プロローグ
車のアクセルを目いっぱい踏み、Gが体に重く圧し掛かる。スピードメーターは160kmをオーバーしていた。
運転席に座る女性は言った。
「I'll catch up soon」
「英語でしゃべるな!! よくわからん」
このぐらいの英語は分からないこともない。だが、そこまで英語が得意な方ではなかった。
それに――、いちいち英語で話しかけられるのも嫌だった。
「Boy of small caliber」
あきれ顔で運転席の女性は言った。
「うるさい!! ここは日本なんだから別にいいだろ!!」
彼女はため息を大きくついた。
「はぁ、しょうがないわね。まったく……、日本の男は女性に合わせる気概ってないのかしら……」
「合わせるも何も俺は英語がわからん」
「It's pitiful」
「ほっといてくれ!!」
「あら? 英語分かっているじゃない?」
「簡単な英語ならな」
ブロンドの髪をした20代前半の白人の女性。ぱっと見ハリウッド女優のような顔つき。これだけの速度で車を飛ばしていたら、さながら映画のような気分になる。
もちろんただスピードを出して運転していると言うわけではない。ある車を追っていた。
「見えてきたわ」
目の前を猛スピードで走る車。そして、こっちの追尾に気づき、逆車線へと飛び出す。
「しっかり、つかまってなさい!!」
もちろんこっちも逆車線へと相手の車を追うために飛び出す。
「うぉ!! ――って危ないぞ!!」
「運転はなんとかするわ!! あなたは車を止めて」
「この状況で!?」
「いいからはやくやりなさい!!」
正面から走行する車を華麗に避けながらの罵倒。
「はぁ、まぁ止めるしかないよな……」
胸から愛銃のガバメントを取り出し、セイフティーを解除した。そして、車のリアサイドウィンドウを開け、体を窓から乗り出した。
Gに加えてこの風圧。おまけに車は左右へと大きく揺らし、前方車両を避ける。はっきりいって最悪の状況だ。狙い撃ちどころか、車と接触すれば、命すら落としかねない状況。
銃を構え、逃げる前方車のタイヤに照準を合わせる。しかし、当然ながら定まるわけがなかった。
「ミリア、運転もうちょっと抑えてくれないか?」
「ほかの車に衝突して死んでもいいならね」
相手の車も当然ながら左右へと大きく避けながら逃げていた。
まったく……、しょうがないか。
銃を構え再び照準を車へと向ける。
前方、おまけに左右からの慣性。この状況で当てるのは至難の業だった。
「もうじき車線が合流するわ。そうなると止めてちょうだい!」
「――たく……、無茶ばかり言いやがって……」
「あなたの『プロキシ』としての腕、見せて頂戴」
まったく……、人を何だと思っているんだ。だけど――
「仕事はこなさねぇとな」
銃を構え、動く車に狙いを定めるが、定まらずにいた。
いや、そうじゃない。
車の避ける動きを予測するんだ。さらに前方で走る車。それをどう避けていくかを――
そして――――
ここだ!
ガバメントの引き金を引いた。カチっと言う金属の接触音と共に発砲音が鳴り、銃弾は勢いよく直線を描き、そして、逃げる車のタイヤへと見事命中した。
バランスを崩した車は大きくスピンを起こし、何回転もスピンを繰り返し、そして止まった。もちろん
ミリアは車を止め、車を降りた。
「うぉ!?」
大量の銃弾を撃ち込まれ、車の裏へと素早く隠れた。
足止めをされた男はこちらにマシンガンを向け乱射する。
「あんなものどうやって日本に持ち込んだんだよ……」
「お金さえだせば持ち込めるルートがあるんじゃないかしら?」
「怖い世の中だな」
「私が踏み込む。援護をお願い」
「おい!」
ミリアは車のボンネットを飛び越え、そのまま男達の方へと駆けた。
男達との距離は100mほど、間に障害物となるものは何一つとしてなかった。その距離を走るのはあまりにも無謀。辿り着く前にハチの巣だ。
「無謀過ぎんだろ……」
銃を構え撃ちこむ。1発2発……。銃弾を全弾打ち切る。男達に撃たせる間を与えない。
その間わずか15秒弱。だが、彼女には十分すぎる時間だった。
車を飛び越え男の一人を蹴り倒した。もう一人の男はそれに反応して、銃口を向ける。
が――、彼女は華麗に体をひねり、回し蹴りでその銃を弾いた。そして、追撃の一撃。
ものの数秒で男達を制圧した。
つえぇ……。さすがは『NSP』の部隊に所属しているだけの事はある。
NSP――――League of Nations Special Forces(国連特殊部隊)の略であり、歴戦の勇士たちの部隊が10人で構成する部隊である。通称L10(Legend10)などと呼ばれている。
そして、彼女は後部座席から銀のスーツケースを取り出した。
「あったあった。盗まれた機密文書」
「よかったな。おかげで俺はくたくた」
「あら、このぐらいのことでだらしないわね」
「俺はお前と違ってこれは本職じゃないんだよ!! おかげで今日も徹夜だ……」
「男の子が泣きごと言わない」
「ほっとけ!」
などとやり取りをしている間。他の場所をくまなく調べていた。ボンネット――
そして、トランク――
「なっ……!?」
トランクを開けると、そこには少女が眠っていた。歳は12、13ぐらいだろうか?
