婚約解消された侯爵令嬢は自由を手に復讐する
直接の場面はありませんが、殺人、監禁、陵辱を想起させる内容があります。苦手な方はブラウザバックをお願いします。
「ディア。君との婚約を解消することになった」
第三王子であるアルフレッドが静かに告げた。深い青色の瞳は伏せられたままだ。
彼の前に淑やかに座っていたクローディアは、視線をそらすことなく、アルフレッドの横顔を紅の瞳で見つめた。
「……隣国の末姫様の夫に選ばれたと聞きましたわ」
アルフレッドの手がぎゅっと握られ、唇がかみしめられる。
我が国は大陸の北に位置しており、寒冷な気候では、農作物があまり取れない。そのため、南に位置する隣国からの輸入に頼っており、関係を悪くするわけにはいかなかった。
先日、我が国で建国を祝う宴が開催され、それに参加していた隣国の末姫がアルフレッドを見初めたのだという。
末姫は遅くにできた子で、かなり甘やかされていると聞いた。先日の滞在時にも、アルフレッドと一緒にいたがり、ずいぶんと対応に苦心した。
アルフレッドの婚約者であるクローディアにも敵意をむき出しにし、クローディアが上手くかわさなければ、危うく暴力沙汰になるところだったのだ。
アルフレッドが幼い頃からの婚約者であるクローディアを溺愛しているのは、有名な話だ。末姫の意向ひとつで、そこに横やりを入れてくるのだから、よほど隣国の王に愛されているのだろう。
もちろん、何年も前から整っている他国の王族の婚約を壊させるのだ。隣国は農作物の優先的な輸出や関税引き下げなど、隣国との婚姻にともなう経済的な条約をちらつかせている。
これは断れない。
そう考えた国の上層部は、アルフレッドの隣国への婿入りを決定した。国の決定を覆す力など、一介の侯爵家の娘であるクローディアにはない。
さらりとクローディアの白髪が揺れた。
「婚約の解消、承りました。父への通達が慣例のところ、わたくしにまで自らお知らせいただき感謝いたします」
クローディアは立ち上がってカーテシーを行うと、アルフレッドに背を向けた。
「ディアッ!」
アルフレッドが呼ぶ声が聞こえたが、クローディアは振り返らなかった。
王宮に設けられた自分の部屋に戻ると、すでにまとめてあったわずかな荷物を持ち、簡単な挨拶まわりだけを済ませると、その日のうちに王宮を辞した。
こうして王命で結ばれた婚約は、王命によって解消されたのである。
◇◇◇
「迎えに来たんだ、ディア」
クローディアは差し出された手を感情を映さない目で見つめた。
二人の間を通り過ぎる風が、彼女の喪服の裾を揺らす。
「……このたびはお悔やみ申し上げます、ジリアーニ公爵閣下。奥様とお子様は残念でございましたわね」
喪服姿で告げるクローディアを見て、元第三王子であるアルフレッドは、苛立ったように吐き捨てる。
「あんな女のことなんて、どうでもいい! ようやく君を迎える準備ができたんだ。さあ、一緒に行こう!」
アルフレッドは、あんな女と呼ぶ隣国の末姫と結婚し、隣国の公爵位を賜ったはずだ。
その末姫は、アルフレッドと子を成し、その子を産むときに、産褥で命を落としたという。残念ながら、子も月足らずで助からなかったと聞いた。
「その手を取るのはご遠慮させていただきます。お互い喪中ですし、喪が明けたら、すぐに式をあげる予定ですの」
淡々と言葉を紡ぐクローディアに、アルフレッドは苦笑を浮かべる。
「だから、それは僕とだろう、ディア?」
「閣下。どうか、わたくしのことは、ラッセル侯爵令嬢と。もう婚約者ではないのですから」
「遠慮しなくていいんだ、ディア。君は僕の最愛なのだから」
黒いベールの下で、クローディアの紅い瞳が闇色に沈む。
「……相変わらず、わたくしの話は聞いてくださらないのね」
ぽつりと呟いた声は、アルフレッドには届かない。
「君も僕ももう独り身だ。ようやく僕たちは結ばれるんだ」
近づこうと踏み出すアルフレッドに、クローディアは大きく身を引いた。彼女を守るように、背後にいた護衛の二人がすっと前に出る。
「退け。僕とディアの邪魔するな」
アルフレッドの言葉にも二人の護衛は無言のまま、その位置を変えない。
「退けと言っている! 王族である僕の言葉が聞けないか!?」
