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雨宿り(降水確率60パーセント)

 町を歩いていると、ふと不思議に思う事があります。道路に突き出たひさし。特にお店とかがあるわけでも無く、家の入口でも無く。いったい何の為にあるのだろう。


     *


 突然降り出した雨に、慌てて小さなひさしの下に身を入れた。

 天気予報では降水確率は60パーセント。100パーセントか0パーセントのどちらかにすればいいのに。

 上司から今月の営業成績をこっぴどく叱責されて、傘も持たずに会社を飛び出してしまった。

 傘の代わりにした営業鞄はびしょびしょ。

 営業成績は100か0。それは分かる。結果が出なければ仕事をしていないも同じ。でも、60パーセントでもいいんじゃないかな。 

 空を見上げると、少し雨足が収まった空にどんよりと鉛色の分厚い雲が見える。


「災難でしたね」


 鞄の中の資料が濡れていないか確かめていると、横から女性の声がした。

 声の方を見てみると、和服を着た黒髪の女性が小さなハンカチで髪の毛を拭いていた。


「降水確率60パーセントって言ってましたからね」


 俺は、言いながら鞄の蓋を閉じて女性を眺める。なかなかの美人。どこかでこんな出会いを聞いたこともある。しかし、このご時世に和服とは珍しい。華道か茶道でもしているのだろうか。


「晴れる確率は40パーセントですね」 

 

 女性はハンカチを帯に直しながら俺に笑いかけた。


「着物とは、珍しいですね。習い事でも?」


 雨が強まり、ひさしの中に吹き付ける。後のブロック塀に体が当たるまで下がる。


「普段着ですよ。意外と快適なんです」


 そんなものだろうか。うる覚えの日本史では明治にはいっても日本の女性は着物を日常着にしていたというし。


「お仕事中ですか」


 女性は首を傾げて俺の方を見る。黒髪の髪飾りが揺れてキラキラと輝く。


「営業回りの途中なんです」


 俺は雨に濡れた鞄を女性に見せる。


「雨の中、ご苦労様です」 

 しとやかな笑顔。いいものである。同僚と行くコンパでもこんな女性とお知り合いになりたいものである。取り敢えず話を続けなくてはいけない。話題を考える。


「どこかにお出かけですか」


 自然な質問。女性はまた笑うと雨空を見上げる。


「ちょっと、雨宿りに」


 そうか、雨宿りにねぇ。格好もそうだが、不思議ちゃんなのかな。まあ、それも魅力的だけど。


「随分お疲れのようですが、やはりお仕事というのは大変なのですね」


 天然系キャラなのだろう。それか、これが噂に聞く、本当のお嬢様なのだろうか。どちらにせよ、俺に微笑むその笑顔に引き込まれずにはいられない。


「上司に結果結果と言われて……」 

 

 俺、なんでこんなこと話してるんだろう。


「それは大変ですね。物事には過程がありますのに」 

 

 切れ長の瞳に吸い込まれる。いろいろめんどくさいことがあったが、もうどうでもいいような気がする。


 放たれる女性の一言一言が俺の心を優しく包みこみ、そして、ゆっくりと胸を締め付けていく。


 女性は笑顔を俺に近づける。美しい白い顔が歪んでいく。黒髪が膨らみ、狐のような尖った耳が現れる。


 俺の意識が薄くなっていく。まるで女性に吸い込まれていくような感覚。

 小さな口が横に大きく開かれ、鋭い牙が現れた。


 ああ、俺、こいつに喰われるんだ。 

 

 覚悟を決めて目を閉じかけた瞬間、目の前から女性の姿が消えた。 

 我に返り辺りを伺う。


 雨が止んでいた。


 雲の間から差し込む光に濡れた路面が光を反射して輝いている。


 一匹の黒い猫が俺の足元から走り去りながら、こちらを振り向く。


『40パーセントの確率で助かったね』


 黒い猫は俺を蔑むような鳴き声を残して、水溜まりを飛び越えて町に消えていった。



     *



 妖怪『雨宿り』……

 雨宿りに来た人間を魅了し、魂を抜き取る。その妖力は雨が降っている間だけ力を持つ。



 俺はパソコンのディスプレイから顔を上げた。

都市伝説のホームページを閉じる。 

 

「こら、私用でパソコンを使うなとあれ程いってるだろが」


 慌てて顔を上げると、上司が腕を組んで俺を見ていた。

 またこっぴどく叱られるのか、と身を固めた俺の肩を上司が掴む。


「先方から連絡があってな、契約先と折り合いがつかなかったんで、いつも足を運んでくれてるお前と話がしたいってさ」


 肩から手を離した上司は、ぽかんとしている俺に背を向けて歩き出す。


「見てくれてる人はちゃんと見てくれているってことだ」


     *


 今日の天気予報は、降水確率60パーセント。曇り時々雨ところにより雷雨。

 

 晴天確率40パーセント


 今日もどこかで『雨宿り』する人があのひさしの下に走ることだろう。

 



 ―― おしまい ――


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