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ゲスト5


「よっ!社長さん!今日も来てくれたんじゃん!ご注文は〜?」

カウンターの向こうから、錦木千束が文字通り飛び跳ねるように登場だ。その声は、店内のジャズどころか、外の喧騒まで掻き消すような、とびっきりの快活さ!ガラスのカップに注がれた透明な液体が、テーブルの光を浴びて、千束の瞳みたいにキラキラ光ってるよ!


「ああ、いつもの。……いや、今日は、すっごく濃いめのやつを頼む。ドロドロになるくらいに、な。」

私は、数時間前の出来事を反芻していた。西新宿の高層ビル群の合間を縫うように、まるで夢の中みたいに走ったタクシー。湾岸の工業地帯に広がってた、あのSF映画みたいな夜景。そして、吉野、いや、あの萌絵の言葉の数々だ。あの時の彼女の表情が、まるでプロジェクターで映し出されてるみたいに、今も脳裏に焼き付いて離れないんだ。


「ええ〜!?社長さん、マジで顔色悪いよ!もしかして、どこか病気ぃ〜?それとも、悪いことしたのバレちゃったとかぁ?」千束が、まるで面白がるみたいに、でも心配そうな顔で、ぐいっと身を乗り出してきた。


「病気、か。まあ、そんなところだ。人間の感情ってやつは、ホントに厄介で、たまに自分でもどうしようもないくらいに、な。」


「感情って、もう、ぐちゃぐちゃになるから面白いんだよねー!でもでも、それって、社長さんのホントの気持ちがわかる一番のヒントじゃない?地図みたいなもんじゃん!」


千束の言葉に、私はグラスを傾けた。まさにその通りだ。あの時の吉野の言葉。

「ねぇ、社長。私、何も嘘はついていませんよ?だって、貧血だって、血液の病気でしょう?」


脳内で彼女の声が響く。私は思わず、テーブルを指先で軽く叩いた。「まさしく、詭弁だよ。ああいうのを、詭弁っていうんだ、千束。辞書引いてみろ。」


「きべん!なんか、カッケー響き!へぇ〜、言葉で相手を煙に巻くってこと?それって、社長さんの頭の中、どんだけグルグルかき混ぜた〜?」千束が、私のグラスの縁を指でなぞった。


「グルグルどころか、怒りで頭が爆発しそうだった。だが、それだけじゃない。彼女の、あの……言い逃れとも取れる言葉に、どこか呆れて、そして、……正直、すっげー感心してしまったんだ。完璧に非を認めない、あの鋼鉄のプライドにはね。」


私は深呼吸した。「彼女はね、平然と言い放ったんだ。『貧血も血液の病気なので嘘ではない』って。まるで、公園でボール隠して『見てないよ〜』って言う子供みたいにさ、でも、その目はマジで、どこか挑発的でもあったんだよ。あの子はね、常に私の反応を試してるんだ。こっちの知性も、感情も、全部丸裸にしようとしてる。まるで、ゲームのボスキャラみたいに。」


千束が、うんうん!って感じで大きく頷く。「社長さんの頭の中、もうぐっちゃぐちゃパニックだったってことね!でも、その頭の回転の速さには、『マジかよ、すげー!』って思ったんでしょ!なんか、社長と彼女って、どっちが化け物かわかんないよ!」


「そうだ。そして、その後に続いた彼女の言葉が、私の感情をさらにぐちゃぐちゃにした。『恋人が急病なのに仕事ですか?』とね。まるで、私の仕事なんか、彼女への愛情の前に霞んで消えるべきものだとでも言うようにさ。」


私はグラスを握りしめた。「私は、彼女のために大阪でのプレゼンを投げ打ってでも、すぐにでも駆けつけるべきだと、彼女は心から信じてたんだ。彼女の目には、私の『仕事』っていうものが、彼女への愛情の前には、ちっぽけな砂粒みたいに見えてたんだろうな。あの時、私は、自分がどれほど彼女に期待されてて、そして、どれほど彼女を失望させちゃったかを知ったんだ。」


「うわー、それ、きっついね!社長さん、期待に応えられなくて、心にずーんって来たの?それとも、彼女が社長さんのこと、宇宙一好きだってわかって、嬉しかったの?」千束が、両手を合わせて目をキラキラさせた。


「どちらも、だ。私はあの時、あまりの動揺に、煙草に火をつけようとしてライターを落とした。手が、ブルブル震えてたんだ。普段、冷静沈着なはずの私が、あれほど感情に支配されたのは、……ホントに久しぶりだったんだ。」


私は、その時の手の震えを思い出す。それは、自身のコントロールが効かなくなることへの、強い不快感でもあった。彼女はそんな私の様子を察して、私が火をつけられずに落としたライターを、すっと拾い上げてくれた。そして、自ら煙草に火をつけ、それを私に差し出したんだ。「タバコを吸うと落ち着くでしょ?」って、まるで、いつもの私と逆転したみたいに、大人びた顔でね。


