫌いじゃない。おかげでアローにも会えた》


 杖からベルの声が聞こえてくる。ミステルは少しだけ不満そうな顔になった。


「私はまだ貴方のことを認めてませんからねっ!」


《使い魔には用はない。私は呪いを解きたいだけ。アローに協力はするけど、貴方のことはどうでもいい》


「……ひとつだけ言っておきますが、呪術だけで言えば私はお兄様よりも詳しいですからね?侮らないでくださいね?」


《そうなの? アロー》


「ああ。事実だ。だから、ベルも多少ミステルには、歩み寄りの精神を持った方がお得だぞ」


《善処する》


「何か納得いきませんね」


 ブツブツと文句をつけながらも、さすがにこれ以上言い募るとややこしくなると思ったのだろう。ミステルも矛先を収めた。


「ねぇ、騎士の子たちが来てるわよぉ。あと、あの胡散臭い司祭」


 リューゲがふわりと姿を現す。


「ヒルダたちと、ハインツか?」


「そう」


 リューゲに促されて、アローとミステルは店から出る。そこには騎士の正装をしたヒルダとテオ、そして何やら書状を持ったハインツが立っていた。


「おはよう、アロー。精霊の縄、一部持って行ったけど、丈夫だし色々使うからもっとお願いするかもしれないって。王城の警備に使うんだそうよ。代金持ってきたから」


「見てください、ミステルさん! 騎士団証! 正騎士です! 今日は叙勲式の衣装合わせで! これで俺も一人前なれます! あ、持ち出したのばれたら起こられるのでナイショでお願いします」


 アローに代金の入った袋を渡すヒルダのかたわらで、テオが必死に騎士団証を見せている。


 ミステルは気のない声で「はぁ、そうですか」と答えただけだった。さすがに少しだけ哀れだが、義妹に言い寄るのを許すかどうかでいえば答えは否。お兄ちゃんは許しません。ということで放置する。


「ハインツは何か用か?」


 普通にここに来た理由がわからないので、率直に尋ねる。ハインツは困った顔になって肩をすくめた。


「ご挨拶だね。朝も早くからクロイツァ様が押しかけて来たよ。言い値で買うからこの店の権利を教会か自分によこせ、とね。まぁ、お布施もだいぶいただいたから、問題はない。つまり、この店は晴れて教会からの借り物ではなく、クロイツァ様の……その弟子である君のものだ」


 ぽん、と渡されたその書状は、確かに羊皮紙に書かれた権利書だった。お金の袋を腰に括り付けて、それを広げてみると、権利者の名前はクロイツァのものになっている。ロザーリエ・クロイツァ。


(あの人、しょっちゅう名前変わるのに、いいんだろうか)


 もうしばらくはあの姿のままでいるつもりなのか、権利書の名前なんてものさえ手に入ればどうでもよかったのか、判断に迷うところだ。


「師匠が妙に僕を甘やかしていくと、不穏な気配を感じるな」


「餞別ということじゃないかな? 何せこれから、色々大変なこともあるだろうからね」


「大変な仕事を振ってくるのは主に君だろう」


 今のところ魂の言伝屋の常連客は教会だけだ。きっとこれからもハインツに厄介事をもちかけられるに決まっている。ハインツは芝居がかった仕草でかぶりをふった。


「そこは、ほら、私にも色々しがらみがあるのでねぇ。できれば今後も教会の依頼は受けてくれたら助かるよ」


「オステンワルドみたいな案件はごめんだぞ」


「その点はこちらも手を打とう。さすがに君に死なれては、大魔術師様の不興を買うのでね」


 ハインツの言葉はきっと嘘ではない。クロイツァの存在は、教会にもそれなりの影響力があるのだろう。彼は隠し事はするが、嘘を並べ立てることはない。信頼してもいいだろう。ただし、女性関係についてのことは除く。


 そんなやりとりを横目に、ヒルダは「あーあ」と小さく息をついた。


「アローが教会に依頼されたら、どうせまた私が騎士団から呼ばれるんでしょう? なるべく死霊がらみはなしにしてくれません?」


「ヒルダ嬢、よくわかっているね。でも、アロー君と仲がよく、かつ実力があって、それなりに自由が利く若手、となると君くらいしかいなくてね」


「これからはテオもいますけどね。正騎士になるから」


「え、俺も巻き込まれるんですか?」


 突然自分に話を振られ、テオは少しだけ嫌そうに顔をしかめたが、ヒルダは彼をじっと見つめてつぶやく。


「……借金」


「頑張りまーす!」


 手のひらを返して張り切るテオに、彼女はもう一度深いため息をもらした。


「すまない。君が怖くない案件なら喜んで手を借りたいんだが」


「いいのよ。テオはともかく、私は友達の力になれて嬉しいし。死霊が怖いのも、いつかは克服しないといけないんだもの、これも修行ね」


「そうか」


「そうよ。だから、アローとミステルは、もっと私を頼りにしていいの」


「戦女神様は言うことが違う」


「もう、アローまでそのあだ名、やめてよ」


 そう言いながらも、ヒルダは笑った。


 アローも笑う。


 ずっと森の奥で、外の世界に憧れるだけで生きていくのだと思っていた。

 

 そうしなければならないのだと思っていた。孤独に生きなければいけないのだと。


 この先、森を出たことを後悔することもあるだろう。この力に振り回されて、傷ついたり傷つけたりするかもしれない。自分を、ベルを作った連中と闘わなければならないかもしれない。せっかくできた仲間に迷惑をかけることだって起こりえる。


 出会いばかりではない。辛い別れだってきっとある。何もかも上手くいくはずがない。友達がたくさん増えて和気あいあいと暮らしていけるとか、そこまで幻想を抱いてはいない。


 それでも。


 今は遠く感じる昔、外に焦がれて薄暗い森に閉じこもっていた自分に教えてやりたい。


 ヒキコモリ死霊術師は、世界を知った。孤独に生きなくてもいいのだということを知った。



 ――あの日の僕に、今のこの景色を見せてやりたいんだ。

最終回みたいなタイトルですが、まだ続きます。

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