2-1 「人類殲滅兵器」
『つーわけでジ・ハードが何をしようとしているのか探ってくれないか?』
自宅のリビングで無線機を耳に当てて話していた。空間上に触れるだけで表示できる立体ビジョン端末を使っても連絡はできるが、こっちは盗聴の恐れがある。
現在では無線や有線電話のほうが盗聴の恐れは非常に少なかった。『4DVNET』という空間上にパネルを表示することで通信、買い物、情報交換をすることができるものが国民の中で主流だった。これは人間の脳波を生まれた時に識別コードを発行し、その人間が呼応することで呼びだすと言うシステム。
もっとも、脳波識別コードさえわかれば盗聴も可能という危険なものでもある。だからこそ、読み取りをジャミングする素材などが家には使われていた。
とはいえ、相手側が読みとられては意味がない。だからこそ無線や有線が安全なやり取りの一つとなっていた。
そしてその相手は――
『いいけどさー』
乗り気のない女性の声。彼女はエシュウ。といってもコードネームだが。
『いいけど何だよ?』
『いやー、あんたもとことん変なのに好かれるなぁってね』
『ほっとけ!』
『あはは、じゃあ調べておくよ』
『ああ、頼む。金はいつもの方法で振り込んでおく』
『了解―。じゃねー』
エシュウはプロキシの一人。といっても諜報系専門の人間。プロキシ同士で依頼料を払い情報を得ることも少なくはなかった。
「はぁ、我ながら面倒な事に巻き込まれたもんだ」
「ご、ごめんなさい……」
横で申し訳なさそうにアリスは言った。
「
いや、アリスの事じゃない。こっちの事だ」
ジ・ハードメンバーの襲撃事件から数時間。あの場はプロキシに任せた。アリスの事を詮索されるわけにもいかなかったし、あの最新鋭戦闘兵器を切り裂いた獲物を知られるわけにもいかなかった。
刀の柄だけのような形状の武器――――これは脳波に呼応してα波、つまりは集中した精神力を受けて刃となる武器。どういう理屈で形状が刃化して相手を切り裂けるのかは分かっていない。何百年も前にあったロストテクノロジーだとかどうとか……。この武器は酷く使い勝手が悪い。電力も酷く消費することもあり、起動時はせいぜい30秒が関の山。しかも、使用後はひどく疲労感に襲われるというリスクもある。
よって、隠し玉であるこの武器の存在を知られるわけにはいかない。
今この武器の存在を知っているのは俺を除いてアリス一人だけだ。
「ねぇ……、私って昔、悪い事していたのかな……?」
不安そうにこっちを見つめるアリス。夕方の事を気にしているな。
「アリスはそう思うのか?」
「だって、昔のことも覚えてないし……」
「アリスはいま悪い事したいって思うか?」
アリスは大きく横に首を振った。
「だろ? 今のアリスがアリスなんだよ。過去に何があったかは知らないが、お前は悪い事するような奴じゃない。俺が保証する」
「うん……」
それにしても、ジ・ハードか……。つくづく縁があるな。
「アリス、今日は遅いし寝るぞ?」
明日学校もあるしな……
――でっ、結局俺はソファーっと。
寝室のベッドはアリスによって占領されている。とはいえ、さすがにここに寝かせるのはあれだからなぁ……。しょうがないか……
朝、電子音が部屋中に鳴り響く。これは誰かからの通信連絡の知らせ。宛名は――
『エシュウ』
そう書かれ、空間上に文字が流れていた。ふと時計をみる。時計の針は6時半を指す。
「エシュ、もう分かったのか?」
文字に手を触れ、通信を受信。
『おっはよー。なんだかテンション低いね?』
「寝起きだからな……」
『あはは、ごめーん。私は徹夜でナチュラルハイなんだ』
「そんなこと言うために電話したのか?」
『あ、そうそう調べて分かった事があるから連絡をね』
