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「…あの人、昼間はどこにいるんだ…」


BLUE MOONを出て歩きだしたはいいものの、目的地は定まっていない。


目的人物は決まっているのだが、その人物がどこにいるのか皆目見当がつかないからだ。


たいてい、いつも会いに行くのは夜。


夜ならば、何処にいるのかはある程度予測がつく。


でも今は昼間だ。太陽が真上からサンサンと紫外線を降り注いでいる真っ昼間。


…棺の中にいても驚かないな…。


半分本気でそんな事を考えてしまった那智だった。





地下鉄の駅前に辿り着いた時点で、もう自力で考えるのは諦めた。


無駄な時間を過ごすのは好きじゃない。


地下へ向かう階段の手すりに寄り掛かりながら携帯を取り出す。


そのアドレスからある人物の名前を探し出して、発信ボタンを押した。


プルルル。プルルル。


2回鳴らしてすぐに切る。


そしてもう一度かけ直す。


プルルル。プルルル。プルルル。


コール3回目、プツッとその音が途切れた。呼び出している先の相手が通話ボタンを押した証拠。


「俺です」


名前は名乗らず低く小さな声でそれだけ言うと、携帯の向こうから陽気な声が聞こえてきた。


『その声は、那智か!』


「はい。お久しぶり…になるのかな、ランさん」


『久し振りと言えば久し振りだな。この前姿を見せてから一ヶ月半は会ってねぇぞ。今すぐ来いよ』


冗談っぽく聞こえて半分以上は本気で来いと思っているのだろう相手の言葉に、小さく笑いを零す。


そして、携帯を持ち替えて右耳から左耳に当て直し、幾分か気持ちを引き締めて早速本題に入らせてもらう事にした。


「すみません、行きたいのは山々なんですけど、行けないのも山々なんですよ」


『なんだそりゃ』


向こうで大笑いしている声が聞こえる。


「ちょっと色々あって…。今からセイさんの所に行かなければならならないんです」


そこまで言うと、蘭はすぐに那智の言いたい事がわかったらしい。


『アイツは夜族だからなぁ…』


バリトンの低い声がくぐもって聞こえるのは、たぶんいつものように口端に煙草を咥えているからだろう。


「セイさんが今どこにいるか、教えて下さい」


『どこにいるか知ってますか?じゃねぇの?』


「蘭さんが知らないわけないですよね」


はっきり言いきると、『まいったな…』とボソっと呟く声が聞こえた。それも苦笑い付きで。


『アイツの事を教えるからには、見返りは期待していいんだろうな?』


「セイさんの情報をタダでもらえるとは思ってません。俺にできる範囲の事なら飲みましょう」


『よし、いいだろう。それじゃあその見返りはまた後々連絡するとして、セイの今の居場所な』


「はい」


『ここにいる』


「……は…?」


自分の耳を疑った。そして携帯の電波状態を疑った。何か変な言葉が聞こえた気がする。もしくは途中で雑音が入ったか。


一度携帯を耳から離してその画面を見て、そしてまた耳に当て直す。