「困りますね、ジリアーニ公爵閣下。貴方はもう我が国の王族ではないでしょう? そもそも、その二人は我がティンツ公爵家の私兵です。王族だろうが、公爵家以外の命令を聞く謂れはありません」
背後からかけられた声に、アルフレッドは弾かれたように振り返る。
冷ややかな笑みを浮かべて、アイスブルーの瞳を持つ美麗な青年が立っていた。略装を着こなし、左腕に喪章を付けている。
「ジェラルド!? おまえ死んだんじゃ」
「おかげさまで。クローディアが生きながらえさせてくれましたよ」
にこりと微笑むと、大股に歩いてアルフレッドを追い越し、クローディアに近寄った。護衛の二人は、すっと騎士の礼を取ると道を開ける。
「ロディ、ごめん。遅くなって。出ようとしたら急な来客で」
「いいのよ。迎えに来てくれてありがとう」
「大丈夫かい?」
ジェラルドが、クローディアの頬に手を伸ばす。
「ディアに触るな!」
アルフレッドの声には構わず、やさしくクローディアの冷えた頬をなでてから、ジェラルドは視線だけで彼を振り返る。
「ジリアーニ公爵閣下? なんの権限があって、そのようなことを? 貴方はもう婚約者ではないのですが」
「ディアとの表面的な契約はなくなっても、彼女は僕のものだ! その手を離せ、ジェラルド!」
「クローディアは私の婚約者ですよ。貴方がそうお膳立てしたのですよね?」
「それは! ……お前が死ぬと思っていたからだ。死んだら婚約は無効になる。僕が自由になれるまで、ディアを預けておくだけの関係だ。侯爵ともそう契約して」
「父は亡くなりましたわ、ジリアーニ公爵閣下」
アルフレッドの言葉をさえぎって、クローディアが声をあげる。
「今はその喪中ですの。残念でしたわね、ジェラルドではなくて」
唇に冷たい笑みをはくクローディアに、アルフレッドは目を見開いた。
「ディア……?」
「そもそも、ジェラルドとの婚約がそのような名ばかりの婚約とは、父からうかがっておりません。……けれど、貴方方は、そのつもりでしたのでしょうね。いつも、わたくしのことを勝手に決めてくださっていたアルフレッド・ジリアーニ公爵閣下?」
「……勝手になんて、そんな。僕も、君の父上も、いつも君のことを想って……」
「六歳から王宮から出ることは叶わず、女学院でよいから通いたいという願いも否定され、友人は一人もおらず、お茶会でさえ出たことはない。許されたことといえば読書だけ。危ないからと刺繍すらさせてもらえなかった。閨でしか役に立たない婚約者と蔑まれていたのは、ご存じでしたか? そんな境遇が、わたくしのため?」
冷えて固まった怒りを底に秘めて、流れるように紡がれる言葉に、アルフレッドは驚いたように目を見開く。
「王子妃になるものに、そんな無礼を働いたのは誰だ!? 僕が罰してやる! 言え、クローディア!」
黒衣がゆれた。黒いベールをかぶった美しい白髪の向こうで、クローディアの赤い瞳が爛々と輝いた。
「王族と父以外の全員ですわ、元第三王子殿下」
その言葉にアルフレッドは息をのむ。
「貴方たち以外の王宮の誰もが、わたくしを蔑んでいましたわ」
じっと二人のやり取りを眺めていたジェラルドが息をつくと、アルフレッドの視線から庇うように、クローディアの細い体をそっと引き寄せた。
「もともと貴方のわがままから始まった関係だ。貴方が脅したんでしょう、ジリアーニ公爵閣下? クローディアが手に入らないなら、魔力暴走を起こして全てを壊して自分も死ぬと。魔力の高い貴方が魔力暴走を起こせば、王都は壊滅だ。だから、王家はラッセル侯爵家に命じて、クローディアを婚約者にすえた。貴方を生かすために、ロディを生贄に差し出したんだ」
「ロディだって?」
とがめたアルフレッドに、ジェラルドは肩をすくめる。
「貴方と同じ呼び方はするなと言われましてね。虫唾が走るから、と」
「ディア!?」
「ラッセル侯爵令嬢ですわ、閣下」
何度も言わせないでほしいと冷たく言い捨てるクローディアを、アルフレッドが愕然と見つめた。
「ロディ、義父上の墓への挨拶が終わったなら、もう帰ろうか。体が冷え切っているよ」
「こうしてルドが抱いてくれていたら、温かいわ」
アルフレッドを無視して、仲のよい会話を始める二人に、アルフレッドの奥歯がぎりりと鳴った。
「お願いだから、無茶しないで。今は特に一人の体じゃないんだから」
「ふふふ。大丈夫なのに」
