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†  †  †  †


「それじゃあ行きますか」


いつもと変わらぬ大らかさで神と那智を振り返った宗司は、楽しげな笑みを浮かべて扉の外を示すように視線を流した。


土曜の夜21時。派閥幹部会当日。


Trinity内に揃ったのは、神、那智、宗司、京平のNo持ち4人と、No持ちではないものの幹部である高志と直哉(なおや)


高志の幹部歴は長く、何故か最近ではお母さん的ポジションを確立していて、よくTrinityのカウンター内に立って皆に飲食物を提供している。


直哉は最近幹部に上がったばかりの新人幹部だ。


まだ他の幹部のように貫禄を醸し出す事はできないが、仲間思いのひたむきな一生懸命さが全身からにじみ出ている。那智と同年の、長身で線の細い少年。


そして、幹部候補筆頭の和真は外で待機している。


「神と那智が一緒じゃなければどういう組み合わせでもいいぞ」


もしもの場合を考えると、Blue Roseの要である二人を同じバイクに乗せる事はできない。


そんな宗司の言葉に、京平がゆるりと視線を流した。


その視線がヒタと向けられた先には、いつもの如く涼しげな表情を浮かべている那智の姿。


京平の言外の言葉を読み取った那智は、口元を僅かに緩めた。


「俺は京平の後ろに乗る。神と宗司さんは単独で行きたいだろうから、高志さんと直哉は一緒に行けばいい」


「了~解。それじゃケツ持ちは俺と直哉が担当する」(※ケツ持ち。この場合は、集団のいちばん最後尾を走るバイクの事。警察や敵に追いかけられた時、相手を撹乱して前にいる仲間を逃す役目)


「お、高志がケツ持ちなら和真より数倍安心だな」


宗司の言葉に、その場にいた全員が多かれ少なかれ笑いを零した。


つい最近、道路に落ちていたバナナの皮にタイヤを滑らせて、和真の運転するバイクがコケたばかりだ。そんな古典的なコケ方をする奴が本当にいるなんて…と、Blue Rose内での笑い話になった事を暗に宗司は言ったのだ。


