夏の定番アイテムを持って異世界へ
最高気温が、人の平均体温よりも高くなると予想された8月のとある日。
僕こと笠村優斗は、スーパーでの買い物を早々に済ませ、異世界『アズベルグ』へ向かうことにした。
『アズベルグ』の季節も夏だが、日本よりは幾分涼しいはず。そう思っていたのだが。
「暑苦しい……」
アズベルグに転移した僕を待っていたのは、炎天下の中、タンクトップに短パン姿で腕立て伏せに励んでいる中年男性の姿だった。
金髪を短く刈り込み、顎に無精髭を生やした男性の名はアルゲルト=クーガー。良く言えば精悍、普通に言えば目つきが悪い冒険者だ。
僕の相棒兼保護者役を自称し、僕が管理を任されている屋敷に居座っている人物でもある。
「――ユウト、遅かったな!」
僕に気が付いたアルゲルトは、腕立て伏せを止めた。近くに置いてあったタオルで汗を拭きながら、僕に近づいてくる。
(汗臭い……)
僕はちょうど風下にいるらしく、生暖かい風がアルゲルトの汗の臭いを運んでくる。
「水よ、押し流せ【スプラッシュ】」
詠唱を一部省略した水属性の下級魔法で、アルゲルトの頭上に水の塊を生み出す。汗の臭いとその原因を洗い流そうとしたのだが、
「うおっ」
アルゲルトは地面を転がって、水を回避してしまった。
「いきなり何しやがる!」
「いや、汗臭いからシャワーを浴びてもらおうかなと」
理由を訊かれたので、僕が素直に答えると、「ちょっとしか汗かいてないのに…」と少し傷ついた様子だった。汗をかいている本人には分からないのかもしれないが、臭いものは臭いのだから、仕方がない。
「お風呂で水でも浴びてきてよ。その間に、冷たい物を用意しておくから」
アルゲルトを風呂場へ送り込んでから、僕は台所に向かった。スーパーで購入してきた西瓜(1/6サイズ)を食べやすいように包丁で小分けにしていると、
「何だ、これ?」
背後からアルゲルトが覗き込んできた。
「『西瓜』っていう、僕の世界の果物。……それにしても、ずいぶん早くない?」
「ユウトを待たせないように、急いで来たからな」
アルゲルトの髪からは水がぽたぽた、いや、ぼたぼたと落ちている。
汗臭さは無くなったが、風呂場からここまで、大量の水滴を巻き散らかして来たに違いない。
(後で雑巾がけしてもらおう)
のど元まで出かかった溜め息を飲み込みつつ、西瓜を盛り付けたお皿を持って、僕はアルゲルトと一緒に客間に向かう。
勢いよく西瓜に齧り付くアルゲルトの横に座り、のんびりと西瓜を食べていると、小さい頃に母親から言われた事を、ふと思い出した。
「そういえば、言い忘れていたけど。種は飲み込まないよう注意してね。……体の中で芽を出して、お腹を食い破って外に出てくるかもしれないから」
軽い冗談のつもりだったのだが、アルゲルトは真に受けてしまったらしい。西瓜を口元に運んだ状態で固まっていた。顔色も心なしか、青ざめている。
「俺、種ごと喰っていたんだが……」
「えっと。ほとんどの場合、種は胃で消化されるはずだから。それにね」
「もし、消化されなかったら? 俺は、死ぬのか?」
アルゲルトは頭を抱え込んで、俯いてしまった。
「冗談だよ~」と笑って言い出せる雰囲気ではない。
(どうしよう)
内心焦りつつ、
「あのね、アルゲルト。僕が言った事は、冗談というか、種を食べてお腹を壊さないように、親が子供にする作り話なんだけど」
すると、アルゲルトは少しだけ顔を上げてくれた。目を僕の方に向けると、
「本当か?」
「ごめん。冗談のつもりだったんだけど、まさか信じるとは思わなくて」
(今どきの小学生だって信じない話を、まさか中年男性が信じるとは)なんて思いは、心の片隅に置いておき、僕は頭を下げる。
「いや、俺も調子に乗り過ぎた。悪い」
頭を上げると、アルゲルトは、どこか気まずそうな表情を浮かべていた。
「一瞬信じかけたんだが、ユウトがそんな危険なものを、俺に食べさせるわけないだろ? だから冗談と分かった上で、話に乗っかってみたんだが……すまん!」
アルゲルトも頭を下げてくる。嫌味の一つでも言ってやろうかと思ったが、そもそものきっかけは僕が作ったこともあり、ぐっと我慢する。
「それじゃあ、この話を終わりという事で。残りの西瓜、食べちゃおうか」
「そうだな」
数時間後、西瓜を食べ過ぎたアルゲルトがお腹を壊し、僕が慌てて地球へ薬を取りに戻ったりすることもあったが、それなりに充実した休日だったと思う。
了
久しぶりに小説を書いてみました。
話をきちんと終わらせるのは、やっぱり難しいです。