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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
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99.孤独を集めて仲間と呼ぶ

 紅の光を纏った杖を、クロイツァに向かって振り下ろす。


 激しく舞った火花が、闇夜の森を一瞬昼の色に染めた。


「……ふむ」


 クロイツァはそこで初めて真顔になった。先ほどまであれほど、ニヤついていたのにだ。


(届いてない)


 アローは持てる全力を杖に集中させていたつもりだった。


 それなのにクロイツァはかすり傷ひとつ負ってはいない。髪ひとつも乱れてはいない。


(格が違いすぎると言えばそれまでだが、なかなか厳しいな)


 反撃を避けるために、すぐに精霊の縄を使って木の上へと退避する。


 しかし、予測に反してクロイツァは追撃をしてこなかった。今まであれだけ呼吸をするように放ってきた火の魔法も、すっかり収めてしまっている。


「ふふふ、はははははは!いいぞ、アロー!」


「……は?」


 突如笑い出したクロイツァに、アローは真顔できき返す。

 

 クロイツァが脈絡なくツボにはまって笑い出すのは、そう珍しいことではなかった。むしろ日常茶飯事と言っていい。しかし、褒め言葉が出るのは珍しいのだ。何せ相手は、大抵のことは指先ひとつで何とかできる大魔術師である。


 どう考えても今回の笑いのツボと、褒め言葉の意味がわからない。


 困惑するこちらをよそに、クロイツァはひとしきり笑った後、枝の上にいるアローを見上げる。


「お前にしてはよく考えた方だ。まさかここまで近づくことが出来るとは思わなかった!」


「……お、思っていたよりずっと期待されてなかった……」


 まさかそんな低次元でツボに入っていたとは思わず、そこはかとなく傷つく。


(いや、待てよ。つまり、師匠は別に僕が善戦するかどうかはどうでもよかった、ということか……)


 よくよく考えてみれば、そもそもクロイツァは『手抜き』をしてこれなのだ。アローがたとえ万全の状態であったとしても、クロイツァは余裕で勝つことができる。


 この大魔術師は天才の天災だ。一矢報いることができると考える方が、どうかしていると思えるほどの。


 アローは枝から跳び下りると、クロイツァの元に歩み寄った。もう迎撃もされないだろう。こちらも、もう攻撃する気はない。ここまできて更にやりあうのは、ただの徒労だ。


「言いたいことはまず口で言ってくれ」


「言ってわかるのか?うん?お前が無意識で冥府をほいほい開くクセを改めさせるのに何年かかったと思う?」


「……すみませんでした」


 アローは子供の頃、力を抑えるための封印の魔法道具をつけられていたが、それを全て外してもらえたのは九歳の頃だ。しかも、それから一年経つか経たないかといううちに、王都で例の死霊暴走騒ぎを起こして森に引きこもることになっている。


 つまりぐうの音も出ない。


「だから、お前がきちんとその足りないおつむで考えてやれるように手伝ってあげたんだろう。師匠の愛にむせび泣いてもいいぞ」


「自分で言わなければもう少し素直な弟子の愛を受け取れたと思うぞ……」


 とはいえ、クロイツァの言い分も身にしみている。師匠による無茶振り試練が始まってこの方、どれだけ自分が死霊術に頼り切っていたのか思い知らされた。


 カタリナの事件で魔力を使い尽くした時にも、ミステルに死霊術に頼り過ぎであることは指摘されていたのだ。


 オステンワルドの一件を死霊術で全力を尽くさずに解決できたかと言われたら、否と答えるしかない。あれは必要だったと断言できる。


 ただ、アローはあまりにも当たり前に死霊術を使いすぎていたので、それを使えなくなった時のことを考えていなかった。その結果、戦闘において仲間の足を引っ張ってしまった。


 それは認めなければいけない事実だった。


「あの女神に愛されすぎたナマグサ司祭だって、お前のように野放図に術は使っていない。必ず聖霊符を用いて、大きな魔法は手順を踏んでいる。お前に足りないのは力加減というやつだ」