直哉に至っては涙まで流して大笑いしている。思いっきりツボにハマったらしい。




そして数分後。


和真が扉を開け、「時間になりました」と告げた事で、それまでの和やかな空気が一瞬にして消え失せた。


辺りを満たすのは、心地良い緊迫感と、全身を駆け巡るアドレナリンから醸し出される闘争心。


それでも浮足立った感じがいっさい見受けられないのは、さすがとでも言おうか。


闘争心と冷静さが見事に融合している精神は、誰もが持てるものではない。


「行くぞ」


神の低いハスキーな声が、皆の腹底に青い炎を灯した。



Trinityの外、裏路地には、低く唸るようなエンジン音を響かせたバイクが4台準備されていた。


それを守るように、和真と、あと2人、和真の補佐的なメンバーが控えている。


幹部6人が姿を現した瞬間、和真の補佐をしている少年二人の顔が一気に紅潮し、そして緊張に強張った。


和真とは違い、幹部と直接やりとりする事がほとんどない彼らにとって、幹部全員が目の前に勢揃いしている今の状況は、天地がひっくりかえるほどの出来事なのだろう。


特に、神の放つ気配は圧倒的で、通常の人間であれば目を合わせた瞬間に身動きが取れなくなってしてしまいそうな程に濃密な圧力を感じる。


「じゃあ和真、後は頼んだぞ」


「任せてください、宗司さん」


「俺たちがいない間に何かあったら、お前お仕置きな」


「え゛っ」


相変わらずの2人のやりとりに、思わず那智の口から小さな笑い声がこぼれた。


その涼やかで温かみのある声に、和真の補佐である2人の顔つきが変わる。


神の放つ物騒な圧迫感に気圧されていた2人の心が、一瞬にしてフワリと解かれたのだ。


思考能力が戻ると同時、彼らの脳裏にとある人物の存在が浮かび上がる。


一般メンバーには顔も知られていない、Blue RoseのNo2。


咄嗟に、声が聞こえた方向へ視線を巡らせた。だが、その動きを察知した京平が、彼らと那智の間を遮るようにスッと己の体を割り込ませる。


和真の補佐をするくらいなのだから、素性に間違いはない2人。那智の姿を見られても構わないはずなのに、京平はそれを頑なに拒む。


自分が認めた相手以外とは、出来るだけ関わってほしくない。京平の瞳に浮かぶその思いに、那智は思わず苦笑してしまった。


そして、京平にジっと見つめられた二人は、狂犬と異名を持つ幹部の強い眼差しに抵抗する術もなく、息を詰まらせて視線を宙に彷徨わせた。


このくらいで負けるようでは、彼らの今後は幹部候補補佐以上を期待はできないだろう。


那智はそう結論付けると、神達がそれぞれのバイクに向かったのを見て、自分も足を踏み出した。


全員がバイクに跨ると、神、宗司、那智と京平、そして最後に高志と直哉がアクセルをふかして走り出す。


排気音を響かせ、高楼街の端にある宮之内埠頭第五倉庫に向けて走り出した4台のバイクを、和真達3人は高揚する気持ちを抱えて見送った。







宮之内埠頭、第五倉庫。


暗闇の中に聞こえる波の音。広大な敷地にいくつも立ち並ぶ巨大な倉庫群。


その内の一角、いちばん奥まった位置にある倉庫。それが第五倉庫だ。


那智達Blue Roseの幹部が辿り着いた時には、周辺に人影は見当たらなかった。


だが、もう既にMoonlessの幹部達は倉庫内に入っているのだろう…。那智はそう確信した。



自分達のバイクは、ここに来る少し手前の小さな倉庫に隠すように置いてきた。


多数のバイクが夜更けの倉庫群に存在している事を知られた場合、やっかいな事態を引き起こしかねないからだ。


今夜ここで会合が開かれる事は、他の派閥どころか、身内の一般メンバーすら知らない。


裏高楼街2大派閥の幹部が会合を開くなど、めったにない事。特に今回は、自分達のあずかり知らぬところで何かが起きている、その為の会合だ。できるだけ秘密裏に動きたい。


Moonlessもそう考えたのだろう、辺りを見渡してもバイクは1台も見当たらない。


今から対峙するのは、少しでも隙を見せたらその瞬間に取って喰われてしまう事が容易に想像できる相手。


那智は、これから始まる静かな闘いに向け、その双眸に力を込めた。



各々が腹の底で何を思うか、暫し第五倉庫を見つめていると、隣に立つ神の靴底が砂をこする微かな音を立てた。それが、倉庫へ向かう合図となった。


誰も言葉を発さずに己のタイミングで足を踏み出し、那智も続くように歩き出そうとしたその瞬間、二の腕を誰かが掴んだ。


喧嘩上等の割には綺麗でスラリとした力強い指が、那智の腕をしっかりと掴まえてその歩みを妨げる。


誰?と思うは一瞬の事。見なくてもすぐに犯人はわかった。隣に立っていた神だ。


