・動詞と形容詞 ―戦闘シーンを描写するには―
女「戦闘シーン?」
男「そう、一瞬一瞬を書くシーンでのテクニックを説明するね」
女「私が君に襲われるわけだ」
男「まずは以下の文を比べてほしい」
女「スルーっすね」
1:青年は彼女を追った。それを天使は阻止した。
2:彼女を追う青年。それを阻止する天使。
1と2の違いは何か。情景を描写する意味では、どちらも同じ場面を描写しているに過ぎない。何が違うのか、は難しい。
女「えっと、1は動詞だけど、二番は体言止めになってるとか?」
男「その通り。まずはそこだね」
女「えーと、体言止めは、その名詞を強調するときに使える修辞法じゃなかったけ?」
男「たしかにそうだね。でも、もう少し詳しく話していこう」
1’(プライマリ):青年は彼女を追う。それを天使は阻止する。(時制をそろえる)
1’’(セカンダリ):青年は彼女を追う。Andそれを天使は阻止する。
2:彼女を追う青年。それを阻止する天使。(体言止め)
2’’(セカンダリ):彼女を追う青年。Andそれを阻止する天使。
セカンダリは説明用だから無視していいよ。この二つの違いは何かな?
結論を言うと、時間が違うんだ。
女「え、時間? 時制をそろえたじゃん」
男「いや、時制は一緒だけど、継続時間が違う」
男「1’の方は動詞(Verb)であり、作用動詞。作用動詞とは、主語が一連の動作を何かに働きかけている動詞だ」
女「私が君を蹴る、みたいな?」
男「当然、一連の動作が完了するまでに時間がかかる。君が何かを蹴るとき、足を振りかぶる一連の動作を完了して初めて、蹴る、といえる」
女「ちくしょう、蹴りたい背中だよちくしょう」
青年は彼女を追うために行動を起こし、実際に追いかけるという一連の行動を完了させている、ないしは遂行中である。
それを天使が阻止している。天使が青年を「阻止する」というアクションを継続して行っている、ないしは成功させているわけだ。
今ダッシュしてるんだ。それを天使が阻止するんだ。
女「はいはい」
つまり、1’の方は「まず、青年が追いかけた。次に天使が阻止した」という意味。
僕たちは「青年が走り出す前→走っている状態→天使が阻止する前→天使が阻止する」という一連の流れを見ているわけになる。
女「おお」
「青年が実際に追いかけた分の時間は経過している」といえる。
青年がダッシュした分、一秒や二秒、あるいは0.1秒経過している。
男「んで、2の方は連体修飾語法=形容詞(Adjective)。形容詞は物体(Object)の状態を説明するものだ」
女「この本は今開いてます、みたいな?」
男「ん、まあ近いね。でもそれじゃ、作用動詞の状態動詞化になってるわけだから、正確には開いているほん、の開いている、が形容詞」
女「開いている状態でーす、ってことか」
男「青年は、彼女を追いかけるという状態にある=彼女を追いかけている、その一瞬を切り出した状態だ。
天使もまた、青年を阻止するという状態にある=青年を阻止している、その一瞬を切り出した状態にある」
ダッシュしている青年がいるんだ。それを阻止する天使がいるんだ。
2の方はA「青年が追いかけるや否や、天使が阻止する」という意味にもB「まず、青年が追いかけた。次に天使が阻止した」という意味にも取れる。
女「まじで? それってなんで?」
Aの解釈は、青年、天使という二つの名詞を、並立のAndでつないで解釈する方法。
「青年が走っている状態、天使がそれを阻止している状態」という一瞬を眺めている。
女「並立のAndってあれか。赤い本、青い鳥、みたいな同時列挙のことか」
男「そう」
Bの解釈は、青年が走っていると、天使が阻止した、という等位接続による順番列挙の形になってる。
「青年が走っている状態(が僕たちに見える)→天使がそれを阻止している状態(が僕たちに見える)」
女「パソコンの電源を入れる(状態の)男。そしてキーボードをたたく(状態の)男。
この、そして、が同時列挙じゃなくて、順番列挙、というわけだね」
男「そうだ。きみは写真を二枚見ている。電源を入れた僕、キーボードをたたく僕」
女「ははあ、んでAのほうは一枚の写真か」
男「そういうわけさ」
女「え、でもそれじゃAの解釈間違ってない?青年が走り出したのと天使が阻止したのは同時にじゃなくて、青年→天使の順番にでしょ?
正確には写真二枚になるじゃん?」
男「いや、そうでもないね。……あっち向いてホイ!」
女「ホイ!」
男「はい、今君が向いてる方向にはカップルがいます」
女「いませんけど?」
男「ぱちーん!男をぶっている女。女にぶたれる男」
女「ざまあみやがれ」
男「君はぱちーん!の瞬間に二人を見ました。はい、同時です」
女「……つまり、青年と天使を見たとき、その瞬間では青年は走っていて、天使は阻止していた、ってこと? だから一枚の写真でOKと」
男「そうだ。ここでさらに、1'を1に戻して考えよう。過去形もしくは過去完了ってことは、小説を読む人にとってはこれは過去の話だということだ」
1:青年は彼女を追った。それを天使は阻止した。
2:彼女を追う青年。それを阻止する天使。
女「うーむ、つまりこうか。1は『あんなことがあったんだー、そしたらこんなことがあったんだよ』で、
2は『今目の前であーんなことやこーんなことになってる』」
男「痴情のもつれみたいに言うな」
女「家政婦は見た」
男「まあ、つまりだ。結論として、緊迫感のあるシーンは体言止めがいい! ということだ」
女「見事なスルーっすね」
男「戦闘シーンは体言止め! 一瞬一瞬の熱い攻防を描写するには、動詞だけでは『遅すぎる』」
女「なるほど。戦闘の緩急のつけ方の一つとして、動詞の活用と形容詞の活用をしろってことだね」