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3月のうさぎは夜の灯りに瞬く

作者: 東椰子実


おなじみのトランクケースに


春のトレンチコート


ぽてぽてと歩く為の靴を履き、


春が眠る東京を


闊歩する準備は整った。



懐かしき場所に顔を出し、


私は笑顔を振りまいた。


ホッとしたのも束ぬ間


噛み合わない違和感が


じわりじわりと、頭の中で蠢いた。


その得体もしれない不安に首を傾げる。



高円寺のギャラリーに入り、


ゆっくりとした面持ちで


絵を眺め、愉しむ。


ふと、目の端に何かがちらつき


気に障り、振り返ると


真っ白な兎が


とんっと足を踏み鳴らし


勢いよく跳ね上がる。


驚き瞼を瞑ると


いつの間にか、


白兎はいなくなっていた。



浅草、神谷バー


久々に訪れ、電氣ブランを


ぐいと飲み干す。


頭がぐらりと揺れ、


机の隅には先程の兎が


けらけらと笑っていた。


どの場所を訪れても


いろんなところに首を出しても


私の片隅には


常に白兎が付きまとい、


私の一寸先を駆け抜けていく。


眉間にシワが寄るのを


急いで指で直し


私は負けじとその後を追いかける。



最後に訪れたのは、


浅草の飴細工のお店だった


まるでガラスの塊の様に


硬い質感の柔らかな飴の玉


それを職人さんは


いとも簡単に手で捻って、


ハサミでぱちんと切る。


「熱くはないのですか?


火傷はしないのですか」


飴細工職人はくっくと笑った。


「勿論熱いよ。80℃もあるからね。


もう慣れてしまったよ」


私は言葉を発する事も出来ずに


静かに固唾を呑んだ。


目だけはひと時も


瞬きをせずに輝かせながら


ふと隣を見ると


私の傍らで覗いていた兎が


いつの間にかいなくなった。




都会の夜はネオンが煌き


至る所で金属音が鳴り響く。


目的を持って流れる人の中で


ふと、歩みをとめる。


何処になにがあるのか


全く分からぬまま、


あの頃の私は彷徨い歩いていた。


好奇心に身を任せて、


赴くままに。


止まることも出来ずに。




最後に入った


顔見知りのカフェ屋で


一杯の珈琲と


甘くないチーズケーキを頼んだ。


変わらない味だ。


やはり奇妙な違和感を


噛み締めながら


むぐむぐと咀嚼する。



不意に先程の職人の


言葉を思い出した。


「慣れてしまった」


私も慣れてしまったんだろうか。


この場所に


この街に。



あの白兎は、


恐らく過去の自分だったんだろう。


幾つもの扉を開けて


真っ先に飛び込んで行った


3月の兎はもういない。


あまりかき混ぜなかった為か


コップの奥には


沢山の粗目が残っていた。


その一粒をじっと覗き込んでいると


何だが、とても甘く切ない


「淋しいな」


ぽつりと呟いた言葉を


店主は器用に掬いあげる。



「それは君が変わった


って事なんじゃないかしら?」


慣れてしまったんじゃなくて


私が変わってしまったのか。


それはそれで、何ともいえない。


メランコリックな気分である。





3月は別れの季節


親しき人との別れ


過去との決別


そして、3月は去っていく。


春をばら撒きながら


潔く、少し儚げに



夜の列車の窓から


私の住む街へ


一直線に車輪は動きだす。


ホームの先の先っちょで


雪の様に白い獣が


ぴょんと跳ねた気がして


私は再び瞬きをする。



さようなら


3月の兎よ。


来年また逢えたのならば


今度は一緒に旅を致しましょう。







「三月のうさぎ」から三年の月日が経ちました。変わったのは私で、慣れてしまったのも恐らくは私‥‥‥しかし、うさぎは変わらずあの場所で

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