「…ここにいるって聞こえましたけど、俺の聞き間違いですよね?」


『いや、聞き間違えてない。床で毛布にくるまって寝てる』


「………」


なんだか一気に疲れてしまった。


早々に場所がわかったのはいいけれど、蘭に騙された気分だ。というか実際に騙されたのだ。見返りに対して素直に頷いた自分を恨みたい。


「…わかりました。今から行きます」


『だからさっき、今すぐ来いよって言ったのになぁ?…それじゃ後でな』


意地悪い口調で笑いながら言った蘭。そこで通話が終了した。


携帯をポケットに戻した那智は、溜息を吐きつつ寄りかかっていた手すりから身を起こす。


もしかして本当に蘭は、那智がセイを探しているのを知っていた上で最初に「来い」と言ったのかもしれない。


相変わらず得体の知れない人だ。


蘭が住んでいる場所は、ここから3駅先の駅近くにあるタワーマンション。


その最上階に住んでいる事を考えれば、ただの一般人ではない事がわかる。


でも、そんな事は今の那智にはどうでもよかった。


本音を言えば、親しくしている分、内情まで知りたいという欲求はあるし、ある程度調べる為に手を費やしてもいる。


だが今は、蘭が敵にまわらなければそれでいい。


アングラ界でいちばん最初にカリスマと呼ばれた男、蘭。現在の年齢は25歳だと聞いた。


この世界では、カリスマと呼ばれるような人物はそうそう出現しない。


蘭がアングラ界の派閥争いから足を洗ったのち、裏高楼街にカリスマと呼ばれる人間はいなかった。


そこに4年前、突如として現れたのが神。


その存在が周りに浸透する頃には、神は蘭に続く二代目のカリスマだと言われるようになっていた。


そして、時を同じくして少しだけ後に現れた蓮。


彼も、その存在が認められた瞬間からカリスマの呼び名を与えられた。


同じ世代に二人のカリスマ。それが大変な事態だという事を、蘭は身をもって知っている。


気がつけば、何故か那智と神はそんな蘭に気に入られていて、何かというと手助けしてくれるようになっていた。


それはとても助かっているけれど、助けてもらう度に那智はいつも思う。


…そろそろ助けを求めなくても済むくらいの人間になりたい…と。


蘭に言わせれば、『助けようとしてくれる人間が周囲にいるという事、それ自体が能力であり、そもそも無能な人間に手を差し伸べてやるほど俺は優しくない』との事だが…、やはり自分としては情けない思いが湧きおこる。


そんな事を考えているうちに、那智の乗った電車は緩く減速し、目的の駅にたどり着いた。




ピピピピピッ。ピピピピピッ。


マンションのメインホールにある各部屋用のインターホンを鳴らした数秒後、目の前にあるガラス扉が、静かな電動音を立ててスーッと左右に開いた。


入口上部にあるカメラで、蘭が部屋から那智の姿を確認したのだろう。


その扉を潜り、エレベーターに乗って最上階へ向かう途中、京平と修二は上手くやっているだろうか…と少しだけ心配が過ったけれど、それもエレベーターの到着と共にすぐに脳裏の奥へと押しやった。


