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エッセイ2

評価

作者: 太陽
掲載日:2026/05/17

人はみな 「有名になりたい」って気持ちもあります。 評価されたいだとかそういった気持ちもあるでしょう それで「みでほしい」とか「フォローして」とかに『いいねして」だとか、ていうか そんな強制されるのは嫌いです!でも同じ内容でもやはりフォローの人数が多かったりするとみたくなりますよね




「あなたは今、幸せですか」と聞き手に質問を投げかけられた時、あなたはどうかえしますか?


〈幸せです〉と答えた私ですが、その人は私をそっと見つめて「本当に幸せですか」と念を押しされるように質問をされます。その問いかけに、私は〈自分は本当に幸せだろうか〉と、心に揺らぐものがあります。


まずその質問をした人と私との関係性で大きく反応が決まってきます。


その人が私の会社の近寄りがたい社長であったなら 私は「幸せです」と会社のことを思って答えてしまうかもしれません。


逆に信頼できて愚痴を言い合えるほど仲のよい友達だったのなら 私はもしかしたら 会社との不満や愚痴を捨てはいて 「全部幸せじゃない!」と友達に文句を言ってしまうかもしれません。


言葉とは曖昧な感じでそういうものです。読んだ人と書いた人の捉え方もさまざまでそれに流されやすい。

たとえば同じ内容の小説のタイトルや内容が書かれてあったとしても書いた人の関係性や人気 評価などで読む人の人数や評価が変わってくるということです。


だから相手から「フォローして!」とか「いいねして!」いわれるとしたくなくなります。


それでフォローされたとして 投稿をその人の好みに合わせるのでしょうか、


「人は人、自分は自分」という言葉があります


人の目、人の評価に振り回されず、しっかり自分の行きたいところに行きましょう!


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