「本当に返す言葉もない……」


 アローの死霊術による攻撃は、対価の支払いを気にせず呪術や黒魔術を使っていることに等しい。一歩間違えれば、聖霊魔法の使い手であるハインツよりもはるかに危険だ。頭で理解はできていても、アローは今までそれを問題としてこなかった。


「私がお前に死霊術以外のことを、それこそ森で生きていくには大して必要ないものまで叩き込んだ理由がわかったか?」


「……わかった」


「よろしい。素直な弟子はかわいいものだぞ。お前はちょっと加減を覚えろ。何も考えずに死霊術を濫用してたら、お前、あっち側に呑まれるぞ?」


「それは……」


 自分には、今までこれしかないと思っていた。いくら他の技術を叩き込まれても、結局アローにとって死霊術よりも有効な手段はない。


 だからずっと、死霊術を使い続けてきた。


 だけど、それをクロイツァに言うことはできない。今まさに、その考えこそが浅はかだと、師匠は暗に示しているのだから。


「お兄様!」


 クロイツァが完全に攻撃を止めたことが、確認できたからだろう。ミステルが飛んできた。


「大丈夫ですか?クロイツァ様にいじめられていませんか?」


「別にいじめられてはいないから安心しろ。師匠が無茶振りなのは、今更だろう」


 本気で心配そうな顔をしているミステルを、苦笑しながらなだめる。


「でも、明らかに落ち込んでますし」


「落ち込んでるのは、まぁ、その、現実を見つめて勝手にヘコんだだけだからそっとしておいてくれ」


「大師匠様に勝てないことに関しては、仕方ないのでは……」


「ああ、そうだな」


 ミステルの勘違いは正さずに、アローはそっと頷いた。


 対するクロイツァはというと、ミステルの言いがかりは華麗に無視をして、アローの手から勝手に精霊の縄をむしり取ってしげしげと観察している。


「死霊術なしのお前の戦闘についてはダメすぎてどこから突っ込んでいいかわからんかったが、正直この縄だけは面白かったぞ。ガンドライドの時も使っていたな。材料はなんだ?」


「キノコ精霊だ。あの、洞窟とかで光らせるやつ」


「ぎゃはははは! アレか! アレで縄を作ったのか! その発想はなかった! 褒めてやる、こいつはだいぶ面白い!」


いつも何かにつけて大笑いしているクロイツァだが、本当にこの精霊の縄が気に入ったのだろう。ビヨンビヨンと引っ張って伸ばしてみている。自分の発明が師匠に認められたのは、純粋に喜ぶべきところかもしれない。


「ところでアロー」


「何だ。脈絡のある会話をしてくれ」


「王都は楽しいか?」


 言ったそばから、脈絡がない。


 だが、ツッコミを入れることはできなかった。


 光霊が舞って、薄ぼんやりと夜の森を映し出す。クロイツァが旅に出てからは、ミステルと二人で暮らしていた小さな家。いつの間にか思い出すことがあまりなくなった、我が家。


「……楽しい」


 小さく答えたアローの頭を、クロイツァがくしゃくしゃと撫でる。


「なら、頑張って生き伸びろ。お前はまだあちら側に行くには早い」


 くしゃくしゃと。


 子供の頃、まだミステルもいなかった頃に、よくこんな風に雑に頭を撫でられた。


 ただぼんやりと、本の中の世界でしかなかった森の外のことを思って過ごしていたアローに、師匠クロイツァは気まぐれに優しかった。


「いつか言ったな。お前は必ず孤独になると。だけどな、お前に限らず人間は、生きとし生けるものは全て孤独だ。誰にも他人の全ては理解できないし、己の全てを理解されることはない。そして死が孤独を永遠にする」


