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世界を統べるはずなのに、まるでダメ

50歳、独身、持病持ちの「キモオタ」山田勇気は、何の功績もないまま、泥酔して山中で孤独に人生を終えた。唯一の後悔は、高校時代、いじめに遭った幼馴染の奈々を「臆病」ゆえに見捨てたこと。

「もし、もう一度機会があるなら、俺は逃げないのに…」

次に目を覚ますと、そこは剣と魔法の国、ヴェスタード帝国の豪華絢爛な玉座の上。彼は若き国王「ユーキ」として転生を果たしていた。

王座の力は絶大。しかし、彼の「弱さ」は世界を揺るがすほどの深刻な欠陥だった。

彼は魔力が【完全にゼロ】の魔法絶縁体。剣術の経験もなく、前世の記憶と、奈々の遺言だけを頼りに生きる、一般人以下の「無力な王」なのだ。

忠実だが警戒心に満ちた秘書官アンジェと、山積みの国務、そして国を二分する陰謀が彼を待ち受けている。

「俺は国王だ。今度こそ、臆病風に吹かれて、大切なものを失ったりはしない!」

これは、記憶を失い、天性の魔力を持たない、しかし「勇気」という名の最後の武器を手に、世界を統べる弱小国王が、内なる敵と外なる陰謀に立ち向かう、反転勇気の物語。

「死んだ……のか?」

最後に意識があったのは、何をしていた時だろう。

たしか、犬の遠吠えに驚いて、斜面から転がり落ちた気がする。今、自分はどこにいる?

何もかもが暗くて恐ろしい。酒を飲んでいたせいで、頭がガンガンと痛む。

五十歳になった山田勇気の意識は、泥沼の中を這うように、緩慢で苦痛に満ちていた。完全に闇に落ちる直前、一瞬だけ感じたのは、冷たい泥の感触、肌を刺すような寒風、そして全身の骨が軋む悲鳴だった。

終わった。誰にも見つけられることなく、この孤独な「キモオタ」は消えるのだ。

俺は山田勇気。母さんは、困難に立ち向かう勇気を持ってほしいと願って、この名前をつけてくれた。だが、俺は母さんの願いを裏切った。そして、奈々も。

奈々は幼馴染だ。いつも俺のそばにいてくれた。俺がいじめられるたびに、彼女は怖がりながらも、いつも俺をかばってくれた。

しかし、奈々が一番助けを必要とした時、俺は立ち上がれなかった。

高校時代、俺は見てくれが悪く、趣味も変だったが、彼女は気にせずそばで話をしてくれた。「やめとけ」と言っても、彼女は聞かなかった。そんなある日、彼女はクラスのイケメン不良に目をつけられた。そいつは奈々の腕を掴み、厭らしい目で言った。

「そのデブと一緒にいるのはやめろよ。俺と付き合えって!」

いつも優しい奈々の顔に、強い拒絶の色が浮かんだ。彼女は奴の手を振り払い、平手打ちを食らわせた。

「勇気くんはデブなんかじゃない。あんたこそ勘違いしないで。あんたなんか絶対に好きにならないから!」

あの平手打ちが、俺たちの日常を粉々に砕き、同時に、俺を臆病者という名の十字架に永遠に縛りつけた。

それ以来、奈々は女子トイレで待ち伏せされ、いじめの標的になった。「ねぇ、この売女、何様のつもり?」髪を掴まれ、バケツの水を浴びせられ、ありとあらゆるいじめが奈々に襲いかかった。彼女の体にはいつも傷が絶えなかったが、俺に聞かれると、決まって笑顔で言った。「何でもないよ。勇気くんには関係ないよ。」

なんて優しい嘘だ。そして、なんて臆病な俺だ。

数ヶ月後のある日、教室に戻ると、机の引き出しに一通の封書を見つけた。奈々の遺書だった。

俺はその手紙を握りしめ、屋上へ駆け上がった。ドアを開けたその瞬間、奈々の身体はすでに手すりの向こう側にあった。

「勇気くん、大好きだよ」

その言葉を呟きながら、彼女は枯れ葉のように、音もなく飛び降りた。

いじめに関わった者が多すぎたこと、不良の親が政界の大物だったこともあり、学校側の調査も曖昧なまま、事件は闇に葬られた。

「奈々、ごめん。本当にごめんな……」

この懺悔の言葉が、その後の三十数年、俺の人生に付き添った。

それから学校には行かず、バイト生活を送り、たまに工事現場で肉体労働をした。そうしてふらふらと生きているうちに、四十を過ぎて持病だらけになった(良い子のみんなは真似しないでね。ちゃんと食べて、体重管理は正常値にしてね)。

ただ、毎週欠かさず、学校の横にある山へ向かった。そこには奈々と子供の頃に作った秘密基地があり、学校全体、そして奈々が飛び降りた場所も見下ろせた。昔、学校で亡くなった人は幽霊になって山を彷徨う、という噂があった。俺たちはそれが面白くて、夜中に探検に来たものだ。

