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ヒキコモリ死霊術師はモテてみたい  作者: 藍澤李色
第三部:師匠クロイツァの試練編
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98.師匠の手抜きは甘くない

(魔術回路は血管のようなもの……か)


 半分だけしか治療されていないし、治療してすぐに本調子を出せるわけでもない。


 アローが使える魔力は、おそらく本来の三分の一程度。これをミステルの魔術とベルの杖で補う。


(魔法道具の残りは……紐だけだな)


 攻撃系はガンドライドの時点で使い切っている。もちろん、家の中に戻って探せばあるだろうが、そんな暇をクロイツァが与えてくれるはずはない。


 たとえ与えてくれても、魔法道具の攻撃など簡単に避けられるだろう。


 クロイツァのいう『全力の手加減』がどの程度のものなのかはわからないが、殺すつもりくらいでかからないと即叩きのめされるのは目に見えている。


「そうだ、もっとよく考えろ。考えないと私はお前らなど一瞬で蹴ちらすぞ。あっはははははは!」


 爆笑しながら、クロイツァはパチンと指を鳴らす。それだけで、いくつもの火球が中空に現れる。闇深い森に、赤い火の輝きで木々の陰影が描き出された。


「任せる」


「はい、主様。……お相手がクロイツァ様でもためらったりなどしません」


 神をも射抜く宿り木の矢。その意味の名を持つ今のミステルの基本攻撃は、魔術の矢による同時遠隔攻撃。


 クロイツァの放った火球を、ミステルの魔術の矢が次々と撃ち落としていく。


 その隙に、アローは地を蹴った。


 杖を持って火の粉が散る中を、身を低くして駆ける。


「おお?物理で打ってでるのか?」


「違う」


 魔術でも物理攻撃でも敵うわけがない。本当だったら出会った瞬間に逃げるのが正解だ。常闇竜の時とは違い、スヴァルトの力を借りるわけでもない。


(考えろ。何が正解なのか)


 圧倒的に実力差がある相手を前に、どれだけの力を出し切れるのか。それを試されているのだ。


(冥府の門いつもみたいに全開はできない)


 つまりいつもの死霊の大量召喚による力技は使えない。


「当然、簡単に近づけるなんてぇ、思ってはいないよなぁ、アロー?」


 クロイツァがにやりと笑う。


「もちろんだ」


 応えて、アローは残っていた紐を上方に投げた。枝に絡みついた精霊の縄が、その強靭な伸縮性でアローの腕ごと身体を引き上げる。


 跳ねあがったその瞬間、アローがいたはずのその場所で小さな爆発が起きる。当たっても死にはしないだろうが、確実に大怪我だ。


「なるほど、確かに全力の手抜きだ……」


 手抜きだからといって、叩きのめさないとは言っていない。殺さない程度にしておいてやる、という意味だ。死ななければどうせ治せるし、と言ったところなのだろう。えげつない。


