Karma4.-Tudura-
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最初ですか?
初めてあの「図書館」に迷い込んだ時は、そのまま勉強部屋にいたんですけど、這いずりまわっていた化け物に、気づいたら殺されていたみたいで。びっくりですよね。
二回目ですか?
二回目は、二階のAV閲覧スペースから出てきた手に絞め殺されましたね。まさか、テレビから本当に屍が出てくるなんて思わないじゃないですか。
三回目ですか?
三回目は、AV閲覧スペースを躱して入口のガラスのドアに映り込んだ自分に殺されました。まさか、ガラスに映った自分が飛び出てくるなんて、思わないじゃないですか。
四回目ですか?
四回目は、入口のドアから出てきた自分と、図書館内で追いかけっこしているうちに、いつの間にか増殖していた自分のどれかに殺られたみたいですね。もしかしたら、図書館内の何処かのガラスか何かに、無意識に映っていたのかもしれませんね。
五回目は、図書館の中をやみくもに廻ってもダメだと思ったので、事務室の中に侵入したんです。そこで、事務室の中にあった本棚の本から化け物が飛び出してきて、ソイツに。そういえば、その時に、視界の隅に入った「あの人」を見つけたんでした。
六回目で、「あの人」とようやく合流出来たんですけれど……。そこから数回は、私ではなく、その人が死んでしまって、気づいたらまた最初から、ってなっていました。多分四回ほどは繰り返したかと。
合流して最初の回では、あの人――呼びづらいので「先輩」で良いですか? ……ありがとうございます――先輩の持っていた文庫本を修理せずに持っていたんです。で、気がついたら先輩の文庫本の頁、無くなっちゃっていて。気がついたら眠るように……。
だから二回目では、きちんと先輩の本は修理しました。ただ、私の不注意で、ガラスに映り込んだ自分に先輩が襲われてしまって。まさか先輩の方まで飛び出てくるのは誤算でしたね。
三回目は、地下まで行こうとした階段で、二階から降りてきていた化け物に捕まりそうになった先輩が私の身代わりに……。そういえば、地下に行く前に、奥の部屋から何か音がしていました。……コンビニのコピー機のような音が、ずっとです。
四回目で、先輩が自分の本を真っ二つに破いてしまって。先輩の方は私のと比べて比較的薄目の作りだったから、男性の力ならそんな事も出来てしまうのかもしれませんね。そこまでの行動に至るまでの先輩の心情を察せられなかった私の不注意でしょうね。
合計で十一回目。私と先輩は、無事に地下の書庫に辿り着けたのですが……。そこからの脱出法が解らなく、階段に通じているドアを突き破ってきた化け物に追い散らされてしまって、先輩とはぐれてしまったんです。
それで、先輩は地上の階段の方に向かったと思うんですけど、私は逆方向のドアに向かってしまったみたいで。「車庫」って書いてあったから、思わず外に出られると思ってしまったのかもしれません。
それで、その「車庫」に通じるドアを開けたら、此処に辿り着いていたのですが……此処もあの「図書館」なのでしょうか?
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「違いますよ。此処は『ミセ』です。通常とはかなり違うと思いますが、『書店』です」
そう言って、僕は、少女――綴――のティーカップに、おかわりの紅茶を注いだ。綴はそのお茶を、礼を言ってから飲む。あれだけ語った後だ、やはり喉は渇くのだろう……例え、既にその『生』を終えた存在であったとしても。
「綴といいます。文字を『綴る』と書いて『つづら』と読ませていました。親が言うには、糸偏のつく名を着けたかったのだとか。名前の響きだけで覚えられていると、名簿なんかを作るときにパソコンの変換で誤字を良くされてしまったのですよね。そう言う時は、親をつい恨んでしまいました」
自己紹介をし、彼女の名を尋ねた時に、綴自身がそう言っていた。口ぶりが全て過去形だったのが気になったので、そこを突っ込んでみると、あっさりと彼女はこう言った。
「私は、既に死んでいますから。ただ、あの『図書館』から、『あの人』を無事に帰してあげたいだけの存在なんです」
以前、自分の手で、マニュアル本に付け加えた項目を思い出す。
『死者の物語の改竄は行う事が出来ない。しかし、黒猫の囁きに乗ってしまう可能性はある』
