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死にたい僕と、生きたい君。

作者: 雨灯ひひ
掲載日:2026/07/15

 僕は、死ぬ方法を探していた。


 心臓を貫いても、首を切っても駄目だった。


 毒を飲んでも駄目だった。


 火山の火口へ飛び込んだときは、さすがに少し期待したけれど、三日後には何事もなかったように麓の村で目を覚ました。


 服だけは燃えていた。


 あれは困った。


 近くに干してあった毛布を拝借して帰ったせいで、村ではしばらく「白布の精霊」が出たという噂が流れた。


 僕だ。


 精霊ではない。


 ただの不老不死だ。


 ただの、と言っていいのかは知らないけれど。


 僕はもう千年以上生きている。


 昔は錬金術師だった。


 いや、今も錬金術師ではあるのだけれど、最近は世間から勝手に「大賢者」などと呼ばれている。


 別に賢くはない。


 長く生きていたら、知っていることが増えただけなのだ。


 しかも僕は、見た目がほとんど変わらない。


 不老不死になった当時のまま、背は低く、顔つきも幼い。


 鏡を見るたびに思う。


 せめて、あと十年遅く完成させるべきだった。


 せめてもう少し背が伸びてから飲むべきだった。


 不老不死の薬を完成させた当時の僕は、若かった。


 死ぬのが怖かった。


 時間が足りないと思っていた。


 学びたいことも、見たい景色も、作りたい薬も、全部ひとつの人生では足りないと思っていた。


 だから僕は、不老不死を望んだ。


 そして叶えた。


 最初の百年くらいは楽しかった。


 二百年目も、まあ悪くなかった。


 三百年を過ぎた頃から、少しずつ数えるのをやめた。


 友人は老いた。


 弟子も老いた。


 僕を好きだと言ってくれた人も、僕が好きになった人も、みんな先にいなくなった。


 何度仲良くなっても。


 どれだけ愛し合っても。


 僕だけが残った。


 だから今度は、死ぬ方法を探すことにした。


 不老不死になる方法を探していた頃より、ずっと長い時間をかけて。


 その日も僕は、森の奥にある小屋で新しい毒薬を調合していた。


 古代種の毒草。


 黒竜の胆石。


 冥界苔の抽出液。


 どれも普通の人間なら一滴で死ぬだろう。


 僕は完成した液体を小瓶へ移し、光に透かした。


「今回は、少し期待できそうだな」


 色は濃い紫。


 匂いは腐った卵と焦げた靴下を混ぜたような感じ。


 味はまだ分からない。


 苦くないといいな。


 小瓶を口元へ運んだ、そのときだった。


 小屋の扉が、勢いよく開いた。


「大賢者さまは、どちらにいらっしゃいますか!」


 少女が立っていた。


 肩までの髪は雨と泥でぐしゃぐしゃ。


 大きな荷物を背負い、息を切らしている。


 年は十六か十七くらいだろう。


 腰には錬金術師が使う収納袋(アイテムボックス)


