アンブレラ(一般空間における時間軸操作とその考察。そして帰着)
たたき付ける雨。
傘の中の時間軸。
もう分かったよね。
みんなが貸してくれた傘の一つ一つ。独立した時間軸と交差する共有空間。
この町を、人々を覆い尽くす巨大な傘と、いろとりどりの傘、傘。
レインコートを着た女の子を連れた母親。
端末に話し掛ける男性。
傘を忘れて駆け出す女性。
学校を抜け出して大きなリュックを背負う学生。
幸せそうに手を繋いで歩くカップル。
疲れた顔の男性。
傘を貸してくれてありがとう。
雨がやんでいく。
一つ、一つ傘が閉じられていく。
霞んでいく視界の中、水溜まりに反射する、まぶしすぎる太陽の光。
私も傘を閉じなくてはいけない。
荒廃し、滅びへの坂道を加速していく私達。
もう、分かったよね。
雨が、みんなの心を繋いでくれていたこと。
共有する一つの気持ち。
例え、擬似的に作られた、偽物の雨であったとしても、私達の中に古代から続く共有認識を呼び覚ましてくれていたんだね。
降りしきる豪雨の中、ジメジメした洞窟に身を寄せ合っていた彼等。
雨が上がる事を願いながらも、その共有する空間を楽しみにしていたんだよ。
昔話をする老人。
説教じみたつまらない話をする人。
突拍子もない話をしてくれる人。
一番の人気者は、洞窟の壁に絵を描きながら、動物や空想の物語を聞かせてくれる人。
みんなから離れて、恋人と会話する人。
雨が上がる。
私の回りに広がっていく赤色の輝き。
それは、まるで、あの折れ曲がってしまった傘と同じ色で。
傘を貸してくれてありがとう。
輝く光の中、私達がもう一度、外の世界に、この巨大な傘、アンブレラを閉じるための公式が、光の中、滲んで消えて流れていく。
傘を貸してくれてありがとう。
梅雨開けの、まばゆい太陽の光。渇いた風。
光の中、赤い傘を差したまま女の子が近づいてくる。
手を差しのべてくれた。
小さなその手を握り締める。
意識は、空を覆うアンブレラ、3Dリアルホログラムを発生させる巨大な天蓋を超えていく。
突き抜けた先は、どこまでも深い藍色の空。
赤い傘の下、女の子が笑いかけてくれた。
私を助けに来てくれた女の子。
世界の仕組みが、最後の望みとして、人類がもう一度、この地上に溢れ出す希望として、共有する意識体が生み出した少女。
でも、間に合わなかったんだよね。
ぎりぎりの所で予定が狂っちゃうことなんて、よくあること。
傘をささなくては生物が生きていく事ができなくなってしまった、灰色の地球。
容赦なく吹き付ける太陽風。人為的ミスによる衛星軌道での光子炉の紘縮爆発。そしてバンアレン帯の消失。
地球の大気が、大切な傘が吹き飛ばされ、注ぎ込まれた死の雨。
もう、その真相を知る人も僅か。
皆が忘れてしまえば、あの偽りの世界が本当の世界となる。
私の意識体は女の子に手を引かれて、星の海を超えていく。
数え切れない程の星の渦。
女の子が指を指す。
銀河に散らばる星々に無数のいろとりどりの傘が開かれていく。
こんなにもたくさん。
傘の一つ一つが、生命の証。
独立形成される時間軸。そこから無尽に広がる意識体の骨組み。
骨組みと骨組みつまり、形成された意識体の隙間を埋めるために広がる色鮮やかな翼状体、つまり個であり、集合体である物。
私の手を引く女の子。
貴方は地球なんていうちっぽけな意識の集合体はなく、銀河系、いや、この宇宙そのものだったんだね。
ありがとう。
こんなに沢山の傘を貸してくれて。
もう、怖がることも、退屈することも無い。
そして、
さようなら……
*
蝉の声が聞こえました。
梅雨が明けたようです。
―― おしまい ――
【短編集 『雨の日に』投稿終了】




