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日だまりのベビーベッド(おしゃべりさんにはおしゃぶりを)

 赤ん坊の泣き声が部屋に響く。

 日が傾き、窓から差し込む光に目を覚まされたからだろうか。


 散らかる狭い部屋の中。選択物が積み上げられた壁際。テーブルの上には、哺乳瓶や、食べさしの焼きそばが残る皿やペットボトル。

 ゴソゴソと部屋の角で横になっていた母親が起き上がる。


 最近、この時間が昼寝の時間になっている。

 乱れた髪を撫でながら、母親は、ため息をつき、赤ん坊が泣くベビーベッドに歩く。

 カーテンが閉じられた。急に暗くなった部屋。泣き止まない赤ん坊を見下ろす母親。


 また、ため息をつき、テーブルの上に転がっているおしゃぶりを赤ん坊にしゃぶらせた。

 満足したように笑う赤ん坊。

 母親はその場に座り込むと、力無く俯く。


     *


 今日は朝から雨。父親が赤ん坊を背負い、カーテンを開く。

 窓の外は、叩きつけるような雨。


「雨が降ったらお仕事、おやちゃみでちゅよ」


 無精髭の日に焼けた顔を近づける父親。さっきまで笑顔だった赤ん坊が一瞬泣き出しそうな顔をする。


「そんな変な言葉、こわいよねぇ」


 オシャレなコーヒーカップを机に並べる母親。

 口を尖らせる父親。

 満ち足りた笑顔で赤ん坊は父親の背中で眠った。


 大工として働く父親は、晴れの日には朝早くから、夜遅くまで仕事に出かける。陰欝とした部屋の中、雨の日とは打って変わって、気分を曇らす母親。

 所謂育児ノイローゼ。

父親の仕事の都合上、引っ越しが絶えない生活のため、なかなか地域に溶け込む事ができない。


 赤ん坊に罪が無いことは分かっているが、泣き声を聞く度に母親はため息をつく。


     *


 今日も朝から快晴。父親は窓に向かって手を合わせて仕事に出ていく。

 散らかる薄暗い部屋。

ディスプレイには、幼児虐待のニュースが映っている。肩を落としてディスプレイを見る母親。


 ベビーベッドの赤ん坊が、天井に手を伸ばし、なん語を呟く。

 何度も、何度も。

 短い両手で、何かを掴みとるように。


     *


「随分よく喋るようになったなぁ。なにはなちてるんでちゅか?」 

 

 夜、仕事から帰ってきた父親が赤ん坊を抱き上げる。赤ん坊は、なん語を呟きながら、天井に手を伸ばす。


「ん、これでちゅかぁ」


 父親は、窓際に天井から吊り下げられた、小さな白い物体に赤ん坊を近づける。


「てるてる坊主ですよー」


 白い球体に黒の点で描かれた二つの目。


「それ、気に入ったのかしら。昼間もずっと見ているの」


 夕食の準備をする母親がテーブルに皿を並べる。


「揺れるものが好きなんだろな」


 仕事先でもらった物。願えば晴れるというてるてる坊主。今のご時世、あまり必要なものとも思えないが、仕事が早く進むよう。まあ、つまりは、出来るだけ工期を短縮して安くしてほしいって事。


     *


 赤ん坊は天井のてるてる坊主に手を伸ばし、なん語を語り続ける。


 晴れた日、陰欝な母親の背中で、日が差し込むベビーベッドの上で。


 母親は不思議そうにてるてる坊主を手に取る。

 間の抜けた顔。

 窓枠から取り外して赤ん坊に近づけて揺らしてあげた。

 ユラユラと揺れる間の抜けた顔と丸い体。笑う赤ん坊。

 てるてる坊主と、手を伸ばす赤ん坊を交互に見つめる母親。


 ああ、そうか。


 頷いた母親はてるてる坊主を握り、赤ん坊を強く抱きしめた。

 

     *


 仕事から帰ってきた父親が、早速ベビーベッドに駆け寄る。


 いない。


 部屋を見回す。


 つけっぱなしのディスプレイ。いつもと変わらない風景。言い知れぬ不安を感じて、寝室の扉を開ける。


 父親の足元に赤ん坊が頭をぶつけた。


「武司、はいはいできるようになったの」


 部屋の向こうで、床に座り、てるてる坊主を振る母親が目に涙を浮かべて笑いかける。


 赤ん坊が揺れるてるてる坊主に向かって、一生懸命、はいはいをして近づいてくる。




 ―― てるてる坊主。


 正式名はお天気端末。 組み込まれた、最新の言語解読装置が、あらゆる言語を電気信号に変換し、気象管理局に送信する。

 

 

『みなさまの多数の要望により、気象管理局では、試験的に……』

 

 ディスプレイから声が流れる。 

 


     *


 長く続く雨。薄暗い外と対象的に、明るい笑い声が部屋に響く。




 ―― おしまい ――




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