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†  †  †  †


那智と蓮が本屋で並びあわせた日から数日後。


いつものように、Trinityの奥の部屋で那智と神の二人が何気ない話をしていた最中、ある伝令が飛び込んできた。


そして、それが今回の事の始まりだった。




「神。…ちょっといいか?」


普段は奥の部屋に来ることはなく店の方でのんびり過ごしている宗司が、珍しく真剣な眼差しで入ってきた。


あきらかにトラブル発生の予兆だ。


ソファに座ったままの那智が僅かに眉を寄せて宗司を見上げると、一瞬だけ鋭い眼差しが向けられ、それはすぐに神へ流れる。


「どうした」


普段の緩い様子とは違う宗司に、神の気配が目覚める。と同時に、周囲を漂う空気が濃密さを増した。吸い込むそれが重く肺を満たし、息が詰まるような、背筋を這い上がるゾクっとした緊張感が那智にたまらない心地良さをもたらす。


神の獰猛な気配に、鳥肌が立つほどの高揚感がわき起こる。


「今、和真が下からの話を持ってきた。…ちょっと面倒くさい事になってるぞ」


後ろ手に扉を閉めて入ってきた宗司も、神が放つ気配が変わったことに気付いたらしい。一瞬だけ口角を僅かに引き上げ、神とは向かいのソファ、つまり那智の横に腰を下ろして話し始めた。


「昨日の夜、東と西の境にあるガード下でうちの奴らがやられたらしい。…それも計画的に夕方を狙っての待ち伏せ」


「そういう奴らはどこにでもいる」


「相手がどうでもいいような連中ならそうなんだけど…」


「…どういう事だ」


意味深な宗司の言葉には、神同様、那智も眼差しを鋭くした。


どうでもいい連中じゃない…?


「相手が、『闇』の連中だったらしい」


「まさか…」


思わず言葉を発した那智とは違い、神は無言だった。


2大派閥と言われるようになってからというもの、あまりに影響力が強すぎるということでお互いに均衡を崩さないように動いていたのが暗黙の了解だったというのに、今更になって何故Moonlessが仕掛けてきたのか。


そして、そのやり方にも問題がある。


「どうする?神。…動くか」


厳しい口調で問いかける宗司をチラリと見た神は、次に那智に視線を向けてきた。


その眼差しには、『意見を聞かせろ』とある。


無言の言葉を読み取った那智は、暫くの間黙って目を伏せた。


蓮が、意味もなく仕掛けてくるはずがない。絶対に裏に何かがある。


それに、あのプライドの高い男が、正面からぶつからずにそんな真似を命じるとは思いたくない。


妙な感覚だが、那智は敵であるはずの蓮が嫌いではない。敵対する者としては厄介な人物ではあるが、それとこれとは別にして、むしろ個人的には興味を持っている。


もし今のアングラ界に神がいなかったとしたら、蓮の下についていたかもしれない…と戯れに思う程には。


「…動くのは、少しだけ待ってほしい」


伏せていた目線を上げ、神と宗司の瞳を捉えるかのごとく強い眼差しを二人に向けた。


動く前に調べたい事がある。確実ではないけれど、第6感が告げてくる何かがある。


そして、那智の言葉には必ず理解を示してくれる二人だ。


待ってほしいと言えば、那智が答えを出す前に動きだす事はしないだろう。


そんな思いで二人を見ると、神が溜息をついた。


これは同意した証だ。


そして、そんな神を見て宗司がニヤッとした笑みを浮べている。


宗司のこれも、同意の証だ。


二人からの反応を確認した那智は、座っていたソファから立ち上がった。


のんびりとしていられる状況ではない。これから早速情報収集に出かけるつもりだ。


「那智。京平(キョウヘイ)に連絡をしておく。連れて行け」


ドアに向かう背に向かってかけられた、低く落ち着いた神の声。それには振り向かず、片手を上げて了解の意を表した那智は、トラブルの予兆など何も無いかのように普段と変わらない様子で部屋を出た。







「どこに向かってるんですか?」


Trinityを出てからしばらくの間ひとりで歩道を歩いていると、不意に背後から声をかけられた。耳になじむ静かな声。そしてどこか嬉しそうな色が混ざっている。


人混みに紛れて、いつの間にか近づいていたらしい。


「…そうだな。実際にやられた奴に会いに行くのが一番いいと思ってるんだけど」


後ろを振り返りもせずに答えると、声には出さず笑う気配を感じた。微かに空気が震えている。


「…京平」


「いえ、すみません。那智さんの事を笑ったわけじゃないですよ」


チラリと視線を流した先、斜め後ろにいたのは、Blue RoseのNo.4である京平だった。


落ち着いた雰囲気を醸し出してはいるが、那智よりも一歳下だ。


このタイミングで来たという事は、那智がTrinityを出た頃にはもう連絡がついていたのだろう。


那智よりも背が高く、ベージュブラウンのストレートの髪はアシンメトリー。いつも通りの品良く涼しげな表情を浮べている京平は、県内でも屈指の金持ち学校として名高い高校の1年生だ。


