Karma5.-Hikari-
僕はいつもの如く、『ミセ』の中にある本の整理に明け暮れていた。
床に散らばる、「人々の生きた物語」を綴るその本達を、ミセの棚や、書庫として作成したスペースに、名前順に収めていく。
そして、僕は本の整理をしながらも、とある本を常に探しているのだった。
……この『ミセ』に来る前に生き別れてしまった、兄の本だ。
兄の本さえ見つかれば、僕と別れた後の足取りを追う事も可能だろうし、もしかすれば今からでも彼と合流できるかもしれない。
淡い期待だが、僕はそれを心の支えにして、この『ミセ』と呼ばれる空間に籠り続けていたのだった。
……自分が『ミセ』に籠り始めてから経った年月の長さも知らずに。
ふと、本の山を運んでいると、とある本が目に付いた。
他の本と比べても、異常に分厚いのだ。
「人々の生きた物語」を綴る以上、その人生の長さによって、本の厚さはまちまちだ。例えば生まれて間もなく亡くなってしまった赤子の本であれば、それはもう「本」というよりは何かのパンフレットのような「薄さ」になってしまうし、逆に長寿の人であればそれに比例して、「可能性」の数も多くなる為、かなりの分量の書物になる。
ただ、目に付いたその「本」は、今までこの『ミセ』の中で目にしたどの本よりも分厚く、重厚で厳かな雰囲気を醸し出していた。
その本と一緒に手に取った本を、所定の場所に収めた僕は、その異様な書物を確認してみることにした。
――もしかすると、兄の本ではないかという期待もあったおかもしれない。
しかし、その本の表紙に書かれていた表題は「-Hikari-」だった。
……僕の名前「曜」と同じ読みだ。
パラパラとめくってみると、様々な「ヒカリ」の人生が綴られているのが分かったが、どの「ヒカリ」も最終的に、とある一つの『ミセ』の店主になる所で締められているのが不可解だった。
普通の本であれば、その本の締めはその人物の「死」、つまり人生の終わりだ。
僕が推測するに……これは「僕達」のように様々な『世界』を巡っていた、もしくは繋がっていた「僕」の全てが綴られている本なのではないだろうか。
――僕の本なんて、あったのか。
何故か、自分の「本」が「在る」ことに驚いた僕は、これなら兄の本もいつか見つかるかもしれないと、希望を持つ。
心持ち明るくなった気分に、僕は一休みしようと本を開いていたテーブルを離れ、キッチンへ向かった。今日は先日見つけた、あのお気に入りの茶葉を淹れようか、などと思いながら……。
僕の離れたテーブルでは、本が独りでに頁が捲られ……とある頁を開いていた。
*****
この「本」を見つけた店主の貴方は、この『ミセ』について識る必要がある。
なぜ、このような『ミセ』が存在するのか。
なぜ、店主に「僕」だけが選ばれるのか。
なぜ、兄と離別するのか。
初代店主・曜が綴る、「最初のミセ」について、これからご紹介しようと思う。
*****
僕がテーブルに戻ると、開いた覚えのない頁が開かれており、そして僕は――
――「僕」の本の中に引きずり込まれるように、『「初代店主・曜」の世界』に降り立っていた。
短いですが、今回はここまでになります。
次回からは、章が変わり、文体も現在の一人称から三人称へと変更する予定です。
次章「未来屋書房―臨―(仮)」、お待ちいただければ幸いです。