綴の様子を見る限り、話しぶりを聞く限りでは、黒猫の囁きにまんまと乗せられるような少女ではないことは分かる。しかし、油断は出来ない。いつあの黒猫が現れるかもしれないという緊張感の中、僕は彼女の望みを聞き出す。
彼女はどうやら、歪に歪んだ「図書館」を巡り続けているようだ。それも、自分の脱出ではなく、先輩と呼ぶ人物を脱出させるためだけに、何度も、何度も。
この年頃の少女には、それは随分な苦行だったろう。
事実、既に時を止めているはずの彼女の顔には、疲労の色が出ている。
「……あの場所から、先輩を助け出すことは、私には無理なんでしょうか」
すっかり自虐モードに入ってしまった女子高生は、立ち直るのに時間がかかるモノだろう。普通は。
だが、僕の見た限りでは、彼女にはその辺の女の子よりも、強かな意志があるように思える。
彼女なら、僕の考え得る、もっとも効率的な、「図書館」からの脱出方法を、実践できる器があると、そう見込む。
正直に言うと、僕の考案するアイディアも、普通の女子高生にとってはかなりの難易度のミッションになるだろう。
だが、相手は何度も同じ「目的」のためなら何度でも同じ「図書館」の、異形のモノたちが立ち込める道を歩ける綴という存在だ。彼女なら「先輩を脱出させる」という「目的」のためなら、それこそ手段を択ばないだろう。何故なら、それが、今の彼女の存在理由だからだ。
よほど疲れているのか、普段はあまり好まないという甘い味付けの焼き菓子をもそもそと食べる綴に、僕はある提案をする。
……これでは僕の方が悪魔のようだ。彼女に『業』を背負わせて、それでも「先輩」を助けたいのかと、無慈悲な問いを投げるのだから。
当然、彼女は何をしてでも彼を脱出させる手段を手に入れたいと答える。――ますます僕が悪者のようだ。
「まず、その『図書館』に出てくる化け物たちの対処法は、既にご存知でしょうか?」
「対処法……そういえば、一度足元を照らすのにスマートフォンのライトを点けていたことがあったのですが、それで撃退出来たことがありました」
「そうです。その『図書館』に出てくる化け物たちは、全て『図書館の資料』達ですから、日焼けするのは嫌いなんです。つまり、彼らの大半は光に弱い。なので、次に『図書館』を回る際には、そのライトを肌身離さずに持っていてください」
僕は二階の作業机から取ってきた「Tudura」という表題の本を捲りながら、綴に「図書館」の化け物たちの対処法を教える。「Tudura」の本自体には加筆も修正も出来ない上に、肝心の「先輩」の本は作業机には載っていなかった。
「Tudura」の本には、彼女の死後であるにもかかわらず、まるで番外編でも付け足すかのように、「図書館」での彼女の行動が詳細に綴られていた。
「さて、肝心の、『先輩を図書館から脱出させる方法』に入ります。一度しか言えませんので、心して聞いてくださいね……お分かりかとは思われますが、仮にこのミセで僕の話す内容をメモしても、ソレをミセの外へ持ち出すことは出来ませんので、ご注意を」
僕の言葉に、綴はしっかりと頷いた。
僕はその様子を認めると、続きを話す。
「まず、勉強部屋という場所ですが、ここは一旦出てください。そのまま一度入口のガラスのドアに自分の姿を映してから、もう一度勉強部屋に戻ってください」
「一度、入口に行って戻るんですか?」
「はい。そうしないと、『図書館』自体の時間経過に影響を及ぼすようですので。では次です」
綴が僕の話す内容を理解しているのを確認してから、僕は次に移る。
「午後九時を過ぎた後の勉強部屋から出たら、もう一度入口のドアに自分を映してから、事務室に入ってください。この時、外には聞こえない程度の声量で声をかけながら歩き回ってくださいね。事務室の奥に給湯室がありますから、そこで先輩と合流してください。給湯室前の本棚に修繕待ちの本が有るので、そこからも化け物が出てきますのでご注意くださいね。それから、先輩の文庫本が化け物に食べられているはずですので、事務室内の修繕スペースで修繕してあげてください。この時に、こっそりブックカバーの中身を貴女の文庫本と入れ替えてください」
「文庫本を……入れ替えるんですか?」
「はい。この工程が無いと、いくら廻っても先輩さんは助けられません。貴女の本は『紫』、先輩さんの本が『青』になるようにしてくださいね」
「わかりました」
「さて、先輩さんと合流した後は、一通り事務室内を探索してから、図書館内の非常口を回ってください。そこで全てのガラスに貴女を先輩さんの姿を映すと、最後のガラスだけ、とある場所を示しますので、そこでの指示に従ってください。そうすると、今度は別の場所がポイントされますが、これは先輩さんがご存じのはずの場所です。先輩さんは真っ直ぐにそこへ向かおうとするはずですので、それは一旦引き留めて、廊下の一番奥の音のする部屋に入ってください」