 胸元には、王都錬金術院の紋章が付いていた。


「僕だよ」


「え?」


「君の探しているその大賢者は僕」


 少女は僕をつま先から頭のてっぺんまで、まじまじと観察した。


 僕と目があった。


「いやぁ、そんなわけないでしょ」


「そんなわけあるんだよ」


「お弟子さんかな? 大賢者さまに憧れるのは分かるけど、なりすましはよくないよ」


「なりすましじゃないわ! 本人だわ、ほ・ん・に・ん!」


「ええっ!?」


 少女は目を見開いた。


 そして、もう一度僕の容姿を確認した。


「こんなちっちゃいのが大賢者さまなの!?」


「ちっちゃい言うな!」


 反射的にツッコんだ。


 少女は慌てて口を押さえた。


「す、すみません。でも、もっとこう……」


「もっと何だよ」


「白い髭を生やしたおじいさんかと」


「不()不死なんだから」


「あっ」


 少女は今さら気づいた顔をした。


 僕は小瓶を机へ戻した。


 このやり取りの途中で毒を飲むのも、なんとなく締まらない。


「本当に大賢者さまなら、三百年前の王都大飢饉で、腐敗を止める保存薬を作ったというのも……」


「開発したのは僕だよ」


「やっぱり!」


「でも、何万本も作ったのは僕じゃない。各地から集まった錬金術師たちだ」


「そうなんですか?」


「うん。僕ひとりで作れる量じゃなかったからね」


 少女は目を輝かせた。


「あと、腐敗は止められないよ。せいぜい半年もつかどうか」


「じゃあ、黒竜を一撃で倒したというのも?」


「倒してない。巣から追い払っただけ」


「西方の山脈を真っ二つにしたというのは?」


「してない。あれは地震」


「死者を千人蘇らせたというのは?」


「それは完全な嘘だよ」


「伝説、結構盛られてません?」


「千年も経てば、だいたいそうなるだろ。」


 僕はため息をついた。


 そして、少女はとりあえず納得したらしい。


 その場で背筋を伸ばし、深く頭を下げた。


「大賢者さま。お願いがあります」


「嫌な予感がするな」


「不老不死の秘法を教えてください!」


「お前には教えない」


 即答すると、少女は顔を上げた。


「どうしてですか!」


「昔のやつと、同じ目をしてるからだ」


「昔のやつ?」


「ああ」


「誰ですか、それ」


 僕は黙った。


 少女は待った。


 仕方なく、僕は小さく答えた。


「……僕のことだよ」


「大賢者さまも、不老不死になりたかったんですか?」


「なりたかったから、なったんだよ」


「じゃあ、教えてくれてもいいじゃないですか!」


「よくない」


「どうして!」


「とても後悔してるからだ」


 少女の表情から、少しだけ勢いが消えた。


 僕は椅子へ座り直す。


「君は、不老不死を何だと思ってる?」


「永遠に生きられることです」


「それだけ?」


「病気にもならない。老いない。時間を気にせず、好きなことができる」


「まあ、だいたい合ってる」


「なら――」


「ただし、君の周りにいる人たちは、誰も永遠には生きない」


 少女が口を閉じた。


「友人も、家族も、恋人も、君より先に老いて死ぬ。新しく誰かと出会っても、その人もいつかいなくなる。君だけが、ずっと同じ姿で残る」


「……それは」


「知り合いが死ぬたびに、また別の誰かと仲良くなればいいと思うかもしれない。でも、そのうち怖くなる。仲良くなった瞬間から、別れが決まってるから」


 僕は机の上の小瓶を見る。


「僕はもう、それを繰り返したくない」


「だから、死のうとしてるのですか」


「ああ」


 少女はしばらく黙っていた。


 小屋の外では、葉を揺らす風の音がしていた。


 やがて少女は、僕の机に並んだ薬瓶へ視線を移した。


「それ、何ですか?」


「毒薬」


「どう見ても毒薬ですね」


「今回は少し期待してる」


「飲むんですか?」


「そのつもりだった」


「やめてください!」


 少女が机へ飛びつき、小瓶を奪った。


「返して」


「嫌です!」


「それ、黒竜の胆石が入ってるんだぞ。採るの大変だったんだぞ」


「そんな問題じゃないです!」


「三年かけて手に入れたんだ」


「だから何なんですか!」


「材料が惜しい」


「命を粗末にする人が、材料を惜しまないでください!」


 妙な説教だった。


 少女は小瓶を背中に隠し、僕を睨んでいる。


「死ねるとは限らないよ」


「成功する可能性が少しでもあるなら駄目です!」


「死ねたら、不老不死とは言わないだろ?」


「だからって、試していい理由にはなりません!」


「君、僕に不老不死の秘法を聞きに来たんじゃなかったの?」


「そうですよ。大賢者さまに死なれたら、秘法も聞けなくなります」


 少女は小瓶を背中に隠したまま、僕をまっすぐ見た。


「でも、それより先に、目の前で死のうとしている人を放っておけません」


 少女は強かった。


 僕が千年かけて得た威厳など、まるで通用しない。


「そもそも、君はどうして不老不死になりたいんだ」


「やりたいことが、たくさんあるからです」


「例えば?」


「新しい薬を作りたいです。空を飛ぶ船にも乗りたいし、北の氷原も見たい。海の底にある都市も探したい。魔族の国にも行ってみたいし、まだ読んでない本もいっぱいあります」


