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幸せの海

作者: 夏目はづき

私は今、溺れている。

溺れているといっても水にというわけではない。

私の心の中に存在する感情の海原に溺れているのだ。

でも、この海原は最初から存在したわけではない。

この海原はほんの一瞬で洪水で形成されて、私はその洪水に巻き込まれてこうして溺れているのだ。

ほんの一瞬の出来事を回想してみよう。


私の目の前にあの人がいた。

あの人は私の恋人で、今日で付き合って三年目になる。

三年目の記念日にどこかいこうかって話してたけど、どっちも仕事が入って私の部屋でささやかに祝おうって事になった。

だから、今目の前にあの人がいることに何の違和感はない。

けど、今のあの人はものすごい違和感を感じる。

何故ならまるで私の部屋に初めてきたように挙動不審だからだ。

私の部屋をきょろきょろ見回したり、飼い猫をじっと見たり、何か言いたげに私を見たり・・・。

もちろん、あの人が私の部屋に来たのは初めてではない。

だが、こんなに挙動不審だと、色々勘ぐってしまうのが女というものである。

「ねぇ、何か言いたいならちゃんと言ったら?」

そうあの人をまっすぐ見ていった。

少し動揺して目をそらして、ぎこちない笑顔であの人は言った。

「な、なんでもない。」

目をそらすところがなおさら怪しい。

私は怪しい行動を取る彼に詰め寄る。

「じゃあ、なんでそんなに挙動不審なの?」

あの人の顔が強張った。

「そんなことないよ?」

とあの人は少し焦った声音で言った。

もう三年も一緒に居るのに、そのぎこちなさは何?

しかも、なんでもないって言ったくせになんで何か言いたそうにするの?

あなたは、なにを言いたいの?

私の頭に浮気という二文字がかすめる。

いやでも、まさか・・・って思うけど、疑い始めたらもう止まらなくて、気づいたらあの人に平手打ちをしてた。

大きな手形があの人の顔についていた。

間抜けな図柄だけど今の私には笑えなくて、薄ら私の目に涙が浮かんでいる事に気づいたあの人は、

「どうした!?なんで、平手打ち!?」

って心配したように言ってきてくれたけど、私はちぐはぐな答えを言った。

「浮気してるんだったら、はっきり言えや!!!!」

あの人はぎょっとした顔をしていた。

さらに焦ったように、

「浮気なんかしてないし、する気もない。」

って言われたけど私は納得が出来なくて、

「じゃあ、なんでそんなに挙動不審なの?なんで、そんなに何か言いたそうにしているのになにも言わないの?なんでそんなにぎこちないの!?」

と怒鳴り散らしてしまった。

彼はしばし黙って、観念したように溜め息をついた。

私はやっぱりと思って、浮気の白状と別れの言葉がその口から出てくるのを待った。

だから、次の瞬間自分にされた行動が理解できなかった。

気づいたら私はあの人の腕の中に居た。

私は彼の背中越しの自分の部屋を茫然と見ながら、耳元に囁かれた言葉を聞いた。

「結婚しよう。」

その一瞬で私の目からさっきよりもたくさんの涙があふれた。

色々な感情が洪水となって心を満たしていく。

そして私の心に感情の海原が出来た。


私はもう底の無い海原を沈んでいく事しか能が無くなってしまった。

あの人が私をこんなにしてしまった。

でもきっと、いつかこの海原は枯れてしまうだろう。

そのときが来るまで、私は沈み続ける。

不安も、楽しみも、怒りも、喜びも、悲しさも、すべてを巻き込んで。

幸せという名の水圧で、私は息が出来なくなった。

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