ゲスト4
喫茶店「イヴの時間」の窓際の席に、須賀圭介が煙草を指に挟んで座り、向かいには須賀夏美がスマートフォンを弄りながら、その隣に森嶋帆高がどこか落ち着かない様子で腰掛けていた。彼らの頭上には、人間とアンドロイドを区別する光輪は見当たらない。店内に漂うコーヒーの香りと、店主が選んだのだろうか、穏やかなジャズの音が心地よく響く。
「いやあ、しかし、こんな店があるとはな。人間もアンドロイドも関係ない、だとよ」圭介は、吸いかけの煙草の煙をゆっくりと吐き出しながら、どこか感心したように呟いた。「天気も最近はめちゃくちゃだし、世界もどんどん変になっていくもんだな。俺たちの頃じゃ考えられねえよ。」
夏美がスマホから顔を上げた。「圭介さん、古臭いこと言わないでくださいよ。時代は常に変わるんです。アンドロイドと人間が区別なく過ごせるなんて、むしろ素晴らしいことじゃないですか。差別がないってことでしょう?」
「差別ねぇ……」圭介は腕を組み、ニヤリと笑った。「それはそれで、また別の面倒事が増えるだけなんじゃねえのか? どっちが人間でどっちがロボットだかなんて、そんなことどうでもいいってくらい、ややこしいことになってきてるんだろ、世の中は。」
帆高が小さく俯きながら、口を開いた。「でも……もし、区別が、なくなったら……本当に、誰もが、自由に、なれるんでしょうか……」彼の言葉には、過去の経験からくる、複雑な感情が滲んでいた。
夏美が帆高を見て、優しい目を向けた。「帆高、あんたもそう思う? 私はね、ここが、みんながちょっとだけ肩の力を抜いて、素の自分でいられる場所なんだって思うの。人間とか、アンドロイドとか関係なくね。」
「ふむ……」圭介が煙草の灰を灰皿に落とした。「まあ、俺にゃよくわからんがな。雨が降りゃ鬱陶しいし、晴れりゃ晴れたで暑い。人間なんて、結局は天気ひとつで気分が変わるような、単純なもんだ。ロボットだって、きっとそうなんだろ。」
「天気に、左右されるのは、私たち、人間だけじゃないと、思います……」帆高が、震える声で言った。「あの子も、きっと……天気に、左右されていたから……」彼の脳裏には、陽菜の姿がよぎる。
夏美が、そんな帆高の様子に気づき、そっと彼の肩に手を置いた。「帆高……あんたは優しいね。でも、ここじゃ、そんな重い話は抜きよ。せっかく来たんだから、この店の特別なコーヒーでも飲んで、ちょっとは楽しんでいきなよ。」
店員の女性が、穏やかな笑顔で彼らのテーブルに近づいてきた。「ご注文はお決まりですか?」
圭介がいつもの調子で注文する。「じゃあ、ブレンドコーヒーと、煙草を一本……いや、やっぱり煙草はなしで。この店じゃ、アンドロイドは煙草を吸わないんだろ? 俺も、郷に入れば郷に従うってやつだ。」
夏美が笑いながら言う。「圭介さん、素直じゃないんだから。」
帆高は、目の前のカップから立ち上る湯気を見つめた。この「イヴの時間」という場所は、彼らがかつて経験した、あの世界の歪みとは異なる、別の種類の「自由」を提示しているようだった。ここでは、雨も晴れも、人間もアンドロイドも、そして過去の痛みも、すべてが平等に溶け合っていくかのように感じられた。