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未来屋書房  作者: 華月蒼.
未来屋書房―継―
8/11

Karma3.-Juni-

 

 

 

 ――どうしてみんな、私にひどいことばっかりするの?

 ――どうしてだれも、私のことをたすけてくれないの?

 ――どうしてだれも、私のことを――

 

 

 

*****

 

 

 

 僕はいつもの様に、ミセ中に散らばった本の片付けをしている。

 先日見つけた、無限に広がるかのような空間の作成の再現の方法が先代の日誌に綴られていたのを試してみたら、なんと成功したので、今は四つ目の異次元空間的な倉庫に、せっせと本を運び込んでいる。


 ……コレで少しは、まともにお茶を飲める空間には近づいているはずだ……。


 本運びもひと段落したので、僕はティータイムでもしようかと、ミセの二階にある簡易キッチンに向かう。

 お湯を沸かし茶葉を選び、ティーセットを取り出す。ポットを一つとカップとソーサーのセットを()()()()……。


 どうやら来客があるようだ。

 埃だらけの服で迎えるのもなんなので、僕はお湯が沸くまでの間に、着替えも済ませることにした。




 やがてミセのドアから入ってきたのは、黒髪のまだ十歳にも満たないのではないかという少女だった。

 ただ、そのあたりに普通にいるであろう(その少女が来たであろう世界においての基準でだが)少女と異なる点がいくつか目に付いた。


 まず、少女の衣服の隙間や、隠れていない部分に見られる、痣や傷痕。痛ましいことに、それは少女の顔にまで及んでいる。――親からの虐待か、あるいは学校でのいじめか……もしかすると、その両方かもしれない――

 次に、少女の年齢からは考えられないほどの濁った瞳。生気を感じられない、その年頃であれば未来への希望や夢に満ちているはずのその瞳は、ただただ混沌と淀んでいるだけだ。何も映していないと言う事は無いだろう。少女は手探りで前に進むわけでもなく、普通に僕の指示通りに、用意した椅子に腰かけている。

 その他にもいろいろと目に付くものはあったのだが、特に気になったのは衣服だ。彼女の世界で彼女くらいの年頃であれば、お洒落などに興味を持ち、ことさら衣服や化粧品などに興味を持ち始め、こだわり始める頃合いだろう。ところが、少女の衣服は汚れているとか貧相なデザインだとか言うレベルを超えていた。破れや破損なども目立ち、とてもじゃないがまともな親が子に着せるような服ではない。――彼女の「世界」にソレがあるのかはわからないが、貧困街などに棲みつくような捨て子や孤児(みなしご)達よりも少しはマシかどうかといった程度だ。

 もしかすると、僕の目に付いた部分の大本は繋がっているのかもしれないが、此処に来たと言う事は、彼女は何か願いがあるのだろう。――彼女がその願いを自覚しているのかどうかは別として。


「こんにちは。随分と、遠くからお越しいただいたようですね」


 少女の前に、ケーキと紅茶を差し出すと、彼女は貪るようにケーキを食べ始めた。

 その間、無言。


 おかわりに三つ出したケーキや焼き菓子を食べ満足したのか、少女はミセの中をぐるりと見回す。


「……ごちそうさまでした。お兄さんはだぁれ?」


 どうやら、会話は可能なようだ。心なしか、彼女の瞳の濁りが、少しだけ薄らいだように見える。


「僕は曜といいます」


「曜お兄さん」


「貴女のお名前は、何て言いますか?」


「私は、ゆにっていいます」


 少女の名は「ゆに」というらしい。……おそらく後で二階の作業机に行けば彼女の「本」があるはずだから、「ゆに」の本名はそれで確認することにしよう。


 僕は、近くに(何故か)あった救急箱を取り出して、彼女の同意を得てからゆにの身体の傷の手当をすることにした。


「曜お兄さんは、やさしいのね」


 シュルシュルとゆにの痣だらけの腕に湿布を貼り、包帯を巻いていた僕に、彼女はそう言った。


「……そうでも、無いですよ?」


 ゆにの左腕の、既に化膿してしまっている傷口の処置をしてから、こちらにも包帯を巻いていく。

 僕の事を「優しい」という人間は、だいたいにおいて二パターンに分けられる。一つ目は、性格や人としての何かが捻じ曲がった、およそ真人間とは言い難い人物。このミセに来る前にも、散々世話になり、世話を掛けた類の人間達でもある。もう一つは、それまでの人生でまともな「愛情」に触れられなかった人物。そのほとんどが、貧困街やゴミ捨て場に棲みつくような、捨て子や孤児のような子供達だった。