今から会う二人はアングラ界のモンスターだ。よそに気を取られていたら、すぐ有耶無耶に巻かれてしまう。



部屋の扉の前に立って一度だけ深く呼吸し、腹の底に気合いを入れてから手を伸ばしてコールボタンを押した。


数十秒後、カチャリとノブが動く音が聞こえ、ドアの開閉と共にダークスーツの上着だけ脱いだと見られる大柄な青年が姿を現した。


「よく来たな、那智。上がれよ」


「お邪魔させてもらいます」


身長190㎝前後。飾りものではない実用的な筋肉に覆われたその鍛え抜かれた体躯は、軍人としても通用しそうな程だ。


その体格と、くすんだ銀色の短髪。そして濃い顔立ちも相まって、一瞬国籍不明に見える。


以前それを口にしたことがあるが、いたって純血の日本人だと返された。


そんな蘭に続いて玄関から長い廊下を通り、リビングに向かいながら、前を行くその後ろ姿を遠慮なく眺めまわした。


現アングラ界のカリスマと言われている神や蓮でさえ、この人と比べてしまったらまだまだ子供だ。


実際に年齢が7歳は違うのだからしょうがないのだけれど…。


そんな事を考えているうちに、リビングに足を踏み入れた。


ここも相変わらずの広さで、壁に設置されているプラズマテレビは大きいし、家具は全てイタリア製の高級家具だというのだから凄い。


どんな仕事をしているのかと聞いた事があったけれど、内緒だと言って教えてはくれなかった。


「ほら、あそこの壁際にある毛布の塊がセイだ」


「…あれ…、ですか…」


戸惑った那智の口調に、蘭が喉の奥で笑った。


那智の戸惑いもわかるのだろう。指し示したそこには、もはや人間の姿など一片も見当たらない、どう見ても大量の毛布しかないのだから。


「寝てるんですよね?起こしても構わないんですか?」


セイ…ではなく、毛布の塊に目を向けながら戸惑いがちに問いかけた那智を見た蘭は、何の気負いもなく簡単に頷いた。


「お前なら大丈夫だろ」


「…俺なら大丈夫って…」


何かが引っかかる蘭の言葉に、那智がようやく毛布の塊から視線を上げた。


視線の先の蘭は那智の隣から移動し、そのまま部屋の中央にある白い革張りのソファにドサッと体を投げ出すように座る。


そして、目の前にある黒い御影石で出来たローテーブルの上に置いてあった煙草に手を伸ばしながら、事もなげに、


「セイは殺人的に寝起きが悪いあげく、自然の目覚めじゃなく誰かに起こされるのを極端に嫌う」


そう言い放ってくれた。


「それじゃ全然大丈夫じゃないじゃないですか!」


さすがの那智も口端を引き攣らせる。


蘭の言うとおりだとすれば、セイを起こしたが最後、確実に那智の明日は無いだろう。


それなのに、ソファに悠々と座っている相手は、口端に咥えた煙草に火をつける事もせず楽しそうに笑うだけ。


「まぁ細かい事は気にすんな。用があるんだろ?なら、起こせばいい」


「…蘭さん…」


深い溜息と共に名前を呼ぶと、もうこれ以上は何も言わないぞとばかりに背もたれに寄りかかった蘭は、片手に持ったオイルライターで煙草に火を点けてくつろぎはじめてしまった。


確かに、セイに用があったからこそここへ来た。


セイを起こして話をしなければ意味がない。


「…わかりました」


意味の無い時間を過ごす事を嫌う那智は、結局セイを起こさなければ事は始まらないのだと諦めて、壁際の毛布の塊まで足を進めた。


「………」


見下ろす足下には、大量の白と黒と紺の毛布。毛質からして相当良い物だという事はわかる。手触りも良さそうだ。


でもこの中の、いったいどこにセイの頭があって足があるのか…、それがわからない。エアコンが効いているとはいえ、暑くないのだろうか。


普通だったら肩でも揺すって起こすところだが、その肩がどこにあるのかわからない状態では、その方法は使えない。


かと言って、声だけで起きるとも思えない。


こうなったら一か八かの賭けだ。掴んだ場所がセイの顔じゃない事を祈って…。


「セイさん。すみません、起きて下さい」


「………」


毛布の下からは何の反応もない。


とりあえず、今掴んでいる場所は腕っぽいから、揺さぶっても大丈夫だとは思う。


…という事で…。


「セイさん、起きて下さい」


思いっきり掴んで揺さぶった。


それでも何の反応もない為に、だんだん行動が大胆になっていく。


もう明らかに毛布の下の人物は全身揺さぶられているだろうほどに、遠慮なく両手でグイグイ押す。


立っていたはずが、いつの間にか両膝をフローリングの床に着いて安定するポジションを確立し、さっきまでの不安そうな表情はどこへやら…、その顔には何やら楽しげなものすら浮かびはじめていた。


その時、那智の背後から「ブハっ」という妙な声があがった。


動きを止めて背後を振り向いた那智の眼に映ったのは、煙草を指の間に挟み持ちながら腹を抱えて笑っている蘭の姿。


「どうしたんですか?」


「どうしたじゃねぇよ。クククッ…、お前さっきまで、起こしても大丈夫なんですか?とか言ってた割に、かなり遠慮無い起こし方してるぞ」


「気のせいです」


笑う蘭を見つめたまま、自分の行動を振り返る。


確かに揺さぶり過ぎた気もする…。が、仕方ないだろう、起きないのだから。けっして普段の不満をここで発散しているわけではない。気のせいだ。


それにしても、ここまでしても起きないって、どうすればいいのか…。


膝を着いている横にある毛布の塊に視線を落とした。


いや、落そうとした、その瞬間







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