「おい、大丈夫か?」
少女を抱きかかえ、地面にそっと寝かせた。そして、少女の頬をぺちぺちと叩く。
「んっ……」
かすかにうなる。よかった……。まだ生きている。
そして――
少女は目を覚まして――
突然起き上がり、見えない速度で首を片手で掴まれそのまま持ち上げられた。
「ぐっ……、かはっ……」
『我を邪魔するのは貴様か? 世界の破滅を拒むか?』
「な……、なに……を……」
『返事がない。これは肯定と受け取る。死ね――』
これは……、ヤバい……。この力はなんなんだ……。とても人間とは思えない力。
だが――
『ヴヴ……、うっ……』
様子がおかしい。急に力は弱まり、そして、その手から解放され、その場に少女はうずくまった。
「あああああああああああああああ」
少女の叫び声。そして、少女はそのまま崩れ落ち、意識を失った。
いてて……、いったい何なんだ……。
「さすがに、寝込みを襲うのはどうかと思うわよ?」
スーツケースを手に持ち、ミリアはあきれ顔で覗き込む。
「お前……、見てたのか?」
「えぇ、一部始終。あなたが少女を抱きかかえたところから、寝込みを襲おうとして返り討ちにあうところまでね」
「捏造するな! それに――、見てるなら助けろよ!」
やがて、警察が現れ、現場を警察に任せることにして、俺たちは退散した。
「それよりこの子はどうする?」
あの場で警察に任せることもできたが、世界的犯罪組織の誘拐した少女だ。下手すれば、またさらわれる可能性もないとは言えない。だから連れてきたわけだが、まぁ、『NSP』に預ければ安心だからな。そう思っていた。だが――
「さぁ、あなたが連れてきたんだから、あなたが考えることでしょ?」
「はぁ――!? 依頼したのはお前らだろ? それに事件に関するんだからお前らの保護対象だろ?」
「私は、書類を奪回しろと言われただけで、少女を助けろとは言われていないわ」
「あのなぁ……」
「それにね――、私は軍に縛られている人間。だからあなたに任せた方がいいと思う」
たしかにこの少女が軍に保護されれば、安全だが、いろいろと尋問で拘束されるのも確かだろうが……
「それに、書類申請がめんどくさいでしょ」
「そっちが本音かよ!」
「まぁ、私達も調べておいてあげるから、それまで面倒をみなさい」
などと言いくるめられてしまった。
「しかし、驚いたわ。あの状況の中で見事、一発で車をしとめるなんてね。さすがはプロキシの有望株ね」
「褒めても何も出ないぞ?」
「本音よ。また何かあったら頼むことにするわ」
「勘弁してくれ」
ミリアを含むこの部隊は世界レベルの事件の解決や制圧に望む部隊だが、こういう国際指名手配などにも積極的に手を貸している。
そして、プロキシ――――簡単に言えば何でも金さえ払えば、任務をこなす傭兵(と言ってもプロキシもいくつか国際条約があり、犯罪行為は禁止だが)。依頼は買い物やベビーシッターからテロリストの鎮圧。はたまた代理戦争と様々。世界に10万人。現在、日本では犯罪が横行し、プロキシは重要職業で重宝とされていた。