その言葉に、アルフレッドの思考が止まる。
「は? え? こども? ……僕、の?」
クローディアがにっこりと微笑む。
「一年も会っていない男の種を宿すほど、わたくし、器用ではありませんわ。ルドの子に決まっているではありませんか」
「ディア! おまえ、僕を裏切ったのかッ!?」
「裏切ったなんて。貴方は、わたくしとはなんの関係もない方でしょう?」
「おまえは僕のものだ!」
掴みかかろうとしたアルフレッドを護衛の一人が腕をねじり上げると、足を払って地面に押し付ける。
「魔力の高さに驕って修練しないから、そうなるんですわ。もっとも、もう、ほとんど魔力なんて持っていないでしょうけど」
クローディアは誰に聞かせるでもなくそう言葉を吐くと、地面に寝転ぶアルフレッドの近くに足をそろえて腰を落とす。にこりと笑みを浮かべる。
「ディア……」
「閣下、お手紙は届きましたか?」
「手紙?」
「ほら、妊婦は肉だけじゃなくて、きちんと緑の野菜も摂るようにと、手紙をお送りしたでしょう? 産後の血が止まりにくくなってしまうから」
「あとは、植物の中にも早産を起こさせるものがあるから、気をつけるように、ともお伝えしましたよね? 役に立ちましたか?」
地面に押しつけられたまま、アルフレッドは呆然とクローディアを見上げる。
「あれは、あれは、あの女を始末して、早く迎えに来いという意味じゃ」
「まあ。わたくし、貴方とは二度と会いたくありませんでしたわ。だから、妻とお子を大事にするようにとお伝えしましたのに」
クローディアは、唇に笑みをはいたまま、赤い血のような瞳をさらに細めた。
「早産で生まれたお子と、産後血が止まらずにお亡くなりになった奥様は残念でしたわね。同じお手紙を隣国王家にも送らせていただきました。奥様がお亡くなりになった後で。閣下には気をつけるようにお伝えしたのに、力足らずで申し訳ございません、と」
アルフレッドが声にならない叫びをあげる。
「ほら、お迎えですわよ」
その言葉とともにクローディアが立ち上がる。それを軽く支えたジェラルドが手で合図をすると、隣国の紋章をつけた兵士が周りを囲むように現れた。
アルフレッドを抑え込む人間が、ティンツ公爵家の私兵から隣国の兵士にかわり、後ろ手に両手を縛られたアルフレッドを乱暴に立たせた。
「ジリアーニ公爵閣下。ジリアーニ公爵夫人の殺害容疑で、国へ戻っていただきます」
「ら、ランゲル将軍……」
「陛下がお待ちです」
将軍と呼ばれた指揮官らしき男が、冷徹な声でアルフレッドに告げる。ジェラルドが遅れる原因になった客だ。
「ディア! 助けてくれ! 僕は君のために……!」
「頼んでおりません」
みっともなく命乞いをするアルフレッドを見ても、クローディアは揺るがない。
「あんなに愛してやったのに!」
「愛。愛、ですか」
クローディアはゆっくりと顔をかたむける。
「自分のことを何一つ自分で決められず。着飾って座っているだけ。少しでも民のためにと考えたことも、誰かの役に立ちたいと努力したことも、すべて取り上げられ、燃やされて。人形のようにただ愛でられるだけ」
静かに奏でられる美しい声に気圧されて、アルフレッドは声をなくす。
「大量の命を盾に、監禁し、純潔を散らし、従順であることを強いる」
紅い瞳が弓のように細まる。
「それが貴方の愛でしたわね。隣国の王に、妻子を亡くされて寂しい思いをされている貴方に、同じ愛を返して差し上げてほしいとお願いしましたわ。でも、安心なさって。かかっているのは、貴方の命だけですから。――わたくしからの愛をどうか受け取ってくださいませね、アルフレッド様?」
激しい憎悪をその瞳ににじませたまま、壮絶に可愛らしく笑うクローディアに、アルフレッドは絶叫した。
◇◇◇
「今日はお願いがあって参りましたの」
薄紫の柔らかなドレスに身を包んだクローディアが、ベッド脇の椅子に軽やかに座る。
従兄弟であるアルフレッド第三王子との婚約を解消したあと、アルフレッドの勧めがあり、クローディアはジェラルドの婚約者となった。
アルフレッドの魂胆はわかっている。もうすぐ死ぬジェラルドであれば、クローディアを預けるには最適だとでも思ったのだろう。二回も婚約がだめになった後であれば、まともな婚姻は望めず、愛人として隣国に招くことも可能になる。