 ゆにはどちら側だろう。


 無言で彼女の脚の傷の手当をしながら、僕は両手の処置が終わり、手が使えるようになったことでまた菓子を食べ始めたゆにの話しに耳を傾けていた。




*****


 みんなね、私にひどいことばっかりするの。

 私だってね、べつに、さいしょっから、一人ぼっちだったわけじゃないのよ?

 小っちゃいころから、ルカとムツキとフミヒロくんがいっしょだったの。フミヒロくんだけは、私たちよりもいっこ下の学年だったんだけど、でも、フミヒロくんだけは、私にさいごまでやさしくしてくれたの。


 学校のみんなは、なんで私にいじわるするのかわかんない。

 いたいよ、やめてよ、って言っても、わらいながら、私にいたいことするんだ。

 きょうかしょとかノートとか、おきに入りだったえんぴつも、いつのまにか、なくなっちゃうの。クラスのみんなは、それを見てわらってるの。何日かたったらゴミばことか、学校のげんかんとかで見つかるから、先生たちもきちんとさがしたりとかしてくれなくなっちゃった。

 それからね、ルカもムツキも、私と話してくれなくなっちゃったんだ。

 でもね、フミヒロくんだけは、私と話して、あそんでくれるんだよ。私もフミヒロくんのこと大すきだから、それはとってもうれしかったよ。


 え?

 パパとママ?

 あの人たちなら、私のことほったらかして、ぱちんこに行ったりとか、うわきとかデートとかしに行ってるよ。

 ううん、私のことほっといてくれるなら、まだマシなの。

 あの人たちも、わらいながら、私にいたいことするの。

 ぱちんことか、うわきとか、げーむとかで、イヤなことがあったら、ぜんぶ私のせいなんだって。

 そう言って、いたいこと、いろいろするの。


 そういうふうにすごしていて、ある日、いわれたんだ。

 だれに言われたのかはわすれちゃったんだけど。

 「お前なんかしんじゃえばいい」って。そうしたらね、クラス中からそう言われるようになったんだ。


 パパとママにそのこと言ったらね、あの人たちもクラスのみんなと同じこと言ったの。

 「お前なんかしねばいい」って。


 私、いらない子だったんだ。


 それがわかったから、私は学校のつくえに「ゆいごんじょ」をおいて――


*****




「気がついたら、曜お兄さんのお(うち)にいたの」


 ゆにの身体の傷の手当を終え、乱雑な方向に歪に切られていたせいで荒れ放題だった黒髪を、何とか見れるように整えた僕は、彼女の話しがひと段落ついたことを悟った。

 後ろの伸びっ放しの髪に比べて、サイドの髪が短く切られてしまっているため、前髪と合わせて所謂「姫カット」仕様にして、後ろ髪も適当に整えてやる。主に短く切られてしまった部分に合わせて切りそろえてやるだけしか出来なかったが、元々の髪質は良い方だったのか、それだけでも見た目の印象はだいぶ変わったと思う。


 鏡を見せてゆにに髪型の確認をしてもらっている間に、おかわりのお菓子を持ってくると告げ、僕は二階の作業机に向かう。


 机に置かれている「Juni」と表題の付いた本を手に取る。

 今回は、マニュアル本は置かれていなかった。


 「Juni」の本を捲ると、「ゆに」の本名が記載されていた。どうやら彼女の本名は柚爾(ゆに)と書くようだ。……柚爾本人はともかく、彼女の両親は辞書を見ずに娘の名前を表記できるのだろうか。……きっとできないだろう。彼女の口からきいた話しでは、少なくともまともな親ではなかったようだし……。