「ふぅん……」


「あと、世界中のお菓子を食べたいです」


「それは別に不老不死にならなくてもできるだろ」


「新しいお菓子は、これからも増え続けるじゃないですか!」


 少女はどことなく真剣だった。


「でも、人間の寿命じゃ全部できません。もし、これらが全部達成しても、新しくやりたい事が増えるかもですし、だから、不老不死になりたいんです」


 昔の僕と同じだった。


 時間が足りない。


 世界には、まだ知らないことがありすぎる。


 死ぬには早すぎる。


 その気持ちを、僕は知っている。


「大賢者さまは、全部やったんですか?」


「何を?」


「やりたかったこと」


 僕は答えられなかった。


 世界を見た。


 数えきれないほどの薬を作った。


 国が生まれ、滅びるところも見た。


 けれど、全部やったのかと聞かれると分からない。


「……途中で、どうでもよくなった」


「どうしてですか?」


「一緒にやりたいと思った相手が、いなくなったから」


 少女はまた黙った。


 今度は、少し長かった。


 それから、小瓶を机へ戻した。


「分かりました」


「諦める?」


「いいえ」


 僕はてっきり、話を聞いて怖くなり諦めたのかと思っていた。


「話を聞いてた?」


「聞いてました」


「僕がどれだけ後悔してるかも?」


「聞きました」


「じゃあ、どうして」


 少女は胸を張った。


「ひとりで不老不死になるから駄目なんです」


「何?」


「私が不老不死になったら、大賢者さまはひとりじゃなくなります」


「話が飛躍してるよ」


「どこがですか?」


「まず僕は、君と今日会ったばかりだ」


「でも、これから仲良くなればいいじゃないですか」


「ずいぶん簡単に言うな」


「大賢者さま、友達少なそうですし」


「余計なお世話だ!友だちになってもどうせ先にいなくなるんだ。なら最初からいないほうが悲しい思いをしなくて済む」


「それに、私が先に不老不死になれば、大賢者さまが死ぬ方法を探すのも手伝えます」


「それだと、僕が死んだあと君がひとりになるだろ」


「じゃあ、そのときは私が後を追うだけです」


「不老不死になる前から出口を考えるなよ」


「大賢者さまが言ったんじゃないですか。面倒だって」


「だから、ならないほうがいいと言ってるんだよ」


「でも、大賢者さまも昔は望んだんでしょう?」


 その言葉に、僕は黙った。


「だったら、私が望むのも分かるはずです」


「分かるから止めてるんだぞ」


「私は、大賢者さまと同じ失敗をするかもしれません」


「するかもじゃない。いずれいつかはそうなるだろうから」


「でも、大賢者さまがいるなら、同じ失敗をしてもひとりじゃありません」


 少女は、まっすぐ僕を見た。


 昔の僕と、同じ目だった。


 知らないことを知りたい。


 見たことのないものを見たい。


 まだ終わりたくない。


 昔の僕なら、誰に止められても聞かなかっただろう。


 不老不死の苦しさを説明されても、自分なら大丈夫だと思ったはずだ。


「名前は?」


「え?」


「君の名前」


 少女は嬉しそうに笑った。


「ミアです」


「ミア」


「はい」


「不老不死の薬は、そう簡単には作れない」


「分かってます」


「材料もほとんど残ってない。作り方も、僕が完成させたものと同じでいいとは限らない」


「それでも探します」


「失敗すれば死ぬ」


「死なないために作るんです」


「屁理屈だな」


「大賢者さまに言われたくありません」


 僕は机の上に積まれた古い紙の束を見る。


 死ぬ方法を探すために集めたものだ。


 呪いを解く方法。


 不死を終わらせる術。


 魂を肉体から切り離す研究。


 そのどれも、まだ完成していない。


 けれど、逆に辿れば、不老不死の仕組みをもう一度調べることもできる。


「条件がある」


「何ですか?」


「僕の言うことを聞くこと」


「内容によります」


「今すぐ帰ってもらおうかな」


「聞きます! 聞きますから!」


「それから、勝手に薬を飲まない」


「はい」


「危険な材料に触らない」


「はい」


「僕をちっちゃいと言わない」


「それはちょっと……」


「帰れ」


「い、言わないように善処します!」


「まだ言う可能性あるのなんなの……」


 ミアは笑いながら、机の向かい側へ座った。


 僕は一冊の古い研究記録を取り出す。


 千年以上前。


 僕が不老不死を求めていた頃に書いたものだ。


 表紙は擦り切れ、文字もところどころ消えかけている。


「これが、最初の記録だ」


 ミアは恐る恐る本を開いた。


「大賢者さまの字、汚いですね」


「昔は急いでたんだよ」


「今もあんまり変わってません」


「まだ一行しか見てないだろ」


 僕は、死ぬ方法を探すのをやめた。


 正確には、少しだけ後回しにした。


 不老不死になりたい君と一緒に、もう一度、不老不死になる方法を探すために。


 それが正しいのかは、今でも分からない。


 君がいつか後悔するかもしれない。


 僕と同じように、死にたくなる日が来るかもしれない。


 それでも。


 今度は、ひとりにはしない。


「大賢者さま」


「何?」


「この材料、どこで手に入るんですか?聞いたことないです」


「もう絶滅した」


「最初から詰んでません?」


「だから探すんだよ」


「千年かかります?」


「かかるかもね」


「それじゃ、完成する前に私の寿命が尽きます」


「それは困る。君がいなくなったら、僕はまた生きる理由を失うじゃないか」


「……なんか、私のために生きるみたいですね。あっ、告白ですか?」


「違うわ!」


 


 死にたい僕と、生きたい君。


 正反対だったはずの僕たちは、いつの間にか、同じものを求めて探し始めていた。


 君が永遠を手に入れるために。


 そして僕がもう一度、永遠を生きてもいいと思えるようになるために。

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