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第1話 午前3時の約束

僕らには、ルールがある。

リヨンが午後十一時なら、ドゥアラは午後十時。昼間に何があっても、その時間に待ち合わせる。Discord。同じサーバー。同じボイスチャンネル。ビデオは、絶対になし。声だけ。それが、僕らが四十二日間守ってきた唯一の約束だった。


僕はロイック。ドゥアラ、ボナベリ。L2、情報工学。一人暮らしのアパートは、雨が降るとトタン屋根がうるさい。夜中にコードを書く。だって、午前二時の方がネットが速いから。昼間は市場でTecnoの携帯を売る。金持ちになるためじゃない。家賃と電気代と、小さなインターネットのパックを払うため。神様が望めば、一日千フラン。


彼女はナエル。二十歳。リヨンでUIデザインを勉強している。お父さんはボナベリ、ンドボ地区出身。フランス生まれ。一度もボナベリに来たことがない。ボナベリを知っているのは、お父さんのWhatsAppのボイスメッセージと、僕の動画だけ。「私はフランス人にはアフリカ人すぎて、カメルーン人にはフランス人すぎるの」彼女がそう言う時、声が少し震えるのを僕は知っている。本当は傷ついている。僕はいつも言う。「君はただナエルだよ。それでいい。それだけで十分だよ」


出会いは、四十二日前。Discordの開発者サーバーで。夜中の二時、僕はdivの中央寄せで三時間悩んでいた。彼女が書いた。「誰か、divを中央寄せする方法知らない?お願い、泣きそう」僕が答えた。「flexbox、display:flex、justify-content:center、align-items:center」彼女が「救世主!ありがとう!」と返して、そこからDMが始まった。「ありがとう、どこ出身?」「ドゥアラ、ボナベリ」「え?何?お父さんがそこ出身なの!」そこから、僕らは離れたことがない。毎晩。午後十一時から午前四時まで。もうコードなんて書かない。ただ、話す。時には何も言わずにお互いのタイピング音だけを聞いている時もある。


市場でも、客にTecnoの値段を聞かれても、片耳にはイヤホン。値段を言いながら、彼女には「ちょっと待って、かけ直す」って言う。客は「誰と話してるんだ?」と変な顔をする。気にしない。リヨンの授業でも、彼女も三つ編みの下にイヤホンを隠している。教授に「ナエル?聞いていますか?」と呼ばれて「すみません、はい、聞いていました」とイヤホンを外す。本当は何も聞いていなかった。米を焦がした話をする僕の声を聞いていたから。


夜、僕らは再会する。疲れているけど、お互いの声を聞けて嬉しい。それが僕らの時間だ。誰にも盗めない。学校にも、市場にも、距離にも盗めない。


あの夜。午前二時。バグが三時間も直らなくて、僕は叫んだ。「動かない!全然動かない!」キーボードを叩きそうになった。彼女は、落ち着いて、あの言葉を言った。「落ち着いて。深呼吸。なんとかなるよ。いつも、なんとかなってきたでしょ?」その言葉は、いつも僕を落ち着かせる。ジュニアが言ったら殴るのに、彼女が言うと本当に呼吸ができる。ボナベリの暑さも、市場の騒音も、全部忘れられる。


そして、彼女は囁くように言った。Discordに録音されるのが怖いかのように小さな声で。「ロイックって、起きていたくなる声をしてるよね。知ってた?」心臓が、うるさいくらい鳴った。トタン屋根の雨音よりもうるさく鳴った。「え……ありがとう……」声が裏返った。「ごめん!変なこと言った。忘れて。今二時だし疲れてるの」慌てて言った。「忘れない。覚えておく。二時に言ったことは全部覚えておく」


午前四時。「おやすみ、リヨンのナエル」「おやすみ、ボナベリのロイック」いつものように同時に切る。せーの、で数えて。通話を切った後、僕は真っ暗な画面の前で、彼女の五秒のボイスメッセージを、ループで聞いていた。十回、二十回。リヨンでも、彼女は同じことをしていた。ビルールバンヌの小さなアパートで、僕の「なんとかなる」って言ったボイスを、ループで。彼女が一週間後に白状した。


次の日、僕らはErasmusの話をした。「フランスに来られるの?」彼女はボイスでも笑っているのが分かる声で聞いた。「うん。L2とL3で平均15取れば、奨学金が出る。飛行機も寮も少し大学が出してくれる」「15?持ってるの?」「今は13.8。でも頑張れば取れる。寝なければ」嘘をついた。13.8から15は本当はとても遠い。でも彼女の前ではできると言いたかった。二人とも黙った。「リヨンに来るの?」「うん、リヨンに。君のいるリヨンに」「それって素敵だね」ボイスは繋いだまま。聞こえるのはお互いの呼吸とPCのファンの音だけ。気まずくない沈黙はこの二人だけだ。その夜初めて僕らはボイスを繋いだまま寝落ちした。