「……君が望むことであれば、なんでも叶えるよ。私にそれができるなら、だけど」
笑わない紅い目が、楽しそうに細められた。いつも淑女然としていた彼女が、こんな楽しそうにするのを初めて見る。
「貴方にしか叶えられませんわ、ジェラルド様」
「教えてくれるかな。私はなにをすればいい?」
ベッドに横たわったまま真摯に見上げると、クローディアの笑みが深まった。
「わたくしと婚姻の誓いをしてくださいませ」
「クローディア嬢、それは」
「わたくし、今日、十六歳になったのですよ。自分の意志で魔力契約ができるのです」
「それなら、もっとよい男性を紹介するよ。死んでいく私のような男ではなくて、健康で誠実な男を」
「お断りします。貴方だからよいのではないですか、ジェラルド様」
「それは、どういう」
「あの男は貴方が死ぬと思っている。だから、わたくしを婚約者にした。それが貴方が死なず、預けただけのつもりのわたくしが戻らず、貴方のものになったと知ったら、あの男、どんな顔をすると思います?」
「……私が死なないだって?」
「ええ。わたくしが死なせません」
「どうやって? 私は魔力欠乏症だ。治療法はないはずだ」
微笑んだまま答えず、クローディアは小さなバッグから取り出したものを差し出す。婚姻の契約の指輪だ。
言葉をなくしたジェラルドに、あざとく小首をかしげる。
「婚姻の誓いをしてくださらないなら、このまま出奔いたしますけど」
ジェラルドは降参とばかりに両手をあげてから、そっと指輪を受け取る。
「わかった。婚姻の誓いをしよう」
「ありがとうございます。では、さっそく」
婚姻の誓いの言葉とともに、クローディアは自身の魔力を指輪に込めていく。ひとつ息をついて、ジェラルドも同じように、誓いと魔力を指輪に込めた。
魔力が使われる感覚とともに、すっと血が下がる感覚がする。目眩とともに冷や汗が出た。
それでも最後にお互いの指輪に手を置き、間違いなく相手がこの魔力の持ち主であることを誓いに盛り込んでいく。
小さな光が指輪にともり、それぞれの指輪に対となる二人の紋章が刻まれていく。
光が消えると同時に、ジェラルドはベッドにぼすりと身を預けた。
完成した指輪をためつすがめつ眺める。
「よかった。成功したね」
クローディアは、そんなジェラルドをじっと見つめてから、そっと視線を伏せた。
「無理をさせて申し訳ありません」
「大丈夫だ。君と生涯を誓うくらいの魔力はあるよ」
一生を縛る魔力による誓約だ。それなりの魔力を喰うため、魔力欠乏を抱えるジェラルドには、なかなか厳しい。
「謝るのは私のほうだ」
「ジェラルド様?」
「君が選ばれたのは、私のせいだ。私が君を好きになったから」
「どういう意味です?」
「あの頃、アルフレッドは何かと私に突っかかっていてね。私が君が好きだと気づいたから、嫌がらせだよ。途中からはアルフレッドも本気だったみたいだけど」
「本気とは?」
「君を愛していただろう?」
きょとんとしていたクローディアの唇が歪んでいく。
「……ふ。ふふふ。あははは! ああ、おかしい!」
「クローディア嬢」
腹をかかえるようにして笑っているクローディアに、ジェラルドは目を丸くした。
「ジェラルド様は、あれが愛だと信じているのですか?」
「違ったかい?」
「あれは愛なんかじゃありませんわ。ただの生存本能ですわね。――あなたのそれも」
「生存本能……?」
「貴方の死病は、魔力欠乏症ですわね?」
「うん、そうだね」
「わたくしなら救えますわ」
「え?」
「生まれ持った技能です。わたくし、他者の魔力をその器によらず、調整して維持できますの」
クローディアは、にこりと笑った。背筋が凍るような冷たい笑みだ。
「貴方たちは本能でそれを知っている。だから、わたくしを求める。ただ、それだけです」
その笑みをしばらく眺めてから、ジェラルドは続けた。
「君はそれをわかっていて、私を選ぶのかい?」
「あの男が、わたくしを奪われていちばん嫌な相手は貴方でしょう? ほんのささやかな嫌がらせですわ」
白髪を揺らして、クローディアが首をかしげた。
「そうですわね。貴方のせいだとおっしゃるなら、責任を取ってくださいませ、ジェラルド様」
彼女の華奢な指が、婚姻の契約の指輪を差し出す。
「君はそれでいいの?」
「はい」
「後悔しない?」
