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†  †  †  †


深夜のgrimoire。


珍しくMoonlessの幹部達と一緒になって、バーの奥にある台でビリヤードを楽しんでいた蓮の元に、これまた珍しく表情を険しくした孝正が急いた様子を見せて姿を現した。


「蓮、ちょっといい?」


チラリと孝正の顔を見た蓮は、最後の一打を打ち込んで玉を全てポケットに落とすと、隣にいた幹部補佐にキューを預けて奥の部屋へ向かって歩き出した。


Staffroomの扉を開けて奥の部屋へ入っていく蓮の姿を確認した孝正は、数歩遅れて後を追う。


「どうした?」


孝正が部屋に入り、扉がきっちり閉まった事を確認したと同時に、一人掛け用のソファに座った蓮はなんの感情も込めない声で問いかけた。


足を組みその鋭い双眸で孝正をヒタと見据えるその様は、さながら軍部の総司令官のような厳しい空気を醸し出している。派閥の筆頭という事を考えれば、その例えもあながち間違いではない。


それに臆する様子もない孝正は、蓮の正面のソファに座りながら口を開いた。


「草とアイスを扱う売人が現れた」


その言葉を聞いた蓮の双眸に、刃物のような一線の鋭い光が浮かび上がる。


「それは確かな情報なのか?」


「そこがまだわからなくてさ…。下の奴らがそれっぽい奴を見たって言うけど、実際の売買現場は見てないって言うから、ちょっと確かめようかなと…」


蓮を見つめる孝正の顔に、『俺が直接見てみたい』という思いがありありと浮かびあがっている。


本来なら、こういう確認は幹部候補かNO持ちではない幹部がやる事になっている。だが、今回は事が事なだけに、孝正は自らの目で確かめたいのだろう。


暫く孝正の顔をジーッと見つめていた蓮は、一度その目を伏せた後に微かに頷いた。


「…いいだろう。今回は間違った情報は許されない。お前が行った方がいいかもしれないな」


その言葉を聞いた孝正の顔に喜びの色が浮かんだ。


そして、高揚した気持ちのまま勇み足気味にドアへ向かったその背に、


「あぁ、それから」


蓮が何かを言いかけた。立ち止まって振り向いた孝正に一言。


「羽純も連れて行け」


そう言われた途端に、孝正の顔が一気に顰め面へと変貌したのは言うまでもない。


お笑い芸人か!とでも言いたくなるほどのわかりやす過ぎる変化に、さすがの蓮も片眉をピクリと引き上げた。


仲は悪くないものの、事あるごとに意見の対立を起こしている孝正と羽純は、言うなれば『好敵手』のような関係。


一緒に行動すれば少なからず言い合いになる事が想像つくだけに、孝正の顔には早くも疲労の色が浮かび上がる。


何も言葉には出さないけれど、うんざりした気持ちをハッキリと顔に出したまま、来た時とはまったく違う、引きずるような足取りで部屋を出た。




早速行動を開始しようとGrimoireを出た孝正の隣に、当たり前だが羽純の姿は無い。


今夜くらいは一人で動き、それでも何も掴めなければ、しょうがないから明日の夜に羽純を呼び出そうと考えた末の行動だ。


交差点で赤信号待ちをしながら、今夜中にかたを着ければ羽純と一緒に動かなくても済む…と悦に入った頷きをしていた孝正の元へ、背後から近づく人物が一人。


背が高く派手な顔立ち。そして極め付けが、綺麗なウェーブの真っ赤な長髪。


見間違う事など出来ないだろう鮮烈な容貌。


羽純だ。


その手が背後から孝正の首に触れようとした瞬間、物凄い速さで振り向いた孝正がそのままバックステップで2歩後退った。一気に殺気を漲らせる。


だが、相手が羽純だとわかった瞬間に、その口から盛大な溜息が零れた。両眼は恨めしそうに眇められる。


「…お前…」


「あら、子猿にお前呼ばわりされるなんてショックだわ」


クスクスと笑っている割に、羽純の双眸は不満げな色を湛えていた。


大方、蓮から話がいったのだろう。それなのにいつまでたっても孝正から呼び出しの連絡がこない。ちょっと探してみれば案の定一人で動き出している。


内心で(このクソガキが)と思っているのが見え見えだ。


そうこうしている内に、青になっていた歩行者信号がまた赤に変わってしまっていた。


振り向いてそれを確認した孝正は、もう羽純を撒く事を諦め、大人しく隣に立ち並んだ。


「それで?出現場所はどこなの?」


「………」


「なんで黙ってんのよ。この期に及んでまだ一人で動くつもり?」


羽純の顔が、頑固者ね…と言わんばかりの呆れた表情を浮かべた。


「違うって。そうじゃなくて…。場所がちょっと厄介なんだよ」


「厄介な場所?」


「西区と東区の境目」


「……それはまた…、厄介な場所ねぇ…」


孝正の返答を聞いた途端、羽純の眉間に皺が寄った。


