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†  †  †  †


夜の高楼街。


東の区域を拠点とするBlue Roseに対して、西の区域を拠点とするMoonless。


東区域の地下にあるショットバー「Trinityトリニティー」をたまり場としているBlue Roseとは少し違って、Moonlessのたまり場は西区域の4階建てビルの最上階にあるビリヤードバーだ。


連日、夜になるとどこからともなくメンバーが集まり、何かを飲みながらビリヤードをしたり談笑したり、思い思いの過ごし方をしている。


そしてやはりこのビリヤードバー「Grimoire(グリモワール)」も、Moonlessの幹部メンバーしか使用許可がおりていない。


Blue Roseの幹部専用の「Trinity」と同じ規律だ。



今夜もいつもと同じように、数名の人間がGrimoireに姿を見せていた。


その中でも異質な気配を放っているのは、奥のカウンター前に並ぶ3名の人間。


自然と目が引き寄せられてしまう濃密な空気を漂わせ、物騒な会話を繰り広げていた。


「…って事らしいわよ。でも、闇討ちだろうが不意討ちだろうが、負けたうちのメンバーも情けないって思わない?」


全体に緩いウエーブのかかった真っ赤の髪を腰辺りまで伸ばした細身で長身の男が、立ったままカウンターに肘を着いて寄りかかり、クスクスと笑いながら真ん中に座る相手に言葉を放つ。


オネェ…ではないが、時折口調に女言葉が混じっている。


パッと顔だけを見た感じでは、美人で女性的に見える。だが、その眼差しが持つ力強さに気づいてしまえば、二度と女性的などとは思わないだろう。


それどころか、危険な程に雄の薫りをまとっている事に気がつく。そこまで気づいてしまえば、彼の長身で細身の体躯が思いのほか引き締まったものであることにも目が行く。


女性的だと思わせるような目くらましの呪縛から解放された後に残るのは、獰猛な獣だ。


「それよりも、今更ゼロが仕掛けてきたって事の方が驚きだね。下の奴らはゼロに対して報復を考えてるみたいだけど、あれ、止めさせた方がいいぜ?…俺は絶対に何か裏があると思う」