「コピー機の音の部屋ですか」
「そうです。そこで、各色の紙をそれぞれ二枚ずつ、集めてください。先輩さんに見つかっても構わない工程ではありますが、さりげなく、を心がけてください。集めた紙は貴女の鞄に入れて置いてください。出来るだけ、破損の無いようにお願いします」
「コピー機の部屋で、二枚ずつ紙を集める……」
「それが終われば地下へと移動しても大丈夫です。おそらく先輩さんが地下への道案内をしてくれるでしょうから、そこは彼の言うとおりに進んでください。地下の書庫に付いたら、ライトで辺りを照らしてください。次の場所への指示が書かれているはずです。その答えも、先輩さんはご存じのはずですから、そのまま彼に付いて行って大丈夫です」
「地下の書庫を照らす……」
僕の説明する内容を咀嚼するように、要点のみを呟く綴に、僕はさらに脱出のための手段の説明を再開する。
「指示通りに進んだら、しばらくは辿り着いた部屋の指示に従って行動してください。そうすると、貴女の学校の図書室に出られるのですが、ここで注意がいくつかあります」
「……私の高校に!?」
驚く彼女はさておき、僕はいくつかの注意事項を挙げていく。
「まず、彼は真っ先に図書室内に飛び出そうとすると思いますが、それは絶対に引き留めてください。次に、彼が貴女に贈ったはずのブックカバーがあるはずですので、それは絶対に彼に渡してください。その時に、『青』のカバーがかかっているはずの彼の本と、貴女の『紫』の本を確認してください。逆だとまた最初からやり直しになります。それと、彼には気づかれないように、高校の司書室に散らばっている紙の中から、『図書館』で集めたのと同じような紙が一枚だけあるので、それを回収してください」
「ちょっと待ってください」
僕の説明に、綴が制止をかける。
「私たちの高校の七不思議に、『夜の図書室に入ってはいけない』というのがあります。もしかして、今回の『図書館』での怪異はそれと何か関連が?」
綴の鋭い指摘に、僕は是と答える。
「えぇ。ですから、綴さんの高校の『七番目の七不思議』を先輩さんが知ってしまっても大丈夫なように、貴女のブックカバーを渡して、司書室の紙は貴女の分だけ回収するんです」
僕の説明で納得したのか、綴はそれ以上は何も聞いてこなかった。
「『青』の本とブックカバーを渡したら、先輩さんは図書室の方から外に出てもらって構いません。……貴女の方も、じきに『迎え』が来るでしょうから」
焼き菓子と紅茶を飲む綴に、僕は一冊の本をテーブルに出す。それは彼女が『次』に持ち運ぶための『青』の文庫本だ。
「……貴女の『生』は既に終わっていて、彼がそこから出ようが出まいが関係ないのですよ? 本当に、行くのですか?」
僕は改めて綴に問う。最期のティータイムを過ごす彼女の表情は、とてもティータイムを楽しむ年頃の少女のモノではなかったが。
「貴女が『七番目の七不思議』という『業』を背負う事で、先輩さんを解放する、本当にそれで良いのですね?」
しつこく尋ねる僕に、綴は是と答える。
危険な賭けに出る彼女を止められなかった僕は、仕方なく彼女にこう言う。
「それでは、綴さん。契約の内容は、この通りでよろしいですね?」
先輩と呼ぶ人物のために「業」を背負う、そんな契約を、迫る。
黙って頷く綴に、僕は仕方なく、最後にアドバイスにもならない小言じみたことを言ってしまう。
「……チャンスは一度きりですよ。もし、この内容通りに進められなければ……この契約も無駄になってしまいます。……本当によろしいのですね?」
しつこく尋ねる僕に、それでも是と答え続ける綴に、僕はとうとう『青』の文庫本を彼女に手渡した。
中身を確認した綴は、最期に一言だけ告げた。
「……ありがとう」
そんな彼女に、僕は作り上げた笑顔を浮かべて、優しい言葉をかけてやることしかもう出来ない。
「さぁ、時間が有りません。貴女にも、彼にも」
そう言うと、綴は鞄に『青』の本をしまい込み、『ミセ』を後にした。
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残された僕は一人、紅茶を啜りながら、こう呟き、願う事しかできない。
「……彼らの運命に、幸あらんことを」
参考→夏ホラ2015参加作品「綴-Tudura-」
【http://ncode.syosetu.com/n7021ct/】