問いかけの視線を向けると、神は無言のまま、斜め後ろに立っている京平を目の動きだけで指し示した。


何が言いたいのか理解できたはいいが、理解した事によって那智の眉間に若干の皺が寄る。


過保護すぎじゃないか?と言いたい気持ちをグッと堪えて、渋々と了承の溜息を吐き出した。


那智が大人しく京平の横に移動したのを見てとった神は、今度こそ倉庫の入口に向かって歩き出した。


不満はあるものの、神が出す指示はいつも的確なものだとわかっているだけに、悠然と歩くその後ろ姿を見つめて那智も大人しく歩きだす。


『できるだけ闇の連中に顔を曝け出すな。京平の背後に隠れてろ』


神が言いたかったのはそういう事。


確かに、あまり目立って顔を覚えられたくない立場としては、その意見に従うほかない。


楽しげに口元を緩めている宗司と高志以外は皆無表情のまま、倉庫の脇にある小さな扉をくぐった。




足を踏み入れた先の倉庫内は、月明かりさえ入り込まない真の暗闇。埃っぽい乾いた空気が辺りを満たしている。


「…神さん。左斜め前方に人がいます」


低く小声で呟いた京平の言葉に、神が無言で頷いた。


この暗闇に慣れる間もなく、気配だけで全てを感じ取っている京平の言葉。もう既に狂犬モードに切り替わっている証拠だ。


夜目が利く神にも、もうその人影とやらは見えているのだろう、迷わずそちらに向かって歩き出した。


那智は、両眼共に視力1.2はあるものの、二人ほど人間離れした感覚はもっておらず、人影なんてものは微塵も捉える事が出来ない。


己を嘆くべきか、二人の動物的な能力に感心するべきか…。


そんな複雑な思いで後に続いた。



砂混じりのコンクリートの地面を歩く複数の足音が響きわたる倉庫内。


もう少しで中央に辿り着くだろう場所まで来た時、数メートル離れた場所に小さな明かりが灯った。


微妙に揺れているところを見ると、その光源が懐中電灯のような物から発せられているとわかる。


突如として現れたその明かりを機に、那智達が足を止めて相手の反応を待つこと数秒。


更にもう一つ明かりが灯された。


それにより、若干だが周囲が明るくなる。そして前方の暗闇に浮かび上がった6人の姿。


Moonlessの幹部達だ。


那智の斜め前に立っている直哉が、相手方の姿を視界に入れた瞬間小さく息を飲んだ気配が伝わってきた。


直哉は、Blue Roseの幹部に上がったばかり。


今回のような大きな会合、それもMoonlessのような大きな派閥の幹部会合など初めての参加だ。


一見何事もない様子を装っているけれど、内心では結構な緊張を強いられているのだろう。


だが、これも経験のうち。慣れてもらわなければ困る。


那智は、チラリと直哉に視線を向けて様子を窺い、とりあえず何か問題が生じた場合は自分がフォローしようと心に留めた。



「Blue Roseの幹部の方達ですね?」


懐中電灯にうっすらと照らされた人影の内、左から二番目に立っている少年が声を発した。


ほんの少しだけ高めの声。まだ子供らしさが抜けていない声の割に、その口調はいやに大人びている。


それに対して、こちらは宗司が応えの言葉を放つ。


「あぁ、そうだ。そっちはMoonlessの幹部だな?」


「はい、間違いなく」


暗闇の中、ぼんやりと浮かぶ姿と声で互いの身分を証明し終えると、倉庫内を満たしている乾いた空気がさらに張りつめた。


ここからが本番。さぁ、誰が本題の口火を切るのか…。


そんな緊張感が漂う中、ある男がいともあっさりと本題を口にした。拍子抜けするほど簡単に。


「それで?うちの下の子を襲ってくれたのがゼロの人間じゃないという証拠は、いったいどこにあるのかしら?」


余裕のある声色と、本当か嘘かわからない女口調。


この特徴的な話し方がMoonlessの№2である羽純のものだという事は、那智達も知っている。


女口調から中身も女性らしく穏やかなのだろうと勝手に勘違いする者もいるらしいが、とんでもない。羽純の本性が獰猛な肉食系だと、この場にいる誰もが知っている。


暗闇の中ではっきりと姿は見えないが、羽純の声が響いた方向へ那智が視線を向けると同時、今度はこちら側から声が放たれた。


「物的証拠は無い」


あまり大きくはない、どちらかというと押し殺した小さな声だというのに、その掠れ気味の低い声が響いた途端、Moonlessの幹部達から息を飲むような気配が漂ってきた。


顔はよく見えないまでも、濃密な圧力の気だけは痛いくらいに伝わってくる。そんな声の持ち主は、Blue Roseに一人しかいない。


神、だ。







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