ある夜、ボナベリに帰る。午後十一時。雨が降って道は泥だらけ。腹が減った。米を炊く。ソースなし、塩だけ。Discordの通知。ナエルがオンライン。「いる?」「うん、一時間待ってた」彼女はそう言った。「お父さん、あなたのマンゴーの木の動画見たよ。『あれはまだあるのか』って言ってた。嬉しそうだった。少し泣いてた」彼女のお父さん。ミンコ出身。僕の家から二本隣の道。ボナベリでは二本隣に住んでるのに、出会ったのは3500km離れたDiscordだった。お父さんは二十五年間ボナベリに帰っていない。運命は時々意地悪だ。そして、L2の部分的な結果発表の日。朝六時。僕は寝ていない。ジュニアとバイクで大学へ。教育棟の前の掲示板に百人くらい並んでいる。皆押している。僕は震える手で名前を探す。NDOBO... N... LOIC NDOBO - 14.7 / 20 - 3位。叫んだ。心の中でじゃなく本当に外で叫んだ。「14.7!」周りの人が振り向く。ジュニアが抱きついてくる。「やったなロイック!あと0.3だ!」僕はすぐに外に出て、ボナベリの道の真ん中で、暑い中、ナエルにボイスをかける。ドゥアラは朝七時、リヨンは朝八時。授業中のはずだ。「ナエル!14.7取った!あと0.3!」彼女は授業中なのに出た。小声で「え?本当に?」その時、彼女は四十二日間で初めてカメラをオンにした。ビデオ通話。初めて。動く本物の顔が見える。教室の廊下で、彼女も泣いていた。「ロイックが見える!初めて!本物だ!」「ナエルが見える……やっと会えた」チャットに彼女が書いた。「残りの0.3もなんとかなるよ」僕が返した。「なんとかなる。君が言ったから」


その瞬間、僕らの関係は変わった。声だけじゃなくなった。顔を見た。泣いている顔を見た。もうDiscordの友達じゃなかった。


翌日、大学へ。寝ていないのに14.7で頭がいっぱい。講堂で一人でニヤニヤする。教授の話なんて聞いていない。ジュニアが揺さぶる。「ロイック寝てるの?14.7取ってからずっとニヤニヤしてるよ。リヨンの彼女?彼女だろ?」僕は携帯を見せる。泣いているナエルのビデオ通話のスクリーンショット。ぼやけてて下手な構図だけど、それが彼女だ。「昨日初めてビデオ通話したんだ。本当に。本物の顔で」ジュニアは初めて真剣な顔で「彼女……本当に綺麗だな。君の成績で自分のことみたいに泣いてたの?」僕は頷いた。「うん、自分のことみたいに泣いてくれた」


リヨン、朝八時。ナエルはデザインの授業中。gridの話なんて聞いていない。ロイックの14.7のスクリーンショットを見ている。もう壁紙だ。隣のフランス人の友達レアが覗き込む。「誰?Discordの彼?噂のカメルーン人?」「うん。14.7取ったの。フランスに来るのにあと0.3」「リヨンに来るの?君のために?めっちゃロマンチック!映画みたい!やっと本物で会えるね!」ナエルはペンをいじりながら目を伏せる。「違う……私のためじゃない。奨学金のため。私のためじゃない……勉強のため」「バカね、奨学金だって君のためよ。だって君がリヨンにいるから彼はリヨンを選んだんでしょ?」ナエルは答えられない。答えたくない。


ボナベリ、午後十時。ロイックは一人で狂ったように復習。ホワイトボードに赤で「15.0 目標」と三重線で書いてある。床には紙と空のコーヒー缶。Discord。ナエルはオンラインだけど、他の誰かとボイスチャンネルにいる。「ナエル - ボイスチャンネル : entraide-design with @Mathis」胸がざわつく。「Mathis?誰だMathisは?聞いたことない」参加する勇気がない。でも参加する。フランス人の男の笑い声がナエルと一緒に聞こえる。「いやでも君のデザイン本当に良いよナエル、明日のアトリエ来なよ、僕の家のアトリエ、広いし二人だけだしゆっくり見せられるよ」ロイックはマイクをミュートして聞く。初めての嫉妬。3500km離れてるのに胃が痛い。


