表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/12

アンブレラ(一般空間における時間軸操作とその考察)

 傘の中はタイムマシン。


 雨の日から雨の日へ。


 今日も朝から雨。

 陰欝な気分のまま、いつもの傘を開く。

 傘が広がる音が心地好く響く。


 雨の日のしとつく音は嫌いだが、傘を開くこの音は少し好みかもしれない。


 夜中までかかって完成させたレポートが入ったリュックを背負う。

 狭い路地。通りすがる人と傘がぶつかる。


 この音は嫌い。


 すみませんと声をかけてくれた男性。

 会釈する私は湿気を含んだ髪をかきあげた。

 見上げた先には、雨の中に滲む紫陽花の花。


 満員電車の手すりに掴まり、雨に煙る窓の外を眺める。高架の下には傘の花が咲き乱れる。


 駅を出てまた傘を開く。 

 しとしと降りしきる雨が傘を叩く音。

 広がったのは紫陽花の香り。深呼吸をしてその甘ずっぱい香りを胸に吸い込む。

 さっきの路地の紫陽花の香りが傘の中に残っていたのだろう。

 

 まるでタイムマシン。


     *


 降りしきる雨の中。


 私は道路に散らばるレポート用紙をぼんやりと眺めている。

 折角夜中まで頑張って打ち込んだのに。

 レポートの内容は、時間素粒子理論による時間軸操作。雨がレポートの文字をゆっくりとにじませていく。

 膨大な時間をかけて築き上げた時間操作の数式がまるで、雨の中に咲く紫陽花のように広がっていく。


 私の思考を妨げるように、救急車のサイレンが響く。 赤いライトの光が路面の水溜まりに無数に反射して。


 傘をささなくちゃ。


 紫陽花の香りを頼りに目線を移す。

 グニャグニャに折れ曲がった赤色の傘が見えた。


 傘の中にはいらなくちゃ。


 一般空間における時間軸は一つ一つの傘と同じ。

 傘と傘が触れ合うと、お互いの傘の中の空間が融合しあう。

 紫陽花の香りは私の時間軸に入ってきた来訪者。

 違う時間軸の傘を持つ一人一人が触れ合い、空間を共有し、時間軸を共有しあう。

 私と傘を触れ合わせたあの男性とは、全く違う時間軸を持つ孤独な個。

 でも、あの時、私とあの男性の時間軸が共有され、二つの傘の下に新しい時間軸が形成された。


 

 時間軸の操作とは、単に傘を閉じるだけでいい。こんな簡単な事にどうしてみんな気付かないのかな。


 雨が道路に打ち付ける。


 雨粒に混じる赤い色は私の体の中の色。


 傘をささなくちゃ。


 私の時間軸を、あの心地好い紫陽花の香りを。


 傘に伸ばす私の手はもう自由には動かない。


 私の時間は、折れ曲がったあの傘のように、もう、個の時間軸を保つことができなくなってしまっていた。


 ただ、少し離れて、私を見ている色鮮やかな傘の群れが見える。


 その傘を一つ貸して下さい。



 ―― おしまい ――


 いきなり、少しハードな内容でした。次話からはソフト路線になります。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