那智と同じように、京平もまた、アングラの気配を感じさせない雰囲気を持っている。


けれど、一度戦闘モードに入ってしまうとその冷酷さは誰にも止められない。


躊躇いも加減もなく問答無用で敵を倒して行く姿は『狂犬』と呼ばれ、身内からも恐れられる程。


けれど、那智の言葉にだけは反応する。


京平にとって那智は、自分を救い上げてくれた唯一無二の大切な人。その言葉を無視するなどあり得ない。


その為、手が付けられないほどに京平が暴れだすと予想される際は、必ず那智が同行するようになった。


そんな京平が、今は楽しげに表情を緩めている。


「突然那智さんが現れたら、みんな驚くだろうなと思って」


「そうかな?」


「そうですよ」


尚も楽しげに笑う京平に、反論する事を諦めて視線を前に向けた。


金曜日の陽も暮れたこの時間なら、Blue Roseの幹部以外のメンバーが集まる場所はわかっている。


とりあえずそこに向かうつもりで足を進めた。


京平はそれ以上何も言わずに那智の斜め後ろを着いてきている。


最初の頃は、常に自分の後ろを歩く京平に戸惑いもしたけれど、いつの間にかその状態にも慣れた。


…というより、イヤでも慣れてしまったと言うべきか…。





Trinityを出てから、地下鉄を使って2駅。


今、那智の目の前には、Blue Roseの一般メンバーが溜まり場にしているショットバー『BLUE MOON(ブルームーン)』の扉がある。


『Trinity』が薄暗く大人の空気を漂わせているとすれば、『BLUE MOON』は明るく賑やかで派手な空気を感じさせる店だ。


「先に俺が入ります。那智さんと会った事がない奴がほとんどですからね」


扉に手を掛けて言う京平に無言で頷くと、目元を緩めるだけの静かな微笑が返ってきた。


そして、ゆっくりとその扉が向こう側へ押し開かれた。


「……え…、ちょっ…なんで京平さんが!?」


扉の向こうから、驚きと動揺が垣間見える声が聞こえる。どうやら、入ってきた人物がNo持ちの幹部の一人だと気づいて慌てているらしい。


それはそうだろう。ここにNo持ちが来るなど滅多に無いのだから。


動揺している相手に軽く何か言葉を返してから中へ入って行く京平の後に続いて、那智も足を踏み入れた。


その姿に気づいた何人かが、途端に警戒の眼差しを向ける。


これはもう仕方がない。京平の場合は、ある程度のメンバーがその顔を知っている。だが、那智についてはそうもいかない。


派閥メンバーの中でも、それなりの立ち位置にいる人間でなければ、那智に会うことはないからだ。


要は、いまこの場にいるほとんどの人間が、那智の顔を知らないということ。


口に出しては何も言わないものの、揃いも揃って(誰だよお前…)と顔にハッキリと表している様は、素直というか喧嘩っ早いというか…。


背後の扉が閉まり外の喧騒が聞こえなくなると、剣呑とした空気が余計に強調される。


那智は、京平が先に入ってくれて助かったな…、と、苦笑交じりに肩を竦めた。


この分では、自分が先に入っていたら拳の一つや二つ飛んできてもおかしくなかったかもしれない。


そんな事を考えながら店内の様子を伺っていた那智に向かって、突然、驚愕したような声が放たれた。


「ちょっ…、嘘だろ?!なんでこんな所に!」


その声の主を辿って視線を巡らせた那智の視界に、カウンター前のスツールに座っていた茶髪の男が目を見開いて驚愕している姿が映った。


「…仁科ニシナさん、アイツの事知ってんですか?」


カウンターの一番奥に座っている赤髪の人物が、その茶髪男の反応を見て怪訝そうに眉を顰めた。赤髪のせいで一際目立っているその少年は、最初から那智の事を警戒の眼差しで気に食わなそうに見ていた。


無遠慮な言葉を吐いた赤髪少年に視線を向けた仁科と呼ばれた人物は、緊張に乾いたのか一度唇を舐めてから、震えそうな声を押し殺して言葉を放った。


「…アイツとか呼んでんじゃねぇぞ、修二シュウジ


その言葉で、仁科が那智の顔を知っていることがわかる。よく見れば、大きな揉め事の際に何度か見かけたことがある顔だった。幹部ではないが、下の者たちを束ねている数人の内の一人だ。


そして、無言でそのやりとりを眺めていた京平は、周りに気付かれない程度に口角を引き上げた。驚いて当然でしょうね、と表情が物語っている。


那智に至っては、自分の事なのに我関せずとばかりに涼しい顔をしている。


このBLUE MOONにいる者の中ではかなり上位の立場にある仁科のその言葉に、周りも次第にザワツキはじめた。


那智の事を見る目が、敵対者を見る目つきから怪訝そうな目つきへと変わっていく。


それに気づいた那智は、とりあえず奥に進んでも大丈夫そうだと判断をつけ、京平の横をすりぬけてカウンター前にいる仁科の横まで歩み寄った。






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