同じく、真ん中に座る相手に軽い口調でそう言ったのは、その真ん中の人物を挟んで、赤毛青年(少年?)の反対側にいる男。


スツールに座って落ち着き無く足をブラブラと揺らしている。


170㎝前後と見られるあまり高くない身長に、ツンツンに立たせた茶色の髪とピアスだらけの顔。そして、つり上がり気味のやんちゃな瞳。外見的に思い浮かぶのは猫だ。


ただし、外見や行動とは裏腹に、その話す口調には思慮深いものが見え隠れしている


たやすい子供だと思っていると、手痛い反撃を食らうだろう。


そんな二人の間にあるスツールに浅く腰を掛け、カウンターの上に両肘を着いて物憂げな表情を浮べている男が一人。


座っていてもわかる高身長のスリムな体躯は、細身の割には鍛えてある事が見てとれる。


長めの漆黒の髪。少し釣り上がり気味の二重の瞳は、この話題が出た時から何かを考えるように眇められていた。


Moonlessの筆頭、蓮である。


「蓮~、アナタはどう思ってるの?そこのやんちゃ小僧と同じ考え?」


「オイっ、俺の事かよそれは。小僧って言ってもお前より1歳下なだけなんだからな!」


「あらあら、小さくてキャキャン吠えるから小学生かと思ってたわ~」


「羽純――っ!俺もう我慢できねぇ!今日こそは殴ってやる!」


「ウフフフ~、やってごらんなさい」


物静かな蓮のサイドで繰り広げられる、赤髪オネェ“羽純ハズミ”とツンツン頭“孝正タカマサ”のやりとりは毎度の事。


Grimoireの中にいる他の者達も、気にも留めずにビリヤードを楽しんでいる。


そして、慣れているのかどうでもいいのか、はたまた本気で耳に入っていないのか、蓮の表情は全くもって動かない。


数分が経ち、全然反応を示してくれない蓮に気がついた二人は、ようやくくだらない戦いを終了させた。存在自体をスルーされている可能性が浮上したからだ。


「…えーっと…、蓮?」


「…オレと孝正の存在を認識してないとか…言わないよな?」


さすがの孝正もキャンキャンと吼えるのをやめ、羽純に至ってはオネエ言葉をやめ、二人とも素の状態に戻って蓮の顔を覗きこんだ。


それでもやはり蓮の表情は変わらず、視線も向けられない。


どうしたものかと二人が顔を見合わせたと同時、


「…ゼロの至宝がどう出るか」


低く艶のある呟きがもれ聞こえた。


途端に、羽純と孝正はそれまでの緩い表情から一転、警戒を宿した双眸を眇める。


『ゼロの至宝』


派閥に属している者なら一度は聞いた事のある名前。


だが、本人と直接会った事があるのは数えるほどしかいないと言われている、Blue RoseのNo.2。


同じBlue Roseの中でさえ、幹部と上位の者しか会った事がないという謎の人物。


現在ある複数のアングラ派閥の中でも最高峰の情報網を持ち、それによる戦略はトップクラスと言われ、軍師とも呼ばれている。


誰が呼び始めたのか定かではないが、いつの間にか広まった二つ名。それが、


『ゼロの至宝』


ただし、そう呼ばれていることを、果たして当の本人が知っているかどうか…。


「青薔薇の至宝ちゃんね~…、毎回あの子の戦略には驚かされるものねぇ…、どんな子かしら」


腕を組み、右手の人差し指で自分の唇をトントンっと叩きながら考え込む様子の羽純に、そこでようやく蓮の静かな眼差しが向けられた。


「羽純、今の件、少し待て。孝正もな…。たぶん近いうちに動くぞ、…ゼロが」


それは、蓮の中で100%の確信。根拠は無いまでも、間違いなく現実となるだろう確信。


言い終えると同時に、カウンターに着いた両肘の先の組んだ手の甲に唇を押し当て、何かを考えるように目を伏せた。








†  †  †  †


セイの腕から逃れて蘭のマンションを出た那智は、その後も様々な所で必要な情報を揃え、月明りが煌々と辺りを照らす頃には、神と宗司の待つTrinityへと足を向けていた。


いつもと同じように、店内を抜けて奥の通路へ。その先にある真っ黒な扉を開けて部屋へ入ると、向かい合わせている黒い革張りのソファに神と宗司が座っていた。


そこに、もう一人。京平が壁際にもたれて立っている。


京平とは、ここへ来るまでの間に携帯で話をしていた。


那智が去った後のBLUE MOONで、数人のメンバーから聞いた話を報告してくれたのだ。


視線が流れてきた事に気がついたのか、腕を組んで目を閉じていた京平が、ゆるりと瞼を開いて那智を見た。


誰も気づかないほどの僅かな一瞬の間、微かに目元がほころぶ。


那智は、先ほどの感謝も込めて軽く頷き返すと、二人が座るソファへ足を進めた。


「お疲れさん。成果は?……って聞かなくても、那智には愚問だよな」


ヘラっと笑って深くソファに座りながら、右手をヒラヒラと振る宗司。


対して、その向かい側に座っている神は、相変わらずボーっと煙草を吸っている。


そんな2人の様子を見て、那智が選んだのは宗司の隣だった。


静かに座った那智にチラッと視線を向けた神の眼差しが、若干細められる。


…何故そっちに座る…。


といったところか。自分の隣に座らなかった事が、どうやら不満らしい。


だが、3人がソファに座る今のこの状況で、宗司を一人で座らせて神と那智が二人で座るのはおかしいだろう。


社長(神)・専務(那智)・執行役員(宗司)、とでも置き換えればわかりやすい。


普通に考えて社長が一人で座るべきだ。


という堅苦しい思考回路を言い訳にして、ただ単に今からする話には宗司の隣の方が楽だというのが本音だが…。


神の不満には気付かないふりをし、那智は早速本題に入るために口を開いた。。


「まず最初に知らせておきたい情報があります。うちのメンバーが闇に仕掛けられた時、ほぼ同時期に闇側もゼロに仕掛けられていたらしい」


「……は?」


「………」


一瞬意味がわからないとばかりに固まった直後、素っ頓狂な声を上げたのは宗司。


何も言わない神も、その片眉をピクリと引き上げた。


更に宗司は、それまで深々と背もたれに寄りかかっていた上半身を素早く起こして、隣に座る那智に向けて身を乗り出してきた。かなり驚いたようだ。


自分達Blue RoseがMoonlessに喧嘩を仕掛けたなんて事実は、全くもってないのだから、驚く気持ちはわかる。


上からの伝達もないのに、勝手にメンバーが動くこともない。


となれば、そこから導き出されるのは…。


さすがに神も、予想以上に良くない事態だと思ったのだろう、正面に座る那智を射抜くように見つめている。


2人と目線を交わした那智は、それぞれの心情を読みとってから小さく頷き、次の言葉を放った。


「犯人は、ヴァーチェ」


「ヴァーチェ?…ってあれだろ、最近名前があがるようになった新参チームだろ?…なんでそんなとこが…。うちとはまだ問題起きた事ないぜ?」


首を傾げた宗司は、また深々と背もたれに寄りかかりながら、最近の記憶を思い出すように視線を宙に彷徨わせた。


そんな宗司に視線を向けた神は、煙草の煙を口から細く吐き出しながら、指に挟み持っていたそれをテーブル上の灰皿に押しつけた。赤く灯っていた先端が黒く変色し、火が消えた事を知らせる。


たなびく紫煙が空気に溶けたと同時、


「……その情報は誰からだ…」


低く掠れた声がボソッと呟いた。







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