ナエルはロイックが参加したのに気づいて嬉しそうに「ロイック!来たの!紹介するねマティス、リヨンのM2の子、卒制手伝ってくれてるの、めっちゃ優しいの」マティス「やあロイック!ドゥアラでコード上手い子だよね?ナエルからよく聞いてるよ、毎日君の話してるよ、『ロイックはすごい』って」ロイック、喉が詰まってぶっきらぼうに「やあ、勉強中なんで」ナエルはすぐに緊張を感じ取る。彼女は僕の声を完璧に知っているから。マティスとのボイスを抜けてプライベートへ。「ロイック?大丈夫?声が変だよ」プライベートボイス、二人だけ。二十三時十四分。ボナベリは停電、ロイックはバッテリーで繋いでいる。「Mathisって誰?」「クラスの友達、プロジェクト手伝ってくれてるの。なんで?怒ってる?」「いや……なんか近そうだなって。家のアトリエとか言ってた」「え?やきもち?」少し微笑む「ロイック……3500km離れた会ったこともない男の子に嫉妬してるの?」


ロイック、正直にフィルターなしで「うん、嫉妬してる。初めてだ」三秒の沈黙。初めての告白。ナエル、馬鹿にしないで優しい声で「男の子が私に触れもせずに嫉妬するのは初めて。いつも男の子は私の体のことで嫉妬する。どこ行ったとか誰と寝たとか。あなたは私の時間に嫉妬するのね」ロイック「だって君の時間しか持ってないから。君の体も匂いも持ってない。二十三時から四時までしか持ってない。それが僕の世界の全部なんだ。誰かが一時間でも取ったら、僕の世界を盗まれた気がする」


ナエルは少し泣く、胸を打たれて「ロイック……そんなこと言われたの初めて……」二回目のカメラをオンにする。パジャマでフィルターなし化粧なし髪も適当に結んだだけ「見て、いるよ。今夜は君だけのために。マティスなし。私たちだけ。ほら見て」ロイックもオンにする。タンクトップ、少し痩せて目の下にクマ、後ろに15.0のボード。「ごめん、嫉妬して」二分間黙って見つめ合う。話すより強い。リヨンの夜とボナベリの夜がビデオ通話の向こうで繋がる。泣いて喜んだ時とは違う、ただ見つめるだけの時間 一週間後。モンタージュ。ロイックは昼も夜も復習。外出しない。Tecnoもあまり売らない。小さな市場のテーブルに「改修のため閉店」と手書きの張り紙。ジュニアが心配して「ロイック市場来ないの?客が待ってるよ、客取られるよ?」ノートを抱えて「15取らなきゃジュニア。15取らなきゃリヨンに行けない」ナエルはリヨンでマティスとレアとの夜遊びを断る。レア「今夜クラブ行こうよナエル!Erasmusパーティーだよ!」「ごめん、ロイックの復習手伝わなきゃ、明日試験なの、大事なの」マティス、がっかりしてナエルが講堂から去るのを見て思う「彼女は隣にいるリアルな男よりDiscordの男を選ぶのか……俺は何なんだ……」夜、午前三時、ロイックとナエルはボイスで一緒に復習、彼女がNotionで色付きの暗記カードを作ってくれる。「このアルゴリズム、こう覚えるの、ほら」優しい声で。


L2最終試験の日。ドゥアラ大学の講堂、朝八時。すでに暑い。百五十人。扇風機がうるさい。監視員「三時間です。始めてください。不正行為は退学です」ロイックは狂ったように書く。ナエルと15.0のボードと「なんとかなる」の声を思う。手が震えて痛いけど書く。リヨン、同じ時間、朝九時、ナエルも試験中。パリの美術学校の講堂。机の下に隠した携帯にロイックからのメッセージ「なんとかなる。行ってくる」二人は3500km離れて同時に書いている。同じ空の下で、同じ分秒で。


二週間の待ち時間。地獄。一番つらい時間。ロイックは一時間ごとに大学のサイトを更新。サイトが重くて開かない。サイトに悪口を言う。ナエルもリヨンからドゥアラ大学のサイトを更新、知らなかったサイトをブックマークして更新する。彼女はロイックに送る「まだ?」「まだ」夜、ボイスで眠れない。二人とも怖い。ロイック「15取れなかったら、ボナベリに残る。一生このままだ。ずっとボイスだけだ」ナエル「15取れたら、リヨンに来る。私が空港まで迎えに行く。君の名前の看板持って」ロイック「リヨンに来て、君が本物では僕を好きじゃなくなったらどうする?写真と違って小さかったら、ブサイクだったら?」ナエル「バカ言わないで。私はあなたの声を好きになったの。顔じゃない。声が好きなの。だから会っても好きよ。声は変わらないでしょ?声はそのままでしょ?」


暗転。白い文字「3500km。0.3点。触れ合うまでに一年半。でも今夜、初めて、お互いを見た。そして明日、結果が出る」


FIN EPISODE 1 - この物語は僕らの声から始まった。Bonaberiの雨音とLyonのトラムの音とDiscordの通知音。全部混ざって一つの恋になった。

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