ようやく信号が青に変わり、人波にならって歩き出しながらも、二人の顔には渋いものが浮かんだまま。


『西区と東区の境目』とは、違う言い方をすれば、『Moonlessの縄張りとBlue Roseの縄張りの境目』とも言う。


道路にわかりやすく境界の線が引いてあるわけじゃない。境目付近の場所では両派閥の縄張りの線引きが曖昧で、それぞれのメンバーが顔を合わせてしまう恐れがある。


西区と東区という地名上のはっきりした区分はあるけれど、実際の道路ではその辺りが曖昧になる。


小道の角を曲がったら気づけば相手地区に入り込んでいました…、なんて事も起こりうるのだ。


そして、もし本当に売人を見つけて後を追ったとしても、そいつが東地区に逃げ込んでしまえば、獲物を狩る権利は即座にBlue Roseへ移行される。


相手派閥の縄張りにまで入り込んで売人を狩ろうとしようものなら、縄張り荒らしとして喧嘩を売られても文句は言えない。


当たり前だが、相手地区に入ること自体は禁止されていない。いつでもご自由にどうぞ、といった感じだ。


だが、相手の縄張り内で派閥としての敵対的な行動は許されていない。


もし相手地区で何かをやらかして、その結果暴行され大怪我を負ったとしても、死ぬ事さえなければその出来事は全て闇に葬られる。



裏高楼街での掟のひとつに、


『裏高楼街で起きた傷害事件を表沙汰にする事を禁ずる』


というものがある。



怪我をするのは自分が弱いからだ。弱肉強食の裏高楼街で、怪我をさせられたからと言って警察に駆け込むような軟弱な輩は、全て排除される。


派閥によっては、志願者を入れる時に殴り合いの喧嘩をさせて力量を見極めてから入れるというところもあるくらいだ。


その他諸々の事を考えると、できれば派閥縄張りの境目付近では揉め事を起こしたくないというのが、大多数の本音といって間違いはない。


自然と、目的の場所へ向かう二人の足取りがゆっくりになる。辿り着く前に何らかの対策を頭の中で練り始めているからだ。


けれど、数分経っても二人の脳裏に最適な案は紡ぎ出されない。


早々に諦めをつけたのは、いつもの如く孝正が先だった。盛大な溜息を吐いて、片手をヒラヒラと左右に振る。


「あ~、やめやめ。こんなの考えてるより実際行ってみないとどうにもならねぇよ。売人いないかもしれないし、いても西区の奥に入り込むかもしれないし」


「……あんたのその単純な頭が、時々羨ましくなるわ」


「は?!なんだよその失礼な言い草!オネェの癖に偉そうな事言ってんな」


「誰がオネェよ!っていうかオネェを馬鹿にするような発言しないでちょうだい!ムカツクわ!」


二人の横を通り過ぎていく飲み屋帰りのサラリーマンが、ギョッとした顔でそのやりとりを見ている事に気が付いているのかいないのか。


そこから目的地に着くまでの間、同じような会話(?)が延々と繰り返されたのは言うまでもない。


本当は地下鉄に乗るはずが、結局そのままの勢いで気づけば徒歩で、目的地である西と東の境目に辿り着いた二人。


西区内に二つある繁華街のうちのひとつ。


中心にあるメイン繁華街と比べると、いくぶん小規模なサブ的繁華街の交差点付近。


ちなみにこの小規模繁華街は、その半分ほどが東区に属している為、“西区の繁華街”とも“東区の繁華街”とも言えない中途半端な存在。


その雑居ビルの壁に寄りかかっている二人の姿は、誰の目にも疲れきっている事が一目瞭然でわかる有り様となっていた。


「…アンタのせいでここまで歩いちゃったじゃない」


「それは俺のセリフ!……マジありえないから…」


秋の夜とはいえ、運動しても涼し気でいられるほど気温が低い訳ではない。


二人の額には若干の汗が滲み出ていた。


…と、その時。それまでのふざけた態度から一転、羽純の表情から穏やかさが消えた。


「…孝正…。意外な奴が現れたぞ」


「ん?」


素に戻っている羽純が視線で示す先を見た孝正は、驚きにその両眼を見開く。そして乾いた唇を舌先でペロリと舐め、


「…宗司じゃねぇか…」


楽しそうに一言呟いた。









「そういや、俺と那智とで一緒に行動すんの久しぶりじゃない?」


「そういえばそうですね。…俺が…っていうより、宗司さんの単独行動が多いからですよ」


売人Aの行動を追いながら、東区と西区の境目付近まで来た那智と宗司。


どうやら売人は一人ではなく、高楼街各地に数人配置されている事がわかった。


東区の中央繁華街を出た売人Aは、そのまま今いる東地区の端にある小さめの繁華街まで来て、そこにいた売人仲間Bに何かの“ブツ”をこっそり引き渡していた。


もちろん、その後を追っていた那智と宗司は、しっかりその現場を確認して今に至る。


売人達の動きを見てわかったのは、もうすでにある程度の流れが確立しつつある、という事。