「わー!社長さん、もう感情ダダ漏れじゃん!でも、彼女が助けてくれたんだ?なんか、彼女って、社長さんのこと、ずーっと見てるって感じじゃない?もしかして、社長さん、彼女にゾッコンだったりしてぇ〜?」千束が、ニヤニヤしながら私の顔を覗き込む。


「……ああ。その通りだ。だが、それ以上に印象的だったのは、その後に私が言ったこと、そして、彼女の反応だ。」


私は続けた。「彼女の嘘と、そこに至るまでの私自身の苦悩を、私は一生、忘れたくなかった。いや、忘れられないって、もう本能的に思ったんだ。だから、こう言ったんだ。『これを記念碑にしたい。毎年4月はアニバーサリー。許せないって。絶対忘れないからな。』ってね。」


千束が目を丸くして、口をあんぐり開けた。「ええ〜!?き、記念碑ぃ!?それって、普通お祝いの時に使う言葉じゃない?社長さん、なんか怖ぇー!でも、それって、絶対忘れさせないぞ!って、社長さんの本気のメッセージってことじゃん!彼女に釘刺してるって感じ!」


「まさにその通りだ。単なる怒りだけじゃ片付けられない。あの二日間、私の心はどれだけ荒れ狂ったか、彼女に思い知らせてやりたかった。だが、同時に、こんなことで彼女との関係を終わらせたくないという思いも、奥底にあったんだ。だから、これは私なりの『罰』であり、同時に『関係を続けるための、絶対条件』だったんだ。」

「なるほどー!愛と怒りの、ドッキング技だね!で、彼女、何て言ったの?反省した〜?って!」


「彼女は、少し考えてから、こう言ったんだ。『たちまち機嫌を直します。カードをそれぞれ十枚ずつでどうですか?』ってね。」

私は、その時の彼女の顔を思い出す。どこか子供じみた、しかし妙に真剣な、そしてどこか企み顔にも見える表情だった。


「カード!?え、マジそれ!面白い!社長さんの怒りを、ゲームみたいに交換しちゃおうってことじゃん!ははーん、もしかして、彼女って天才なんじゃ……?!」千束が、嬉しそうに手を叩いて目をキラキラさせた。「それって、社長さんとの関係を、絶対続けたいってことの、彼女なりの『愛してるよサイン』って感じだよね!」


「そうだ。彼女は、私の怒りを真摯に受け止めつつも、どこか自分らしい、ユニークな方法で解決しようとした。その発想には、呆れると同時に、やはりどこか惹かれるものがある。約束に遅刻しても文句は言わないが、その代わり機嫌を直す『カード』で対処する、と。彼女は、自身の自由度を確保しつつ、私との関係を何としても維持したいのだと、その時理解したんだ。」


「社長さん、もう彼女にベタ惚れじゃん!見てるこっちが照れるわ〜!」千束がニヤニヤしながら、私の肩をぽんと叩いた。


「そして、最後だ。私が、帰りの運転を彼女に命じて、車のキーを投げた時、彼女はそれを片手で、見事にキャッチしたんだ。」


千束が、まるで自分がキャッチしたかのように興奮した。「おー!社長さんからの、『お前、もうわかったから、あとは任せた!』って、信頼のパスだね!で、彼女はそれを片手でパッと受け止めたんだ!すげー!ってことは、社長さん、もう彼女のこと、全部許したってことだよね!これから二人で、新しい道を進むってことじゃん!」


「そう。彼女はそれを、何の躊躇もなく、軽やかに受け取った。あの瞬間、二人の間にあった、曖昧だった関係性の力学が、明確に再構築されたように感じたんだ。まるで、私が彼女に、私自身の『今後』を委ねたかのようだったんだ。」


「社長さんと彼女、なんだか『最高のバディ』って感じだね!信頼と、なんか新しい関係のスタート!それって、社長さんにとって、どんな意味があるの?ドキドキだなぁ!」


私はグラスの残りを一気に飲み干した。「意味、か。……それは、まだ分からない。だが、一つだけ言えることがある。彼女との関係は、これまで経験したどんな複雑な数式よりも、深く、そして、予測不能だということだ。そして、これから、その予測不能な道を進むのは、彼女が運転席に座り、私がその隣にいる、ということだ。まるで、ジェットコースターに乗ってるみたいに、な。」


「予測不能だからこそ、面白いんだよ、人間関係って!社長さん、次も期待してるからね!」


千束はそう言って、私のグラスに、もう一杯、透明な液体を、とびきりの笑顔で注いでくれた。東京の夜は、まだ始まったばかりなんだ!


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