 生きているものは全て死ぬ。それは免れることはない。基本的には。いつから生きているのか、いつまで生きるのかもわからない大魔術師は笑う。


「死なないやつは、私みたいな異端になる。種族としては生産性が薄れてやがて滅びる。結局孤独からは逃れられない。なぁ、黒妖精様よ」


 クロイツァが見上げた先には、まだ木の上からこちらを観察していたリューゲの姿があった。彼女は何も言わず、ただ顔をそらして姿を消す。


 スヴァルトも、アールヴも、もうほとんどいない。アールヴに至っては、ゼーヴァルト王家がその血筋であると言われているだけで、姿は確認されていない。


 死が、滅びが、孤独を呼ぶ。


「だから、アロー。お前が『ただの人間』でありたいなら、あちら側との付き合い方をもう少しだけ覚えろ。それと、私の方にも来るなよ。お前の向かう先は、もうお前が選んだんだ。孤独からは逃げられないが、孤独な奴らなりに寄り集まっていれば、さほど気にもならないものさ」


「師匠……」


 今のアローの周囲には、友人がいて、利害関係もあって、時には敵対する人間もいて。だけど幼い頃に夢想したように、全てを理解しあえる人間なんてどこにもない。死霊だって力で従えているだけで、アローを理解しているわけじゃない。


 あれだけお互いしかいなかったのに、ミステルのことだって彼女が死んでから知ったことがいくつもある。


 いくつもの孤独が寄り集まって、やっと人は孤独であることを忘れられる。


「というわけで、師匠のありがたい説教は終了だ。バカ弟子!」


「あいだだだだだだっ!?」


 すっかり油断しきっていたところで、再びあの激痛が襲ってきて、アローほなすすべなくその場に崩れ落ちた。


「はははは! 約束は守ってもう半分も治してやったぞ!」


「……せめて覚悟を決める暇くらい与えるべき場面では?」


 沈没しているアローにかわってミステルが抗議を加えたが、クロイツァは耳を塞いで目をそらした。絶妙に腹立たしい態度である。しかしそれに乗せられて手を出せば、痛い目にあうのはわかっていたので、ミステルはぐっと衝動を抑える。


「こらこら、ミステル。お前は美人なんだから、そんな路地裏で犬のうんこ踏んだ時みたいな顔をするな」


「どういう例えですか。そして誰のせいだと思ってますか?」


「責任転嫁は良くないなぁ、ミステル。私は約束通りアローを治してやっただけだぞぉ?お、鳥に糞をかけられたみたいな顔になってきたぞ、いかんな、可愛い顔が台無しだ」


「獣の排泄物で例えるのはやめてくださいます!?」


 ミステルが煽りに負けかけたあたりで、ようやくアローはのろのろと起き上がる。


「脳みそを引っ掻き回された気分だ」


「まぁ、脳内の魔術回路をぶっ叩いて詰まりを無理やり取ったみたいなもんだから、あながち間違ってないぞ」


「エグい……」


 もう二度と魔術回路を壊したりしない。いろんな意味でアローは心に誓った。


「さて、じゃあ、用事も済んだし。片付けて帰るぞ」


 クロイツァは涼しい顔で、精霊の縄をアローに投げてよこす。それを受け取りながら、首を傾げた。


「片付け?」


「もう要らんだろう」


 クロイツァの手の一振りで、森の山小屋は鮮やかな炎を上げて燃え上がる。


「い、家が!」


「帰らん家を残してても仕方ないだろう。ああ、荷物については安心しろ。適当にお前の店に放り込んでやったぞ」


「それはありがたい、が……そんなふわっとした理由で、僕はずっと育った我が家を一瞬で燃やされてるのか……」


 感慨も何もあったものではない。


 だけど――。


(多分、これでよかったんだろうな)


 いつか、この家に戻ってくるつもりでいた。ミステルを取り戻したら、二人で静かに死ぬまでこの家で暮らそうと思っていた。


 だけど、アローはもう、知ってしまった。森の外の世界を、その先に生きている人々を。


 手を取って笑ってくれた人のことを。


 もう森には戻らない。


 そう決めたのはアロー自身だ。クロイツァにそう指示されたわけでもないし、ミステルに流されたわけでもない。人の中で生きていく。これからも、ずっと。


 家を焼く魔術の炎は、他の森の木々を焼くことはなく、明々と照らし出す。



 ――ここはもう、師匠と、自分と、ミステルだけがいた世界ではないのだ。


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