これは、あまりのんびりとはしていられない。


視界の隅に映る売人Aは、何かのブツを売人Bに渡した時点でもう引き返しにかかっている。


本当ならここで、それを受け取った売人Bの行動を追いたい。


が、売人Bはブツを受け取った後、東区と西区を跨ぐこの繁華街の西区方面へ移動してしまった。そこはもうMoonlessの管轄内だ。


それを見た宗司は、隣で「チッ」と舌打ちをした。ここでMoonlessの縄張りに足を踏み入れるのは、得策とは言えない。


いつもは緩く笑んでいる事が多い宗司が、悔しさを表すかのように眼差しを眇めている。それに気が付いた那智は、いさめる意味も込めてその二の腕を軽く掴んだ。


「宗司さん、今は諦めましょう」


自分でもそれしか選択肢が無い事がわかっている宗司は、短く溜息を吐いてから渋々頷いた。


「やっぱり神が言ってたとおり、厄介な事になり…、」


「お兄様、こんな所で何してんの?」


宗司の言葉を遮るように、那智の背後から誰かの声がかけられた。


この声は聞いた事がある。Moonlessの№3、孝正だ。


那智は声だけで素早く相手を判断すると、目立たないように宗司の腕から手を離した。


後ろを振り向いてはいけない。


那智と宗司を包む空気を緊迫感が覆う。


そしてそこへもう一つ近づいてくる足音。


「こんな所でアナタと会うなんて珍しいじゃない?宗司くん」


「…羽純…」


宗司の眉間に皺が寄った。孝正だけならともかく、まさか羽純までいるとは…。


さりげない動きで宗司の視線が自分に向けられた事に気が付いた那智は、背後の二人にバレないように目線だけで頷く。


『ここは俺がなんとかするからお前は行け』


『わかりました』


無言下でのそんなやりとり。深夜とはいえ、行き来する人の数はそれなりに多い。その中に紛れてしまえばこっちのもの。


彼らもこちらを警戒しているのか、距離をとっているのがせめてもの救い。


顔と声を覚えられなければ、今はそれでよしとするしかない。


そう言い聞かせた那智の胸の内に、自分に対する怒りが込み上げる。


普段は、敵派閥のメンバーが出没する可能性のあるこんな境目まで来ることはない。


先ほど、「一緒に行動するのが久しぶり」と言った宗司に、「宗司さんの単独行動が多いからですよ」と答えたものの、実際に単独行動が多いのは那智の方だ。


一般人を装って一人で動く事が多いからこそ、あまり目立つ事はなかった。


それなのに、こんな境界線に敵派閥の№持ち幹部が来ることもないだろう…、という浅はかな考えで宗司と一緒にここへ来てしまった。何よりも、今は売人をどうにかしたいという気持ちの方が強かった。だから、今夜くらいは大丈夫だろうと、運を天に任せてしまった。


それが今の事態を引き起こした。


自分の甘い考えが、唾棄したくなる程に腹立たしい。


それでも今は、ここから移動する事が先だ。後悔と自責は後でいくらでも出来る。


キシっと奥歯を噛みしめてその場から一歩足を踏み出した。…けれど、物事はそう上手くは運ばなかった。


「…ねぇちょっと。宗司と一緒に来たんでしょ?行かなくてもいいじゃない」


歩き出した那智の背にかけられた羽純の声。


那智の足がピタリと止まる。だが、突然止まった事で、ちょうど進路を塞ぐ形となってしまった通行人と肩がぶつかってしまった。


声には出さずにその男性に頭を下げて謝りながら、羽純にどう返すかを考える。


出来れば言葉を交わす事はしたくない。顔も見せたくはない。


…これから逃れる方法は…。


不意に、那智の瞳に悪戯を楽しむ猫のような光が灯った。口角は微かに上がり、笑みをかたどる。


だがそれも一瞬の後に消えた。


そして、絶対にMoonlessの二人には顔が見えないように顔にあたる灯りの角度を調整しつつ、宗司に近づく。その距離が無きに等しくなるくらいまで。


いったい何をする気だ?といぶかしむ宗司に更に近づき、


チュ


頬に親愛を込めて唇を押しあてた。


「は!?」


「あらっ」


孝正と羽純の素っ頓狂な声が聞こえる。


それを耳にした那智は、ここぞとばかりに恥ずかしそうな素振りで顔を伏せ、そのあと宗司の耳元に内緒話でもするように見せてから逃げるように走り去った。


後に残された三人。


孝正と羽純の視線は宗司一人に注がれている。


「…恋人さんだったのね…。デートを邪魔しちゃって悪い事したわ」


「…良く見えなかったけど…今の、男、だよな?………宗司って女しかダメだと思ってたけど、…男もいけたんだ…」


「………」


那智の去った方向を見つめて感慨深げに呟く二人に、宗司はもう何も言えなかった…。









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