 木の枝に掴まって半回転。枝に着地したものの、すでに火球が間近に迫っていた。


「させません!」


 すかさずミステルがそれを撃ち落とすが、クロイツァの追撃の方が早い。


 アロー斜向かいの木の枝に飛び移り、何とかやり過ごす。


「アロー、ちゃんと頭を使えよ?今のお前の力じゃ数打ちゃ当たるとはいかないんだからなぁ?」


「わかってる!」


 もう一度火球が飛んでくる。乗っていた枝が根元から焼け落ち、アローは一旦地上へと降り立った。


 ミステルに迎撃してもらうのには限度がある。こちらの手が追いつかなくなえるギリギリで攻撃されている、手の込んだ『手抜き』だ。


《アロー、私は何ができる?》


 手にした杖から、ベルが囁きかける。


「そうだな。ベルの力を僕が引き出せれば話は早いんだが……」


 何せベルがどういう力を持ち得ているのか、全く試せないままに本番なのだ。逆に言えば、クロイツァはこの機会にそれを試せと言いたいのかもしれない。


 ベルの本質はドルイドの魔術。それがウィッカーマンの呪いで変質したものだ。


 ドルイド魔術は基本が大地と水の聖霊の力を借りるもの。しかし、ベルは燃やされ呪われたので、水ではなく火の属性を持つ。


《アロー、また来る》


「……っと、あまり考えごともしてられないな」


 ミステルの迎撃が間に合わなかった火球が、アローに向かって飛んでくる。避け続けてもキリがない。


 ――ならば。


『死を記憶せよ!』


 アローはベルの杖に魔力を込めて、渾身の力で火球を打ち返した。


 ベルは大地と火の属性。火球を弱めることはできないが、同じ属性の攻撃なら魔力の強さで負けて杖が折れることはない。


 力技だが、火球だけなら物理で撃ちかえせる。ただ、何度もできることではない。


「さっきからお前もミステルも、防戦一方だぞ?もっと攻めの姿勢を見せろ。攻められる暇ができればだけどな、ハハハハハ!」


 クロイツァの笑い声が闇深い森にこだまする。


「ミステル! 少しの間でいい! 僕の周りだけを守ってくれ!」


「かしこまりました、主様」


 ミステルはよどみなく答えた。


 彼女の魔術による援護射撃を、アローの周りにだけに集中させる。手数は減るので、クロイツァの攻撃もその分アローに集中してしまうが、その方がミステルもやりやすいはずだ。


 アローは精霊の紐を使って近場の枝が張り出した木の、一番太い枝に跳び移る。これならば、多少火球が当たっても一回では折れないだろう。


 もちろん、クロイツァが死なない程度の手加減をしてくれる前提ではあるが。


《どうするの?》


「僕が死霊術の力を使えるのはいつもの三分の一。だから、残りをベルに補ってもらう」


《ウィッカーマンの中ほどはうまくやれないと思う》


「だから木の上を選んだんだ。この枝は『代わり』にできそうか?」


《……やってみる》


「ああ、頼む」


 魔術においてもっとも重要なものは、悪霊や聖霊との相性だ。ハインツの場合は聖霊を飛び越えて女神フライアに直通しているし、アローの場合であれば冥府から呼び出す煉獄の炎や死霊に直結する。


 だが、二番目に重要なのは術式の構築だ。はっきり言えば、これに関してはミステルの方がよほど才能がある。だからこそ彼女は十五歳の若さで亡くなっていながら、高位の魔術師霊となることができた。


 なまじアローは感覚だけで死霊術を行使できてしまっていたので、魔力を効率的に使って最大限の威力に変える構築式をほとんど使ってこなかったのだ。


 初めから最大出力の術が使えていたわけだから、今まではその必要すらなかった。


「ほう、アロー、何か考えているな」


「考えろと言ったのは師匠の方だ」


 ニヤニヤと笑いながら、クロイツァは暇を持て余したようにその場にあぐらをかいて座る。


 その間にも、アローへの魔術による攻撃が続いている。ミステルが必死に撃墜してくれているのでアローの元までは届いていないが、時間の問題だ。


(魔術回路に魔力を巡らせて、最大限に通ったところで大きな魔術を使う)


 それは、アローが今まではやってこなかった、いわば基本中の基本だった。


 聖霊魔法の使い手が、聖霊に助力を乞い、充分な加護を集めてから術を発動させるのと同じように、アローはベルの杖を通して木に魔力を少しずつ満たしていく。ベルの杖を通して木を魔術回路の代わりにするのだ。


 根が水を吸って枝葉を伸ばすように、血管が血を指先まで巡らせるように。


 目を閉じる。開ける。淡く紅く輝くアローの瞳が、見える世界を『切り替える』。


 ベルの杖が、自分が立っているその木が、血のような、炎のような紅に染まっていく。


 まるでこの木全体が、煉獄の炎に包まれて燃えるように。


「僕に続け、『ミストルティン』!」


「ええ、主様、仰せのままに!」


 ミステルがクロイツァの攻撃を迎えうつことをやめ、魔力の矢をひとまとめにする。


《アロー、この木は充分に巡らせた》


「ああ、わかった。ではいくぞ、師匠。『死を記憶せよ』!」


 枝葉の隅々に行き渡った煉獄の炎が、一斉に燃え上がり、炎の雨となってクロイツァに降り注ぐ。ミステルの放った魔術と合わさって、それは矢のごとく激しさを増す。


「おお、ようやく攻撃か!」


 クロイツァは嬉しそうにニヤついて、立ち上がる。降り注ぐ炎はクロイツァを傷つけない。すべて強すぎる魔術障壁にかき消される。しかし。


 煉獄の炎はアローにとっても脅威ではない。降り注ぐ炎の中で、アローは精霊の縄をクロイツァのすぐそばにある木の枝へと伸ばしていた。


 その伸縮力を膂力に変えて、アローはクロイツァへと肉薄する。


 煉獄の炎を宿したベルの杖を手にとって――。


『死を記憶せよ!』


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