「ちょっとまて――、盗聴は大丈夫か?」
『大丈夫だよ。完全なスタンドアローンの回線を有線でひいてるから――』
スタンドアローン――さしずめ、他の人間に盗まれない回線を1本家までひいていることになる。
「いつの間にそんな事してるんだ!?」
『まぁ、いいじゃない』
「よくない!!」
『それより、仕入れた情報聞かなくていいの?』
「そうだったな……」
『彼女について調べたわ。それと20年前の出来事も――』
「そうか、何か見つかったか?」
『そうね……。詳しい文献はあまり残っていなかったけど、一つだけ気になることが見つかったの。〈魔女〉についてよ。〈魔女〉はかつて、人類を滅ぼす寸前まで追いやった。〈魔女〉にはあらゆる武器が通用しなかった。そして人類は絶望した。でも、7人の勇者が伝説の武器を駆使して〈魔女〉を倒して、〈魔女の体〉を分割して封印した。そういう文献が残っていたわ』
「なんともベタな三流のファンタジーだなぁ」
『まぁ、聞きなさい。昨日逮捕したジ・ハードのメンバーに出ていた指示。それにも出ていたの。〈魔女の体〉を回収せよ。ってね』
「ジ・ハード……。昨日の事もあるし、何にしても無関係とは思えないな」
昨日言っていた事、エシュの情報を照らし合わせるとロクな事をたくらんでいるとは思えないな。
「エシュ、引き続き頼む。あと……、アリスの事だが俺が学校に行っている間――」
『大丈夫。こっちでしっかり監視しておくわ。その代り報酬よろしくねー』
「へいへい」
通信が切れ、時間を確認――
「ってまた遅刻ぎりぎりかよ!! アリスすまん。学校行くから、大人しくしておいてくれ」
ベッドから起きあがり、まだ寝起きの彼女はぼーっとしていた。
「んー、わかった……」
目をこすりながら答える。たぶん寝ぼけているな……
「エシュってお姉さんこっちによこすから、その人にご飯つくってもらえ」
さすがに、家を空けておくのは危険だ。信用における護衛が一人ほしかった。
「わかった」
「――そろそろ行くか」
家を猛ダッシュで駆けた。
8時57分――。久々に遅刻を免れた気がする。堂々と教室の入り口をくぐり、席に座った。他の生徒は物珍しそうにこっちを眺めていた。それはそうだろう。入学してまともに間に合った事はほとんどないのだから。
「ちょっと、タケル。なんであんたが遅刻しないのよ?」
どうどうと真横に立った女性は言った。なんというか無茶苦茶な言い分だ。
「俺が遅刻しないことは悪いことなのか?」
「タケルが遅刻しないなんて……、明日人類が滅ぶんじゃ……」
ずいぶんの言い草だ。否定できないぐらい遅刻しているのも事実だが……
「俺だって遅刻したくてしてるわけじゃないんだよ!!」
プロキシのハードワーク。依頼はたいてい夜の行動がほとんど。そのせいか一晩中ということが常だった。
「ふーん。昨日の美人な外人さんに起こしてもらったのかしら?」
そう言えばこいつ……、ミリアと会ったんだっけな。
「それとももう一人のちっちゃくてかわいい子?」
「べ、別にどうでもいいだろ?」
アリスが俺の家に泊っているなどといったらどんな変なレッテルを貼られるかわかったものではなかった。それだけは避けなければいけない。
これでも俺は学校が好きだった。平和な日常の居場所として特別な存在。
「それにしてもタケル。あんたがロリコンだったなんてねぇ」
「なっ、おま、何をデタラメ――!?」
「「な、タケルお前、小さい子を家に!?」」
郁美の声は不幸にもクラス中に響き渡っていた。
「タケル君ってロリコンだったんだ……」
などという心ない言葉も上がっていた。さようなら俺の憩いの場所……
「郁美……、お前俺に何の恨みがあるんだ……?」
「別に……」
頬を膨らましながらぷいっとそっぽを向いた。