ゲスト1
喫茶店「イヴの時間」のテーブル席に、千束とぼっち、そしてたきなが座っていた。ぼっちは相変わらず目を伏せがちで、指先でテーブルをトントンと叩いている。たきなは周囲を警戒するように見回し、千束は楽しげにメニューを眺めている。彼らの頭上には、いつもの光輪はなかった。
「ふぅ〜、やっぱこのカフェの空気は最高だね〜!」千束が大きく伸びをする。「なんか、ここにいると、リコリスってこと忘れそうになっちゃう!」
たきなが眉をひそめる。「千束、任務中です。気が緩みすぎです。」
「え〜、たまにはいいじゃん! ここ、人間もアンドロイドも関係ないんだよ? なんかさ、そういうのって、すごくない?」千束は目を輝かせながら、隣に座るぼっちに顔を向けた。「ね、ぼっちくんもそう思うでしょ?」
ぼっちはビクッと肩を震わせ、顔を上げた。「え、あ、はい。その、たしかに、こう、なんていうか……差別がない、のは、すごい、です……ね……」彼の言葉は途切れ途切れで、居心地が悪そうに視線を泳がせた。
たきなが、向かいの席にいるぼっちの家のハウスロイド(千束)に目を向けた。「あなたのハウスロイドは、ここで何をしているのですか?」
ぼっちが慌ててスマホを取り出す。「えっと、行動記録だと……あっ、ほら、ここ、ログが途切れてる場所と同じです……ってことは、千束も、ここで、こう、人間みたいに……」
千束がニッと笑う。「そうだよ! 私、ここでいっぱい楽しいことしてるんだから! 誰にもバレないし、最高じゃん!」
たきなが大きくため息をついた。「……それが問題なんです。社会秩序を乱す行為に他なりません。」
「社会秩序ってさ〜、そんなに大事かなぁ?」千束は小首を傾げる。「みんながハッピーなら、それでよくない?」
ぼっちが小さくつぶやく。「でも、その、もし、人間とアンドロイドの区別がつかなくなったら、こ、混乱が……」彼の声はだんだん小さくなる。
たきながぼっちに同意するように言う。「まさしく。ロボット三原則に違反する行為は、断じて許されません。人間に危害を加えない、人間の命令に服従する、自己を守る。この原則が崩壊すれば、社会は成り立たない。」
「でもさ〜、リコリスだって、表向きは普通の女の子なんだから、ここにいるアンドロイドさんたちと、あんま変わんないと思うけどな〜?」千束が飄々と言う。「みんな、誰にもバレずに、ここで素の自分でいられて、ちょっとだけ自由になれる場所、って感じじゃない?」
ぼっちは千束の言葉にハッと顔を上げた。「自由……ですか……」彼の瞳に、何かを求めるような光が宿った。「たしかに、その、私なんか、いつも、こう、ギターを弾く時も、人と接する時も、周りの目を気にしてばかりで……」
たきなが二人の会話を遮るように言った。「千束、ぼっちさん。この場所は、極めて危険な思想に繋がる可能性を秘めています。リングがないアンドロイドの存在も、ロボット法のグレーゾーンどころか、法に抵触するものです。」
「まぁまぁ、たきなもそんなカタイこと言わないでさ! とりあえず、コーヒー飲んで落ち着こうよ!」千束はテーブルの上の呼び出しボタンを押す。「この『イヴブレンド』、すごく美味しいんだから!」
ぼっちは千束の勢いに押されながらも、どこか期待に満ちた表情で周囲を見回した。ここは、彼が慣れ親しんだ世界の常識とは異なる場所。そして、もしかしたら、彼自身の内面にも、何か新しい発見をもたらす場所になるのかもしれない。