毎週ここに来るのは、噂が本当か確かめるためだった。奈々が現れるのを待ちながら。

「俺が悪かった。でも、本当に会いたいんだ。」

奈々に聞こえているかどうかも分からないまま、俺は静かに二筋の涙を流した……。


涙が乾く暇もなく、あの凍えるような寒さが、突然、息苦しいほどの温かさと柔らかさに取って代わられた。

山田勇気は飛び起き、喉の奥で押し殺したようなうめき声を漏らした。気がつけば、彼は冷たい泥の上ではなく、巨大で、黄金に輝く玉座に座っていた。

周囲の空気は、古びた香木と、この世のものとは思えない異世界の花の香りに満ちている。これまでの 50 年間で嗅いだ、どの匂いよりも高貴だ。頭上には巨大なクリスタルのシャンデリアが吊るされ、その光が目に突き刺さる。

「国王様!」

「国王様!」

鋭く、威厳に満ちているが、どこか苛立ちを含んだ女性の声が響いた。

「国王様、まだ朝ですわよ。何を寝ぼけていらっしゃるの? しかも泣いて!」

勇気はビクッと体を震わせ、反射的に、自分のものではない、すらりと伸びた強靭な手を引っ込めた。顔を上げると、金髪碧眼で、体にフィットした宮廷ドレスを纏い、驚くほど豊満な胸元を惜しげもなく晒した絶世の美女が、憤然とした表情で彼を睨んでいた。

「は、はい……」勇気は、アダルト雑誌を覗き見しているところを捕まった中学生のように、どもりながら答えた。

彼は無意識に自分の腹を触った――平坦で、引き締まっている。 これは、ビール腹と持病だらけの 50 歳のキモオタの体ではない!

「国王様?」美女の声が、苛立ちから困惑に変わる。「寝ぼけていらっしゃるの? まだ山積みのお仕事が残っているのですよ!」

この時、勇気は初めて周囲を見回した。夢ではない。足元は豪華絢爛な大理石、両脇には奇妙な甲冑をまとった衛兵が並び、前の長テーブルには分厚い羊皮紙が山積みになっている。複雑なローブを纏った文官たちが、うつむいて待機している。

「どういうことだ? この金髪美人は俺を『国王様』と呼んでいるぞ。何のコスプレだ?」勇気は心の中で叫んだ。確かに、犬の遠吠えに驚いて斜面から落ちたはずなのに。

「ここはどこなんだ?」

勇気の声は、彼自身が聞き慣れない、高く魅力的な響きを持っていた。

臣下全員が硬直するのを見た。金髪美女の表情は、困惑から恐怖へと変わった。

「え? 国王様、ご病気で? ここは、貴方が統治なされているヴェスタード帝国でございます!」

ヴェスタード帝国? そんな国があるのか? どこかに連れてこられた? まさか、転生? 彼は頭の中で興奮と混乱が渦巻きながら叫んだ。

「国王様がご病気だ! 医者を呼べ!」

「い、いや、結構です、お嬢さん!」勇気は必死に手を振った。

「お嬢さん?」美女の顔色がさらに悪くなった。「やはりご病気ですわ! アンジェをお忘れになったのですね!」

彼女は後ろの侍衛に向かって、鋭く権威ある声で命令した。「早く医者を呼んで、国王を診察させなさい!」

「いらないって言ってるのに……」勇気の言葉は、足音の中に掻き消された。


一悶着の末、滑稽な白髭を生やした老医師が、震える手で脈を診た後、診断結果を発表した。

「国王様は記憶解離症でございます。人物に関わる記憶がすべて失われております。日常生活に支障はございませんが、アンジェ様がしっかりと付き添われる必要がございます。」

「分かりました、先生、ありがとうございます。」アンジェは冷静に応じたが、その瞳には抑えきれない焦燥が浮かんでいた。

アンジェは勇気に完璧な宮廷礼で一礼した。「国王様、私はアンジェ・ビースト、貴方が最も信頼されている秘書官です。私が貴方様の記憶を取り戻すお手伝いをいたします。」


勇気、今はヴェスタード帝国の国王は、玉座に座り、山積みの国務を前にしながら、脳裏には 50 年間のキモオタ生活と、死んだ少女の影しかない。

彼はアンジェの、疑念と期待が入り混じった瞳を見つめ、新しい胸の中で心臓が激しく脈打つのを感じた。 彼は世界を君臨する至高の権力者となったが、目の前の秘書官にどう指示を出せばいいのかさえ分からない。山坡でのあの臆病な自分、そして奈々の絶望的な眼差しを思い出す。

「ダメだ、もう逃げられない。」勇気は心の中で呟いた。

彼は世界を君臨したが、受け継いだのは先代国王の難題と、前世で一度も乗り越えられなかった恐怖だけだった。


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