 柚爾の本名の次に目を引いたのは「享年」の文字。

 他の人物の本であれば、存命中であれば「年齢」と表記され、歴史上の人物筆頭とした既に鬼籍に入っている人物の場合はこちらの「享年」が用いられることが多い。


 ――つまり、柚爾は――


 ふと嫌な予感がして、「Juni」の本を手にしたまま階下へと急ぐ。

 そこには、僕の手によって見れる外見に変わった柚爾の姿と――黒猫がいた。

 マニュアル本に書かれていたある文面を思い出す。

 『度々現れる黒猫(害獣)には注意すること。関わっても碌なこと無し』。――既に思いっきり、しかも仕事の方に関わってきちゃってますけど、しかも向こうの方から。


 喋る黒猫に対して驚きはないのか、柚爾は黒猫と楽しそうにお喋りをしている。


 やがて、こちらに気がついたのか、手を振る柚爾と首を傾けてこちらに振りかえる黒猫。


「やぁ、ご店主。まさかロリ趣味があったなんて驚きだぜ」


「……無いですよそんなもん」


 むしろ柚爾の年齢を考えたら、ロリロリータコンプレックスではなくペド(ペドフィリア)ではないだろうか……いや、今はそんなことはどうでもいい。


 如何に黒猫を柚爾から引きはがそうかと思案する僕をバカにするように、黒猫は柚爾に残酷な真実を告げる。


「なぁ、ユニ姫? このオニーサンのミセじゃあ、お前さんの願いは叶えらんねェよ? ……だってお前、既に死んでんじゃん?」


 書きかけの物語は、途中で推敲したり編集することが可能だ。しかし、一度完成品として世に出てしまった書物の内容を再び書き換えることは、なかなか難しい。

 それが、「人々の生きた可能性(運命の物語)」であれば尚のことだ。


 黒猫の言葉に黙り込む僕に、柚爾はさらに残酷な問いを投げてくる。


「曜お兄さんも、ゆにのみかたじゃないの?」


 どうやらこのミセのシステムについては、黒猫から既に聞いてしまった後なのだろう。……都合の良い面も悪い面も含めて、全て。


「ユニ姫、こっちに来いよ。オレに付いて来い。少なくともこのミセじゃぁお前の願いは叶わないが、オレの方なら、お前の頑張り次第では、願いも夢も、叶うかもしれないぜ?」


 悪魔の囁き(甘言)だ。そう思ったが、僕には柚爾に対して掛けてやれる言葉は無い。


「本当ッ!?」


「もちろんさ。まぁ、今回は特別に途中参加だから、ある程度制限は掛けさせてもらうけどな……いや、途中参加自体が既に制限になってるか」


 (店主)の前で無常にも行われる悪魔との契約を、僕は止める(すべ)を持たない。


「オレの主催するゲームで勝ってこい、ユニ姫。そうすれば、お前の願い、叶えてやるぜ?」


 そう言って、黒猫が顎をしゃくると、柚爾の姿が変わっていく。

 黒かった、僕の整えてやった髪は真白に。茶色がかった瞳はオレンジ色に。見窄(みずぼ)らしかった服装は、白のワンピースに。手にはお菓子ではなく双剣が握られている。


「さぁ、ユニ姫。お前の願いは何だ?」


 そう問われた「ユニ」は、黒猫に応える。


「えっとね、ずーっとわかくてキレイなままでいたいなー。それとねー、私のためにみんながよくしてくれて、私のことを一ばんに、あいしてくれる『世界』がほしい!」


 そう答えた「ユニ」に、黒猫はニヤリと笑みを隠そうともせずに言う。


「なら、ゲーム参加の『願い事』が『不老不死』、ゲーム勝利後にキングの特別報酬としてお前の望む『世界』とやらを与えてやるよ」


 そう言って、黒猫が「ユニ」に促すのは、ミセの玄関ではなく、庭に出る方の大きな出窓。


「うんっ、私、がんばる!」


 そう言って、「ユニ」、いや柚爾は、黒猫の後をついて、戦場という名の『ゲーム』へと向かってしまったのだった。






*****


 その後、黒猫が戻ってこないことを確認した僕は、マニュアル本に初めて自分の字で、とある事柄を書き足す。

 歴代の店主の文字は、みんな同じようでいて、微妙に違う。

 そこに、僕の字が加わった。


『死者の物語の改竄(書き換え)は行う事が出来ない。しかし、黒猫(悪魔)囁き(甘言)に乗ってしまう可能性はある』







 

 

 

 

 

ヤンデレがヤンデレになる前の物語。


「ユニ」のその後はこちら

「CHECK!」→「巡り続ける僕たちの物語」→「???」


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