「むしろ、ジェラルド様は使い古しのわたくしでよろしいの?」
「それは幼い君をスケープゴートに差し出した、周囲の人間すべてが責められるべきだろう」
「ふ。ふふふ」
「優しい貴方が旦那様で嬉しいです」
クローディアの差し出す指輪を手に取ると、自分の指にはめた。そして、ジェラルドの誓いを込めた指輪を、クローディアの細い指にはめる。
「キスをしてもよろしくて?」
驚くジェラルドに、イタズラっぽく笑うとクローディアは、みずから唇を重ねた。
重なった唇から、何かが流れ込む感覚。その何かが魔力の器を満たしていく。
慣れない感触に、腕を伸ばしてクローディアと距離を取る。
「今のは……?」
流れ込んだ何かに、魔力に飢えた体が歓喜しているのを感じる。砂漠で水を与えられたような安堵感と甘露をえた甘美な陶酔感。
白髪をかきあげて、クローディアは年齢に似合わない艶やかな表情を浮かべた。
「ジェラルド様が持っている魔力の器より少しだけ多い量で魔力を維持させていただきました。それを続けていれば、魔力の器が勝手に順応しますわ」
魔力欠乏症は、生まれもった魔力の器が小さく、生きていくのに必要な魔力さえ貯めることができない症状だ。
生来の器を超える魔力を維持させ、その魔力量に合わせて器が作り変えられるのならば、いつかは欠乏症を脱することができるだろう。
「……アルフレッドには、もしかして、持っている器より小さい量の魔力になるよう調整していた?」
クローディアは答えず、にっこりと笑った。
「あまり、あの男の話はしたくありません」
「ああ、ごめん」
クローディアに謝りながら、ジェラルドはアルフレッドがクローディアに執着し、誰にも会わせず、触れさせなかった理由を心の底から理解した。
魔力は多くても少なくても毒だ。異様に魔力の高いアルフレッドは、常に魔力暴走の恐怖とともにあった。
それを甘美な感覚とともに、安全に調整してくれる異性が側にいれば、独占したくなるのも無理はない。
手を握っただけでは起きず、口付けで起きるということは、ある程度、濃厚な接触が必要ということなのだろう。
実際の籍は入れていないものの、ジェラルドとクローディアは、婚姻の誓いで、魔力的にはすでに夫婦となっている。お互いの魔力に縛られるため、どちらかが死ぬまで他の人間と番うことはできない。
ジェラルドは近々死ぬ予定だったから、簡単に了承したのだが、これでは話が違ってくる。
「さて、ラッセル侯爵にはなんと説明するか」
「心配ありませんわ。もうすぐ父は死にますから」
その言葉にジェラルドは驚いて、クローディアを見た。
「少しずつなら順応できても、一気に魔力量を変化させれば、身体がついていきませんわ。あとは壊れるだけ」
「クローディア嬢、それは。……侯爵は君を」
「王宮暮らしは辛かったと、泣きながら抱きついてみましたの。子どものように、慰めていただきました。――そういえば、わたくし、昨日まで未成年でしたわ」
感情を映さない紅い瞳が、ジェラルドをじっと見返す。
「後悔はしないんだね?」
「どうして後悔する必要がございますの? 幼いわたくしを王家に売ったのは、父でしてよ?」
「わかった」
楽しそうに、愉快そうに、クローディアが微笑む。
「やはり、貴方を選んで正解でしたわ。――どうか、末永くよろしくお願いします、ジェラルド様」
ジェラルドが裏切った瞬間、クローディアはためらいなくジェラルドを殺すだろう。
それがわかっていても、手を伸ばさずにはいられない。
「こちらこそ、クローディア嬢。私のことは、どうかルドと呼んでほしい。……君が私をどう思っていても。私は君を愛しているよ」
つまらないことを聞いたというように、クローディアは唇に笑みを乗せたまま、曖昧にうなずく。
そんな姿でさえ、愛おしい。
生存本能だと言い切り、愛を信じないクローディア。
死ぬと思っていたから、手を伸ばさずにきたけれど。
クローディアがジェラルドを選んで生かすというのなら、もう遠慮はしない。
ドロドロに甘やかして、クローディアがいちばん欲しがっている自由を与えて、いつか。
クローディアのためなら、この命もいらないと思っていることを。
わからせてみせると、ジェラルドは固く胸に誓った。
婚約破棄から始まる話が書きたかっただけなのに。笑いが足りません。敗北。




